第7話 「気になる少女」
「ふぅ~~……ん?」
両手を拡げ身体を伸ばす俺の視野に段ボール箱が写り込む。
場所は公園の端の茂み。
普段であれば別段と気を留めない物ではあるが、俺が気になるのはその段ボールではない。
その段ボール箱から数メートル離れた場所に立ち、段ボール箱をジッと見ている人物がいるのだ。
俺と同じくらいの年頃の少女だ。
アッシュブラウンのふわっとしたミディアムレイヤーが幼さの残る顔を大人っぽく見せていて、高くもなく低くもない程よい高さの鼻に自己主張の苦手そうな小さい口はふっくらとした薄紅色に染まっていた。そして、見つめていたら吸い込まれそうなくりっとしたディープブルーの瞳がじっと段ボールに向けられている。
「奇麗な子だな……」
異性に対して、こんな事を思った事はなかった。
いや、異性だけではない、他人の対して興味はなかった。
だからなのか、意識せず洩れた言葉に自分自身が驚いてしまう。
「それにしても、珍しいアークだな……」
俺のアークは、【
その能力は、対象のアークマスターが発動した際に具現する魔法陣を瞬時に理解し、必要であれば再創造、つまり自分の能力にできる超級アークだ。アークは一人に一つだが、俺はすでに百以上のアークを持っている。
自分でも凄い能力だと思うが、まぁ、その代償に短命なのだから……一概に良いとは言えないだろう。
もの珍しいアーク持ちの少女は俺の興味を掻き立て、目を離せなくなっていた。
「何をしているんだろう、段ボール箱に何かあるのか?」
俺は少女の視線の先に集中する。
「あれは……ねこなのか?」
猫だ。姿形からして生まれて間もない子猫なのだろう。
そして、少女は、子猫をじっと見ているのだ。
それから間もなくして、
少女は、何もせず子猫に背を向けその場から立ち去る。
「ふ~ん、行ってしまうんだ」
まぁ、そんなものか。
最期まで面倒を見る気がないのなら、最初から手を差し伸べない方がずっと良心的と言えるだろう。
俺は、自分の境遇をあの段ボール箱に入っている小さな命と重ねていた。
団長は、俺を拾ってくれた。
そして、俺に居場所と共に生きる家族を与えてくれた。
俺は、あの子猫より幾分かマシなのだろう。
ペットボトルの残りを一気に飲み干す。
「さぁて、帰るか~って、ん?」
帰ろうとしてベンチを立とうとしたその時だった。先程の少女が戻ってきたのだ。
その手には、子猫用の粉ミルクとタンブラー、そして、深めの紙皿を持っている。
その行動に興味が沸いた俺は、少女の行動を見続けるために再びベンチに腰を下ろす。
紙皿に粉ミルクを移しタンブラーでお湯を注ぐ少女と子猫との距離感は先程と変わらない。
注がれたミルクからは、モクモクと湯気がたっており、少女は、粉ミルクをスプーンで混ぜる。
そして、ふぅふぅと息を吹き掛ける。冷まそうとしているのだろう、その姿が妙に絵になっていて見惚れてしまう。
湯気が収まった頃合いを見て、少女はそっと子猫に近づき皿を置き、またすぐさま子猫と距離を取るとぺろぺろとミルクを舐めれる子猫をじっと見つめている。
先程とは違い愛おしそうな表情で。
そんな少女に見とれていたその時だった。
「な、何ですか?」
凛とした涼しげな声を向けられる。
女の人は、他人の、特に異性の視線に敏感だとマリアさんが言っていた事は本当だったのだろう。
俺がずっと見ていた事で少女は俺の視線に気づいて警戒している様子だ。
「ごめん、別に他意があった訳じゃないんだ。少し気になって」
「……気になる、とは?」
「何で、そんなに距離を取ってるのかなって。もっと、近づいて見ればいいのに」
「……ダメなんです……私が、近づくと不幸にしてしまうから」
少女は、俺の問いかけに悲しそうな顔で返す。
