第19話 「伝道師アダム」

 ヤマトアイランドの第七区画。

 スタジアムやコンサート会場、カジノなどの様々な娯楽を堪能できる言わずと知れたヤマトアイランド、いや世界でも有数の娯楽の聖地である。

 

 そして、新興宗教団体【常世の楽園】が総本山を構える場所でもある。

 地上5階建てのガラス張りの建物のエントランスをくぐり抜けるアッシュブラウンの髪の少女、海人のクラスメイトである井波春風だ。

 そんな春風は勝手知ったると言った様子で人気のない廊下を進んで行くと厳重な警備がされているエレベーターホールに辿り着く。

 警備の物々しさにここは一般人に解放されている場所ではない事は一目で理解できる。


 警備の者達は、春風に気付くと一斉に敬礼を向ける。

 春風は、軽く会釈をして極力警備の者達とは目を合わせないようにしてエレベーターに乗り込んだ。


 春風がこの様な待遇を受ける背景にはこの【常世の楽園】の創設者である伝導師アダムの存在が大きいと言えるだろう。


 5階でエレベーターから降りる。

 この階にある部屋は伝導師アダムの祈祷室だけなので目の前には両開きの扉が一つあるだけだ。

 

 春風は、祈祷室の扉をノックし「春風です」と簡略に伝えると

 扉の向こう側から「入り給え」と甲高い声が返ってくる。

 春風は一度深く深呼吸をし、気持ちを整えてから扉を開く。


 中には、真っ白なローブを纏い月桂冠を頭にのせたやや小太りの中年の男が春風を迎える。

 伝導師アダム。

 本名、金城孝哉。

 春風の母である、旧姓金城秋子の実弟だ。

 

「おぉ~我が愛しき姪よ!」

「………どうも」


 大げさに両手を広げて春風を歓迎する金城。

 対して春風は、あまりいい表情ではない。

 この叔父が待ち望んでいるのが自分ではない事を知っているから。

  

「さぁ、早速今週の【糧】を」

「……はい」

 

 デバイスを外し金城に渡す。


「う~ん、どれどれ……」


 【常世の楽園】の中核――それは、幸運アイテムであるラッキーホルダーだと言っても過言ではないだろう。

 何故なら、信者達はこの幸運アイテムが欲しいが為に【常世の楽園】に入信しているておりその殆どがラッキーホルダーに依存しているのだ。


 ラッキホルダーの成分、金城の言う【糧】とは春風のアークである幸運吸収フォーチュンドレインによって集められた運気だ。だがら、幸運アイテムというのはあながち間違いではない。


 金城は、元々はとある企業でアークを既存の数倍にも増幅させる特殊やブースターの研究に情熱を注いでいた。

 下級アークマスターだった金城は、番人ガーディアンを目指していたが能力が足らず断念。そのため、自分より上位のアークマスターにコンプレックスを抱いていた。

 この研究が完成したら、下級アークマスターでも上位の力を行使することができる。自分みたいに力が足らずに夢を諦めるしかない弱者を救うといった信念をもって研究に取り組んでいた。

 しかし、ここで事件が起こる。

 概ね順調に進んでいた特殊ブースターは、量産前の試験にて死者を出したためこの特殊なブースターの実用化は凍結、そして、責任をとらされて会社を追い出されるはめになる。


 職も夢も失いどん底だった金城は、両親を事故でなくし自分が後継人となった春風のアークに着目する事になる。自分の研究と春風のアークがあれば凄い物が出来上がるのでは? と淡い期待を抱いて造り上げたものがラッキーホルダーである。そして、数年で日本全国に数万ともいえる信者を抱える宗教団体のトップにのし上がったのだ。


「少ないですね……想定の三分の二しかないじゃありませんか」

「叔父さん、もう無理です……私のせいで周りの人に迷惑がかかるのは……」


 明らかに不機嫌そうな表情を向ける叔父の金城に対して、春風は胸がはち切れんばかりの思いをぶつける。

 最初は別に気にもならなかった。

 確かに春風のアークは人様の運気を奪うものではあるが、それはほんの微々たるもの。生活するうえでは誰も何も感じない程度のものだったのだが、日に日に増すブースターの効力によりそれが明るみにでている。クラスメイト達の口からツイてないと漏れる位にまで。

 そんな周りの人達への罪悪感と徐々に強まっていくブースターの効力のせいでいつか取り返しのつかない事が起こってしまわないかという恐怖心に押しつぶされそうになっているのだ。


「何を言っているのですか? ラッキーホルダーを欲しがっている可愛い信者たちが列を成してまっているのですよ? それに、いいんですか? 貴方が辞めてしまったらあの子の治療に掛かる費用はどうするのですか? 私に期待しないで下さいよ? 貴方が辞めると言うなら私は一切援助などしません」


「……それは……」


 春風には、一つ下の妹がいる。

 その名も夏菜。

 両親の命を奪った事故。実は、その時夏菜も同乗していたのだ。

 夏菜は奇跡的に一命を取り留める事ができたのだが、その日以降意識は戻らず眠った状態なのだ。そんな意識不明の妹の延命のために莫大な費用が掛かっている。

 いち高校生の自分ではどうにもできない程の。

 これが、春風が金城の言いなりになっている大きな理由だ。


「そうです。妹を生かして置きたいのならば私の機嫌を損なわない方が賢明ですよ?」


 けらけらと笑う金城を睨む事しかできない春風に金城はデバイスを返す。


「効果を倍増させました」

「そんな! そんな事をしたら、本当に取り返しのつかない事が!」

「頼みましたよ? 夏菜さんのためにもね」

「……ッ……」


 春風は何も反論する事も出来ず、その場を後にした。

 誰か助けて、と心の中で叫びながら。

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