第21話 「刃威餌亡」

 成人男性の拳程度しかない子猫の小さい身体は真っ赤に染まっていた。

 良く見ると子猫の周りにダーツの矢が落ちている。

 どうやらこのガラの悪そうな青年達は子猫に向けてダーツを投げていたのだろう。


「邪魔すんなよねーちゃん」

「そうそう、今日の夜メシかけてやってんだからよ」

「てか、この子かわいくね? こんなキタねー猫放っておいて遊びに行こ~ぜ」

「いいじゃん! そうしようぜ!」


 あっさりと子猫に対して興味が無くなった青年達は、ダーツの矢をそこら辺に放り投げるニヤニヤと下卑た表情を浮かべて井波さんに近づく。


「い、いや……だ、誰か……」


 井波さんは、青年達に怯えながらも子猫の前から動こうとしない。

 自分が怖い目に遭っているにも関わら大したものだと感心する。


「ひひひ、近くで見るとマジで可愛いじゃん! さっきの猫当てゲーム、俺が勝ってたんだから俺が先な」

「はぁ? てめぇ、こないだ俺がヤル前に女一人潰しただろうが! 俺が先だよ今回は!」


 青年達は、井波さんを前にして我先にと先を争っている。

 井波さんは青年達の会話の内容を理解しているのかプルプルと膝を震わせていた。

 そんな井波さんを俺が放っておくわけがない。


「お待たせ」


 俺は、手を上げ公園に足を踏み入れる。


「たか、ば君?」


 そんな俺を見て一瞬ホッとした表情を向ける井波さんは、すぐさま焦燥に駆り立てられた様に「だめ、逃げて!」と絞り出した様な声で逃げる様に促す。

 

 子猫を血だらけにするような残忍な青年達に迫られ足が震える程に怖がっているのにも関わらず俺の事を心配してくれている。

 本当に優しい子だな。

 

「大丈夫だよ。少しだけ待ってて」


「おいおい、てめぇなんだよ?」


 突然現れた乱入者に青年達はご立腹の様子で井波さんに向かっていた足を俺に向けなおす。


 三人とも俺より一回りも二回りも大きい身体をしており、そのせいか俺の事をなめてかかっているのだろう。

 相手の力量も計れない哀れな者達だ。


「まぁまぁ、そんな威圧したらビビっちゃうじゃ~ん。お前。あの子の彼氏かなんか?」

 

 三人の内、黒髪ロン毛のチャラそうな青年が前髪を掻き分けながら俺に問う。

 別にビビッてないんだけど……まぁ、いいか。


「彼氏じゃないよ。その子はクラスメイトなんだ」

「てめぇ、誰に口きいてんだゴラァ!」


 坊主頭の巨漢の青年は俺の話し方が気に入らなかったらしく激昂する。


「うっせぇな。ちょっと黙ってろ須代」 

「松矢、てめぇはムカつかねぇのかよ? こんなクソガキに舐めた口きかれてよ!」


 ロン毛は松矢。坊主頭は須代というらしい。


「お前と違ってそんな事でいちいち腹を立てるほどガキじゃね~のよ」

「何だと!?」

「二人とも落ち着けよ! そんなやつ放っておいて早くあの女連れて遊びにいこうぜ! 俺、もう我慢できねぇよ!」  


 もう一人の金髪ツンツン頭君が井波さんの方を向いて腰をカクカクと振る。

 下品極まりないなぁ。

 松矢は、やれやれと言った感じで俺の顔を覗き込む。


「というわけで、俺達はあのカワイ子ちゃんと早く遊びたいわけ」

「何が言いたいの?」

「察しが悪いなぁ~見逃してやるからここで起きた事は全部忘れろってこと。お前、落ちこぼれのサンコーだろ? 俺ってさ、博愛主義者なのよ~弱い者いじめはしないって心に決めてんだわ」

 

 なるほど、俺がサンコーの生徒であることが彼らの態度を増長させている原因になっているのか。

 それにしても博愛主義者ね……。


「子猫を痛めつけるのも弱い者いじめだと思うんだけど」

「はぁ? あれは物だろ」

「そうか。君の中ではそういう位置づけ何だね。博愛主義者が聞いて呆れるね」

「あぁん!?」


 俺の言葉に松矢はムッとした表情になる。

 そんな俺と松矢の間に須代が割って入る。

  