「不幸にしてしまう? それって、どういうこと?」
もしかし、彼女のアークに関係しているのかな……。
「貴方には関係のないことです」
少女は、俺との会話をきっぱりと遮断し、俺にも子猫にも背を向けその場を離れる。
何故か分からない、けど、このまま少女を帰すわけにはいかないと思った。
だから――。
「あっ、ちょっと。俺は、海人。鷹刃海人。君の名前は?」
「……はるか、井波、春風です」
それだけを伝え、少女、井波春風は、足早に立ち去る。
「井波、春風……」
少女の後ろ姿が見えなくなるまで、俺はベンチに座り見続けていた。
◇
「ただいま」
「あっ、おにぃちゃん、お帰りなさい!」
玄関に入った俺をタイミング良く洗面所から出てきたルミが迎えてくれる。
「ただいまルミ、帰ってたんだね」
「うん! 私もスミねぇも今さっき帰ってきたばかりだよ。今、スミねぇがお菓子焼いてるから、手洗いうがいして、荷物おいてリビングに集合ねー」
「うん、分かったよ」
「うっふふ、素直でよろしい!」
ルミは、そう言って俺の背中をバシッと叩き、リビングに向かっていった。
俺は、ルミに言われた通り洗面所で手洗いうがいを済ませた後、二階にある俺の部屋のクローゼットに収納箱から出したおろし立ての制服とワイシャツをかけ、リビングに向かう。
「あっ、いい匂いだね」
ふわっと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
スミがお菓子を焼いていると言っていたな。
楽しみだ。意外と甘党なんだ俺。
「あっ、おにぃちゃん! ほら、こっちこっち」
ルミに腕を引っ張られた俺は、ダイニングテーブルに座らされ、そのタイミングでスミが俺の前に淹れたてのコーヒーとベイクドチーズケーキを置いてくれる。
「ありがとう、スミ」
「べ、別に、アニキの為に作ったわけじゃないから! ついでよ、ついで」
「もぉ、スミねぇはまたそんなこと言って! おにぃちゃん、スミねぇのケーキ美味しいんだよ! ほら、食べて食べて!」
「うん。いただきます」
フォークをケーキに入れて一口大に切り離し、そのまま口に運ぶ。
そして、しっとりとした口触りに加えて芳醇なチーズの香りが食欲を掻き立てる。
「あっ、美味しい」
「でしょでしょ? 私もたっべよーと! いっただっきまーす! う~ん、おいっしいいい。さっすが、スミねぇ! いい仕事してるねぇ~~」
「ルミ、食べながらしゃべらないの。行儀わるいよ」
「だって、美味しいんだもん」
なんか、双子の姉妹というよりは、母と娘みたいだな。
「なに、そんなにジッとみて」
「いや、仲がいいなって」
「そんなの当たり前でしょ? 家族だし!」
「そうだね、二人は家族だもんね」
「なーに言ってるの? おにぃちゃんも家族でしょ? 私達で家族なんだから」
「……ッ……そうだった、ね」
昨日、義父さんに言われたばかりなのに、また俺はそんな態度を取ってしまった。
「私は、まだ認めてないけどね」
「もぉ、スミねぇったら」
「早くスミに認められるように頑張るね」
「べ、べ、別にそんなに頑張らなくても……」
「ん?」
「な、な、なんでもない! ケーキのお代わりあるんだから、欲しかったら言いなさいよね!」
「うん、じゃあ、お言葉に甘えて。おかわりお願いします」
空いた皿を渡すと、スミは顔を真っ赤にしながらケーキのお代わり持ってきてくれた。
先程切り取ってもらったものより大きいケーキは、ホッとする様な味がした。
夕方、仕事から帰ってきた義父さんは、自分の分のケーキがなかった事にかなり落ち込んでいたのだが……まぁ、良しとしよう。
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