推し活フローライト

無頼 チャイ

宝石絡みの推し活

 ギラリと輝くスポットライトから注ぐ光りを受けて、キラリと舞台の上で女の子達が踊っていた。

 屋外に設けられたステージの前にはアイドルである彼女らのファンらしき人々がそれぞれ独自の応援をしていた。ペンライトやサイリウムを振り回したり、集団になって推してる子を応援したり、写真を撮ったり、綺羅びやかな空間と時間を堪能していた。

 曲が終盤に入り、ステージでそれぞれが決めポーズを取って締めくくる。激しいダンスと熱唱を終えた後なので、肩が上下し頬がほんのり赤くなっている。でも、メンバー全員はやりきったような爽やかな笑顔で微笑んでいた。


「はーいみんなこんにちは! 私達『ジュエリーシャワー』の一曲目聴いてくれてありがとう! これから連続で歌うんだけど、その前に自己紹介して私達の事をもっと知ってもらいたいと思いまーす!」


 司会役のアイドルが遠く端にいるメンバーの名前を呼んだ。


「はい! みんなに届け元気のフルオレッセンス! 蛍石大好きホタルンです!」


 タレ目が印象的なホタルン。今日も元気いっぱいで癒やされる。

 ジュエリーシャワーというアイドルを知ってから、俺は生きがいを得た。きつかった仕事が前よりも苦にならなくなり、作り出す工芸品も出来が良くなっている。

 これも全て、ホタルンのフルオレッセンスのおかげなんだろう。

 自己紹介を終えたアイドル達が定位置に着き、マイクを構えて歌いだした。


 ■□■□■


「次の人どうぞ〜」


 スタッフのぬるい案内に従って行くと、


「今日はライブ見に来てくれてありがとう! あ、分かるよ、自己紹介の時ずっと見てたよね、前の方で」


 気付いてくれていた!

 心臓が強く脈打った。観客席では発生しない距離感と制限時間付きの二人の時間。それだけでも最高なのに、あのホタルンが俺を認識している。まるで神様に存在を認められたかのような心地だ。


「あ、あの! 今日のライブ最高でした! 特にホタルンがセンターで歌う曲、あれCDで何度も聴いてるけど生で聴くのとは全然違う魅力があってすごい、その、幸せです!」


「そうなんだ! 何度も聴いてくれてありがとう! そう言ってもらえると一生懸命練習したかいがあったって思えるよ!」


 ホタルンが、喜んでくれた……、


 「あ、握手してください!」


「もちろん! 握手会にも来てくれてありがとう!」


 そうだった、これは握手会だった。

 手を伸ばした。伸ばした手は震えていた。仕事の時だってこんなに震えないのに。最推しであるホタルンへ伸ばした手は、ギュッと暖かく包まれた。


「これからも応援してね!」


「は! はいッ!」


 こんな俺の手を握ってくれている。最低な人生なのに、今、この瞬間だけ何もかも許されてるようだ。


 ……あ、そういえば、


「これ、俺が作ったんだけど、良ければ受け取ってください!」


 ポケットから取り出した。細いワイヤーにぶら下がる六角柱の結晶。淡い緑色に発光しているそれを、そっとホタルンの手に寄せた。


「ホタルンのイメージジュエリー、蛍石だから、それで作ってみた……」


「え!? 凄い! 蛍石って作れるんだ、それも綺麗……、ありがとう! 次のライブも頑張れるよ! 次回も来てね! 絶対来てよ!」


「はっ、はい!」


 別れ際の彼女の顔は、蛍石なんかよりも輝いていた。


 □■□■□


「今日は最高だったなぁ〜」


 推しに喜んでもらえた、プレゼントも貰ってくれた。これ以上嬉しいことってない。

 手の温もりが僅かに残っている。なのに、まだ側にいるような心地だった。


「……いや〜ジュエリーシャワーのライブ満喫したぜ」


「なあ、お前どの子推しよ」


「誰だと思うよ」


「ホタルンとか」


 ライブ帰りなのか、前方を歩く男二人がジュエリーシャワーの話をしていた。先程、握手を交わしたホタルンの名が挙がる。


「ホタルンはないわ、見てる時も思ったけどさ、あいつが一番メンバーで足引っ張ってるよ。早く抜けないかな……」


「おい」


 悪く言うな。


「ん? 何、お前の知り合い?」


「いや、俺は知らねぇよ。道に迷ったとか? 悪いけど俺ら知らな、うぐっ!?」


 ホタルンに謝れ。


「おい、なにす、ぐふぉ!?」


 知らないくせに、知らないくせに、知らないくせに、


 あ、そうか。


「お前らはホタルンの素晴らしさを知らないもんな。こんな俺にも微笑みかけてくれる彼女を侮辱するなんて……、お前らに機会をやるよ」



 □■□■□


 作業場の窓を開けマスクを取り外した。机の上に置いていたスマホに着信履歴があり、電話を掛ける。


『仕事だ。取引先の荷物がいつも通りそっちの工房に来るから何食わぬ顔で受け取れ、いつも通りにやってくれたら報酬は支払う』


「何時に到着するんですか? 今仕上げの段階なんですけど」


『はあ?』


 男の低い声が、さらに低くくなった。


『他から請け負ったのか?』


「俺が持ってきました」


『お前が? ……まあいい、とにかく、いつも通りにな、『始末屋』』


 通話はそこで切れ、スマホの画面に推しであるホタルンが表示された。

 この仕事、最初は嫌で嫌で仕方なかったけど、でも、ようやく好きになれそうだよ。これも、ホタルンのおかげだね。


「さてと、換気も済んだし、フッ化水素を吸う心配はないかな」


 シートの上にいくつも置かれた物を一瞥した。キラキラと輝く蛍石。試しに一個紫外線を当てると、淡い蛍光を照り返す。


「カルシウムがフッ化水素と結び付くと蛍石になる。フフッ」


 まるで、骨の髄までホタルンに愛されるために出来たような化学式。ガラス工芸士であった父の工房を受け継いだ時は凄く不安だったけれど、今こうして見てみると、工房の設備一つ一つが愛おしくてたまらない。


「君達も、これからは俺と一緒にホタルンの推し活をしようね。大丈夫、昨日渡したが気に入られたんだ。きっと、今の君たちのことを愛してくれるよ」


 かつて人だった蛍石は、ほんのりと赤く発光していた。

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