「おい、いつまで愚駄弁ってんだ! それにタダで帰す事はねぇだろッ! 殴らねぇでやるから持ち金も全部おいてけ!」

「いいじゃん! 女も貸してくれてホテル代まで出してくれるなんてサイコーの彼氏じゃんか!」


 これ以上この人達の相手をするのも面倒だな。

 それに井波さんを早く安心させてあげたいし。


「盛り上がっているところ悪いんだけど、君達が痛めつけた猫の手当をしないといけないから終わりにしてもいいかな? あ、俺はロン毛の君みたいな博愛主義者ではないけど、任務でもない限り弱い者いじめはしない主義なんだ」

「はぁ? 何言ってんだお前?」

「察しが悪いね、見逃してやるって言ってるんだ」

「てめぇえええ!」

「じゃあ、やり合うって事でいいんだね」


 鬼の形相で迫りくる須代の拳を難なく受け止めそのまま肘の関節を逆の方向へ折るとペキっと小気味よい音と共に須代に悲鳴が公園内に響き渡る。ついでに膝の皿も砕いておくと須代はそのまま失神する。

 戦闘不能になった須代を放り投げ、次に金髪ツンツン君の方へ移動する。


「なッ!? 須代に何をしたッ」


 瞬く間に戦闘不能に陥った須代を目の当たりにした金髪ツンツン君は、大分混乱している様子だ。

 顔の形が変わるほど顔面を殴りつけ倒れそうになったところで金髪ツンツン君の股間を潰す。


「うっぎゃあは!」


 金髪ツンツン君の口から声にならない悲鳴が漏れる。

 確かに潰した。二つともだ。

 これで金髪ツンツン君による性被害を失くす事が出来ただろう。


「な、なん、で? おま、なんなんだ」


 松矢は信じられない物を見ているといった様子で尻餅をついて怯えている。


「簡単な事だよ。俺が君達より強かった。それだけのこと」

「お、俺達は【刃威餌亡ハイエナ】のメンバーなんだぜ! こんな事して、タダで済むと思ってんのか!?」

「【刃威餌亡ハイエナ】? 何それ?」

「はぁ!? フカシこいてんじゃね! 刃威餌亡だぞ!」

「本当に知らないんだ。数日前に日本に来たばかりだからね」

「はッ! 知らなかったで許されると思うなよ!? 死ぬまで追い込みかけてやる!」

「出来るものならやってみなよ」

 

 少しばかり殺気を込めて返す。

 松矢はガタガタと震え言葉を続ける事が出来ない。

 こんなものか……と殺気を引っ込めると


「猫ちゃん!」


 井波さんの悲痛な声が耳に入る。

 こうしちゃいられないと井波さんの方へと足早に移動する。


「どうしたの?」

「ど、どうしよう鷹刃君、猫ちゃんが、全然反応してくれなくて」


 子猫は虫の息と言った状況だが、まだ生きている。


「ごめんなさい。私のせいで、猫ちゃんに不幸が……私が近づかなければこんな事には……」


 井波さんのディープブルーの両眼一杯にため込んだ涙が一気に流れ出す。

 井波さんは、この子猫がこんな状態になった事を自分のアークのせいだと責めている。

 だけど、それは違う。


「違うよ。井波さんのせいじゃない」

「鷹刃君は、私のアークの事知っているんですよね? それにこれも!」


 井波さんは左腕のデバイスを俺に向ける。


「うん。知ってる」

「じゃあ!」

「それでも井波さんのせいじゃない。そこに転がっている奴らのせいだよ」

「でも!」

「でもじゃない。こんな愚かな事をしでかす輩の因果まで井波さんが背負う必要はないよ」


 松矢達の方をみると、

 松矢は須代を背負って金髪ツンツン君と一緒に公園から出て行く所だった。

 二度と逆らえない様に徹底的に潰すつもりだったが、この状態の井波さんと子猫を放って置くわけにはいかない。


「うぅ……鷹刃くんどうしたら……猫ちゃん、死んじゃう……」

「大丈夫。俺に任せて」

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