第13話 「井波さんの事を聞いてみた」

「ふぅ~やっとお昼休みかぁ」


 今まで感じた事のない疲労感に見舞われる。

 休みの時間になる度にクラスメートに囲まれ質問攻めにあっていたのが堪えたのだろう。


 ちらっと隣の席に目をやる。

 井波さんは席にいない。

 休み時間になると井波さんは教室から出て行ってしまうのだ。

 追いかけようにも、クラスメート達に囲まれてしまうため追いかける事もできず、

 結局、井波さんとはまだ一言も言葉を交えていない。


 そんな事を考えていると休みの時間の度に俺の席に集まってきていた女子グループの一人で、俺の席の前に座っている学級委員長の三宅さんが俺の顔を覗き込む。

 おっきめの黒縁メガネを掛け、薄茶色の長いストレートヘアを後ろで一つで束ねており、美人の部類に入るだろう整った容姿の持ち主だ。


「みんなで食堂行くけど、鷹刃君も一緒にどう?」

「せっかくだけど、妹が弁当作ってくれたんだ」


 俺は、スミが作ってくれた二段積みの弁当箱を三宅さんに見せる。


「へぇ~お兄ちゃん思いの良い妹さんだね」

「うん、俺には持ったないくらいのね」

「ふふ、じゃあ。私達はいくね」

「うん、せっかく誘ってくれたのに悪いね」


「気にしないで」と手を振る三宅さんを先頭に女子グループは教室から出て行った。

 

 ふぅ~よかった……。

 十分程度の休み時間でもあんなにしんどかったんだ、お昼休みまで彼女達の質問攻めにあっていた精神的にかなりきつかっただろう。

 スミに感謝だな。と弁当箱の蓋を開けていると、


「鷹刃君もお弁当なんだね、僕も一緒に食べていい?」


 メガネ君がお弁当を抱えてこちらを見ていた。

 別に断る理由もないので、「うん、いいよ」と返事をするとメガネ君は嬉しそうな顔で三宅さんの椅子に座り弁当箱の蓋を開ける。


 彩り鮮やかな、弁当に舌鼓を打っているとメガネ君がご飯を口に運びながら 


「それって、妹さんが作ってくれたって言ってたよね? どっちが作ってくれたの?」

「スミだよ。家事全般はスミがやってくれているんだ」

「へぇ~そうなんだ。羨ましいよ、あんなに可愛くて将来有望な妹さんからお弁当を作ってもらってるなんてさ」

「将来有望? スミが?」

「スミルミ、両方ともだよ! えっ? 鷹刃君、お兄ちゃんなのに知らないの?」

「うん、妹達とまだ付き合いが浅いから全然知らないんだ」

「そこんとこもっと詳しく」


 メガネ君は箸を置き、おもむろに手帳を取り出す。


「俺が鷹刃家の一員になったのがほんの数日前からなんだ」

「えっ、数日前!?」

「うん、日本に到着したのが3日前からだから、その日からかな」

「中々興味深いね……」


 メガネ君は、メモ書き込む。

 こんな些細な事でも手帳に記しているんなんて、情報収集が本当に好きなんだろう。


「それで、スミ達が将来有望ってのは?」

「中学校までは開示されないからどんなアークかは分からないけど、二人とも既に上級アークマスターという噂だからね。しかも、この国に数人といない特級アークマスターである銀の乙女を母に持つんだから、将来特級アークマスターになるポテンシャルが高い」

「へぇ~凄んだね。そんな妹達ができて俺も鼻が高いよ」

「それで、鷹刃君。君はなんのアークマスターなんだい?」

 

 メガネ君の鋭い眼光が眼鏡越しに伝わる。


「中級の【格闘士ファイター】だよ」


 俺のアークは説明のしようがない。

 他人のアークを再構築して行使するアークなんて言っても信じてもらえないだろうし。

 だから、誰かにアークを聞かれたら当たり障りのない体術に特化した格闘士って答えようと事前に決めていた。

 

「【格闘士】かぁ~赤西君と一緒だね」

「赤西君?」

「ほら、パイナップル頭の」

「あぁ~茅野先生がマコって呼んでいた」

「そうそう、赤西真己人。親しい人はマコって呼ぶんだ。まぁ、彼の場合は女子としかつるまないから、男子と仲いい人はあんまりいないね。それに、このクラス自体女子の比率が多いしね」

 たしかに、このクラスを見ると男子は俺を含めて10人。それに比べて女子は20人以上いる。

「そっかぁ中級なんだ、羨ましいな。僕なんて初級の【五感強化】だからね……」


 五感強化とは、人間の持つ五感が人より優れているというアークマスター内ではレア度がかなり低いアークだ。上位に昇格すれば、数キロ先の声を聴くことができる【地獄耳ラビットイヤ】や、人知を超えた感覚を持つ事ができる【第六感シックスセンス】というかなり強力なアークになるのだが……この年でまだ初級なら昇格はかなり難しいだろう。


 俺のそんな表情を読み取ったのか、メガネ君は笑みを浮かべ親指を立てる。


「僕の将来の夢はジャーナリストなんだ。僕が今持っているアークでも十分に役に立つさ」

「そうか。うん、君の夢が叶う様に俺も祈っているよ」

「ありがとう!」


 そうだ、情報通のメガネ君なら井波さんの事について少しは知ってるのではないだろうか。


「ねぇ、メガネ君」

「ん?」

「俺の隣の席の井波さんってどんな人か分かる?」

「もちろんだよ!」


 メガネ君は、手帳をぺらぺらと捲り出す。

 

「あっ、あった。僕の情報によると――」


 メガネ君は、本人が知っている事を全て教えてくれた。


 五年前に家族でドライブしていた際に交通事故に遭い両親を亡くし、井波さんと妹さんは何とか一命を取り留めたのだが、妹さんは未だに昏睡状態だという。事故前までは凄く明るくて、いつもクラスの中心にいた彼女だったのだが、事故後は他人と距離を置く様になり、周りもそれを感じてか徐々に彼女に近づく事をしなくなったという。因みに休み時間に教室にいる事はないという。


「そうなんだ、ありがとうメガネ君」

「これ位やすいもんだよ!」


 よし、弁当も食べた。

 昼休みもあと20分ある。


「じゃあ、俺、井波さんの事探してみるね」

「えっ!? ちょ、ちょっと、鷹刃君!?」


 俺は弁当箱を仕舞い、教室を飛び出した。 

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