第20話 「ツイてない」

「ほらぁ! 寝ぼけてないで早く顔洗って来てよ!」

「スミねぇ~そんなに急がなくても大丈夫だって~おにぃちゃんのお陰でもうあの人達にちょっかい掛けられる事も無いんだし~」

「だからと言ってそんなにのんびりして遅刻したら本末転倒でしょうが!」

「もぉ~わかったよ~」

「アニキ、先に食べてて!」

「わかった」

 

 スミはそう言ってルミを洗面台へと連行する。

 今日も我が家は平和だ。

 足立に釘をさしておいたので、昨日のような事はおこらないと思うのだが……ルミがあの調子じゃスミの負担が軽減されることはなさそうだ。


 食卓に腰を降ろしスミに言われた通り用意されているトーストを口に頬張る。

 ちなみに義父さんは昨晩から研究所に泊まり込みらしい。仕事熱心はいいのだがあんまり無理はして欲しくないものだ。

 半分くらい食べたところでスミとルミも食卓につき一緒に朝食をとる。

 大体昨日と同じ時間帯に家を出て学校に向かう。

 その際にイチコーの生徒達による義妹達への囲い込みが本当になくなった事でスミとルミは凄く喜んでくれた。

 そんな義妹達と別れた俺はサンコーの校門をくぐり教室へと向かう。 

 教室に入るとメガネ君や委員長の三宅さんなど複数のクラスメイトからおはようと言われ、それに応えながら席につく。

 隣の席の井波さんは俺の姿に気付くとおもむろに目を反らす。


「おはよう、井波さん」

「……おはようございます」


 一応あいさつは返してくれる。

 そんな中、クラスメイト達が物を失くしたとかケガをしたとか彼氏に振られたとか不幸アピールをしている。別に聞き流してもいい様な内容だが、井波さんは昨日以上に辛そうな表情を浮かべていた。

 

「ねぇ、本当に困っているなら」

「結構です。話しかけないで下さい」


 井波さんのブースターが昨日よりもその機能が増幅されている様な感じがしていたためもう少し粘ろうと思ったのだが……この様子じゃ無理かぁ。


 あまりしつこ過ぎるのも良くないと思った俺は、これ以上井波さんに構うのはやめる事にした。



 今日も何事も無く一日の課程を終わらすことが出来た。

 

 俺が所属しているクラスは、サンコーで唯一のアークマスター養成クラスのため他のクラスとはカリキュラムがだいぶ異なる。 

 基本的な教養を補うための授業はあるのだが、それに割かれる時間は全カリキュラムの30パーセントにも満たない。残りの70パーセントは、基礎体力訓練、体術訓練、アーク増幅訓練など主に身体を動かす事に特化している。

 アークマスターの主な働き口と言えば、俺の様な民間の傭兵マーシナリ―、国に所属している番人ガーディアン、それに楔での活動をメインとしている調達者プロキュラーズと常に戦いに身を投じている職業であるため机に齧りついてペンを走らせるよりは効果的なカリキュラムだとは思う。


 まぁ、俺からしてみればもう少し実践命のやり取りを増やした方が良いと思うのだが……いち生徒が口出す事でもないので思っているだけに留まる事にする。


 今日一日、昨日みたいに質問攻めにあったら大変だなと思っていたが、さすがに転入二日目となると昨日までの物珍しさがなくなったのかクラスメート達は程よい距離感で接してくれたので、休み時間は主にメガネ君と雑談したりして過ごした。

 因みに、朝に挨拶を交わして以来井波さんには話しかけていない。


 そして、放課後。

 俺は、昨日約束した通りメガネ君の所属している新聞同好会の見学に訪れた。


「ここだよ」


 と言ってメガネ君に連れてこられたのはーー


「食堂?」


 学生食堂だった。

 放課後と言うことで殆ど人がいないのだが、調理場の人達は忙しそうにしていた。


「そう、僕達はまだ同好会だからね。ちゃんとした部室と言うものがないのさ。だから、放課後生徒が立ち寄らないこの学生食堂の一部を使わせてもらっているんだ」


 君がこの同好会に入ってくれたら部室をもらえるけどねとメガネ君は期待の籠った言葉を付け加える。


「あっ、いたいた。会長おつかれさまです」


 メガネ君が、手を振りながら向かう先には小学生に見間違える程の小柄な少女とボサボサ頭の青年が座っていた。


「あーメガネくーん、おっつー」

「…………どうも」


 各々と挨拶を交わすメガネ君の後ろにいる俺に視線が集まる。


「その子が君の言っていた転入生君かな?」


 と、少女が俺の方を指差す。


「はい、彼は鷹刃海人君。今日は僕達の活動の見学にきてもらいました」


 ほら、と言われメガネ君の前に移動する。


「初めまして、昨日一年のアークマスター養成クラスに転入してきました鷹刃海人です」


 ペコリと頭を下げて自己紹介をする。


「うん、よろしく。ボクは、3年A組の鈴乃宮すずのみや音仔ねこ。この新聞同好会の会長をやらせてもらっているんだ。そんでもってこっちのネクラ君がボクと同じクラスの間宮丈。副会長だよ」

「今日はよろしくお願いします」

「まぁ、そんなに大した事をする予定はないけど、楽しんでくれたらいいよ」

「会長! 鷹刃君が入ってくれたら念願の部への昇格なんですよ!? そんな呑気な事を言ってる場合じゃないでしょうに」


 鼻息を荒くしているメガネ君。

 そんなメガネ君に同調するかのように首を縦に振る副会長をよそに会長は涼しげな表情を浮かべる。


「部に昇格するのは確かに利点が多いけど、本当にボク達の活動に参加したいって心から思える人じゃないといくら部に昇格できるって言っても入って欲しくないのさ。どっちみち、ボク達の活動方針は変わらないしね」


 会長は、そう言ってメガネ君の肩を叩く。


「会長……」

「これは、ボクの方針だから。ボクが会長でいる間はしたがってもらうよ?」

「もぅ、わかりましたよー!」

「というわけで、鷹刃君。好きなだけ見学してくれ」


 新聞同好会の活動に参加する。

 今日は、昨日取材してきた内容を整理するといった作業をおこなっていた。メガネ君のデバイスに録音されている、昨日の取材の内容を文章に起こして整理をしている。


 今回のトピックは『ここ最近ツイていない』と言うことだった。

 内容が内容だけにじっと口を閉じてきいてみると俺のクラスを中心に最近ツイていない事が頻発しており、最近はその度合いがヒドイものとなっているという。


 因みにメガネ君は数日前に顔面に飛んできたサッカーボールを避けようとした際につまずき、通りすがりの女生徒の胸を鷲掴みにしてビンタされメガネがぶっ飛んで壊れたという。


 メガネ君のそれは、逆にラッキーじゃね? という会長の言葉にメガネ君がかなり反発していたのだが……それは良いとしよう。

 

 こんな感じで『ここ最近ツイていない』という現象が構内で蔓延しているという。ヒドイのは流血騒ぎになるほどまでに。


 三人が各々の考察を述べているのだが、おそらくこれは井波さんの能力、いや、ブースターのせいだろうと俺は確信する。



 新聞同好会の活動を終え家路に着く。

 ルミとスミは部活動のため今日は一人だ。


「何をしてるんです!?」 


 悲痛な叫び声に反応する。

 ここは、井波さんと初めてあった公園だとすぐに気が付くと同時に声のする方へと振り向く。


 複数の青年達を前に井波さんが立っていた。

 その背後にはあの子猫が入ったダンボールがあり、その中の子猫は小さい身体を真っ赤に染めていた。

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