第2話 「死に場所を求めている少年 ②」

「これで何回目か分かってるの?」

「いちいちそんなの数えてないよ」

「はぁ~~~~~~」


 アラビアン共和国にある五つ星ホテルのスイートルームの一室。

 この場所が、今回のクライアントから提供された、傭兵団銀の戦乙女団シルバーメイデンの作戦本部だ。


 拠点ホームに残してきた非戦闘員を除いた、八名の団員と団長である鷹刃たかば冴子さえこの計九名が五つ星ホテルのスイートルームに相応しい値の張りそうな縦長の大理石のテーブルを囲っていた。


 さて、今回の作戦も誰一人欠ける事なく無事完遂する事ができ、クライアントの要望通り、肉壁人質の生存率90%越えをも達成する事もできた。


 祝杯を上げても良さそうな戦果だが、団長の冴子は不機嫌を露わにしていた。


「なんで、いつもアナタは一人で突っ走るのよ!」


 冴子から叱咤を受けているのは、まだ年端も行かない少年。少年の名は、カイト。名字はない。自身の相棒でである一対の黒鉄の短刀から【双刃ブラックマンティス】の二つ名を持ち、銀の戦乙女団最年少メンバーで、エースとも言える存在だ。


「それが一番手っ取り早いと思ったからだよ。それに、その通りになったからいいじゃんか」

「ぐッ……」

「そもそも、今回は俺より先に問い詰める相手がいると思うんだけど」

「そうだった! ミリー!」


 冴子の声にビクッと肩を震わせるのは【最上の癒し手パーフェクトヒーラー】という特級アークマスターのミリー・ジョーンズ。

 腰まである伸び切った黒髪は鼻の先まで覆っており、極めつけは墨をぶちまけたかの様に真っ黒に染め上がった彼女のナース服がよりミリーの不気味さを増幅させている。


「……はぃ」

「アタシは、眠らせるだけいいって言ったよね?」

「……はぃ」

「それなのに、なんなのよあのバカげた薬は!?」

「……興がのりまして……ついつい……新薬を……」

「こんの、バカたれがッ!」


 冴子が拳を叩きつけたせいで、大理石製のテーブルに亀裂が走る。

 

「ひぃッ」

「作戦中に新薬を試すバカがどこにいるのよ!」

「……ここにぃ」

「あぁん!?」

「……いえ、すみません……」

「てか、団長これどうするのさ? 結構するんじゃねぇの?」


 グレン・グレゴリウスだ。

 少年の様な容姿を持つアラサーショタである。

 ただ、その容姿とは似つかない上級アーク【超剛力ハイパーマッスル】のマスターで、力だけであればこの団でトップクラスのパワーファイターだ。

 

「そんなのミリーの給与から天引きに決まってるでしょ?」

「……そ、そ、そんなぁ……」

「何か文句でも!?」

「……いぇ……」

 シュンとしている、ミリーを横目に「はい、はい、はーいなの」と手を上げるゴスロリ姿の長身の女はアリエル・レシルト。上級アーク【最高位魔術師トップウィザード】マスターだ。


「はい、アリエル」

「え~っと、今回、アリィは凄い頑張ったと思うの。アリィのおかげでクライアントの要望に応えられたと思うの~」


 今回の作戦、まずは、ミリーの調合した睡眠薬市街地にまき、肉壁を全て眠らせてから敵を討つ計画だったが、何をとち狂ったのかミリーが調合したのは、即効性のある細胞破壊ウィルスだったのだ。

 薬を吸い込んだ肉壁達が、次々と目から血を流し息絶えている光景を目の当たりにした冴子がミリーを問いただしたとこ白状したらしい。


 そんなやり取りを横で聴いていたアリエルが機転を利かせ、広範囲風魔法&爆発魔法を駆使してウィルス消滅にひと役かったのだった。

 アリエルの働きがなければ、今頃戦場には更に二千の屍が積み上がっていただろう。


「アリエルは、本当によくやってくれたわ。プラス査定」

「やったのー!」

「よかったじゃねーか、アリィ」

「うん、うん、よかったのー」

「ちょ、くる、しい」


 長身のアリエルの膝の上で寛ぐアリエルの恋人であるグレンは、アリエルが嬉しさを爆発させたかの様な力強い抱擁によってその豊穣な二つの母性に包まれる。

 

「ちっ、バカップルがッ」

「まぁ、まぁ、兄さん」

「ちょっと、何度言わせるのよ! 兄さんじゃなくて、姉さんでしょ!」

「いや、そこは絶対譲らないから」

「ぐ……っ……」


 このバカップルぶりに対する黒いパンサースーツ姿の優男、副団長でダニエル・戸越とダニエルの実妹であるマリア 戸越とやりとりはもはやテンプレ化している。

 

「ミリーの件は、これで良いとして。カイト!」


 冴子は、両腕を組みカイトを睨みつける。


「そんなに怒らないでよ、団長。結果オーライじゃんか」

「じゃんか、じゃない! なんで、いつも一人で突っ走るのよ!? 今回は敵に大したマスターがいなかったからよかったものの、そんな事してたら命がいくらあっても足りないわ!」


 ミリーの勝手な行動により作戦を立て直そうとした矢先、カイトは冴子の制止も聞かず敵陣へと単独突進した。

 それに引っ張られる形で団員全員がひっちゃかめっちゃかになり、作戦もくそもなくなったのだ。


「まぁ、まぁ、落ち着きましょう。ほれ、茶でも飲んで」

「孝爺……」


 加藤孝三郎が、怒りのボルテージマックスの冴子を宥める。好々爺に茶を出せれた冴子は、それを一気に飲み干す。


「ふぅ~。カイト、いつも言ってるわよね? 命を粗末にするなって」

「別に命を粗末にしているつもりはないよ。どうせ俺の命はあと数年だし。それならみんなの為に使った方がいいじゃんか。みんなの為に死ねるなら、俺は幸せだよ」

「カイト……」


 カイトの言葉に、冴子をはじめ皆の表情が悲痛のモノに変わる。


「みんな、そんな顔しないでよ。俺、団長に拾ってもらって、みんなに本当に良くしてもらって……何ていうか、恩返しがしたいというか、って団長!?」


 急に冴子に抱き付かれたカイトは、驚きと恥ずかしいそうな表情を浮かべる


「もう、このおバカさん……」

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