第8話 「ラッキーホルダー」
「ほら、ルミいそいでッ!」
「ふあ~そんなに何度も言わなくても分かってるって」
「分かって無いから言ってるんでしょ!?」
スミの叱咤が飛び交う。
時刻は7:30。始業開始は8:45で学校まではドアドアで30分程度。
そんなに急ぐほどでもないと思うんだけどなぁ。
今日は、月曜日。新たな一週間が始まる。
ここに来る前は、日付や曜日などの概念が全くなかった俺からすればこの“新たな”には普通の人とは異なる意味を持つだろう。
「ほら、アニキもボーッとしてないで!」
「あっ、ごめん。御馳走様でした、美味しかったよ」
「べ、別に、アニキの為に作ってる訳じゃないから! ついでよついで!」
「スミねぇ、ツンはいいから髪の毛とかして~」
リビングの入口からヒョコっと顔をだしたルミの頭は寝癖でボサボサになっていた。
「ちょ、誰がツンよ! ていうか、ルミ! 髪の毛くらい自分でとかしなさいよ! 何歳よあなた!」
顔を真っ赤にしたスミは、文句を言いながらもルミが待っているであろう洗面台へと向かっていく。何だかんだ文句を口にしながらも面倒見がいいんだよねスミは。
「はは、朝から騒がしくてすまないね」
義父さんは、タブレット片手に苦笑いを向ける。
「いえ、団の時も同じような物でしたから」
ふと、団のみんなの顔がよぎる。
人目を憚ることなく、ところ構わずいちゃつくグレンとアリエル、そんな様子を羨ましく思っているのかぶつぶつと文句を口にする副団長のダニエルとそれを宥めるダニエルの妹のマリア。その様子をニコニコと眺める好好爺の孝爺に黙々とご飯を食べる寡黙なチュンギュ。ご飯の時も何かしら薬の調合をし団長に怒られるミリー……。
たった数日しか離れていないがみんなとの時間が凄く昔の様に感じられる。
そんな俺の様子を見て義父さんは「そうか」とだけ口にし、再びタブレットに目を落とす。
食べ終わった食器類をシンクに浸けていると、スミとルミがリビングに戻ってくる。先程のボサボサ頭から一転、整ったシルバーのボブを上機嫌に揺らすルミ。この双子の姉妹は本当によく似ているなぁと、感心する。まぁ、双子だから当たり前か。
「あッ、忘れ物した! すぐ取ってくるくる!」
俺が玄関のドアノブに手を掛けたタイミングで、俺のすぐ後ろにいたルミは学校指定の革靴を乱暴に脱ぎ捨て、自室のある二階へと駆けのぼる。
「ちょっと、ルミ! もぅ、あの子はいっつもいつも」
「すぐ戻ってくると思うし、外で待ってるよ。じゃあ、義父さんいってきます」
「あ、私も! いってきます!」
「うん、いってらっしゃい」
◇
玄関を出て少し待っていると「いってきます!」とルミの声が聞こえ、すぐに玄関が開けられる。
「おまたせ~」
「おまたせ~じゃないわよ! ほら、いくよ!」
「忘れものはみつかった?」
「うん! これだよ!」
ルミは俺に向けてくるんと背中を向ける。
女の子らしいピンク色のリュック。そこには、薄紫色のクリスタルで出来た猫のキーホルダーがついている。
「あぁ~それ、当選してたんだっけ?」
「うん! ほんとラッキーだよね。しかも、猫ちゃん!」
「それは?」
「そうか、おにぃちゃんは知らないよね。今、このヤマトアイランドで流行っている開運アイテム【ラッキーホルダー】です」
「ラッキーホルダー?」
「そー、これを持ってると運気があがって良い事があるって巷で噂になってて、入手困難な代物なのですよ」
「良い事って?」
「う~んと、人それぞれだけど。恋人ができたとか、宝くじがあたったとか、志望校に受かったとか、昇進したとか、数えたらキリがないくらい」
「ばっかばかしぃ、そんなのソレを買わせるための根拠のない噂でしょ?」
「むぅ、スミねぇはいっつも夢のない事を言うよね! 別いいじゃん! 根拠のない噂でも信じる者は救われるの! おにぃちゃんもそう思わない?」
「ばっかね、アニキはママの部下だったんだから、そんな眉唾ものを信じる訳ないでしょ? そうだよね? アニキ」
二つの同じ顔が俺に迫ってくる。
困った……。何が困っているかだって?
正直、俺は現実主義者である団長に育てられた身だ。なので、普通ならばスミの言う通りなのだが、そうなるとルミを蔑ろにしてしまうんじゃないかと、心配してしまう。以前なら全然気にも止めないことなのに、どうやら俺の順応力はなかなかなものらしい。
「まぁ、俺は信じないが……ルミが信じてるならまぁいいんじゃないか?」
酷く曖昧な返しになってしまったが、二人から抗議の声が上がっていないのでよしとしよう。
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