神は勇者に味方する

茶黒 

第1話 悪い魔王ばかりじゃない

人々から恐れられている魔王──イグリア。この名を知らない者などこの世には存在しないだろう。人と魔人とが共生していた時期が存在していた。その頃は魔人の人口は多くなく、強大な力を持つ魔人は人々から異端だと差別されていた。そんななか、王族や貴族たちは魔族を迫害しようとした。魔族は人間が住んでいない未開の土地に国を作り、それでも攻めてくる人族に抵抗した。何百年と続いていた魔王と勇者の争いは今、佳境を迎えていた。魔王城の前の防衛基地は全て突破され、魔王城の最奥──玉座の間にて、魔王と勇者は対峙していた。


「勇者、聞きたいことがある。何故我等を滅ぼそうとする? 我等魔族は、争いなど望んでおらぬ」


「冗談はよせ。破壊のかぎりを尽くさんとする魔王が、よくそんなことを抜かせたものだ。俺は、俺を信じてくれているみんなのためにお前を倒す」


「我にも愛しい妻と娘がいる──」

「──もう何も語らん。さぁ、武器を取れ、魔王!」


勇者は先代から受け継がれている聖剣を抜刀し、ひどく尖った剣先を魔王に向けた。


「どう言っても、聞く耳持たず、か」


杖を抜きながら出た魔王の声には諦念が込められていた。





「──聖威解放パウルギア!」


勇者の周りに金色の光が纏われる。溢れんばかりの生の力を湛えた金光は、勇者だけに許された能力チカラ。勇者が聖剣を掲げて叫んだ。


聖力霰弾アンシャル!」


金光が聖剣の剣先に収束し、無数の弾と化して魔王を襲う。


「…………ッッ!」


魔王は間一髪で全て避ける。勇者が放った攻撃は恐ろしいまでの速さと威力を兼ね備えていた。

勇者が魔王へと肉薄し、聖剣を一閃。これも危うく杖で防ぎ拮抗する。魔王は悟った。勇者には勝てない。その瞬間──魔王の目には愛しい家族の姿があった。同時に心の中で秘められた思いが爆発する。

何故だ⁈ 何故こうも我々魔族は報われない──‼︎ いつもいつも、良い思いをするのは人間だ‼︎

魔王は勇者から距離をとり、すかさず大技を繰り出す。


覇絶の黒刃シヴァルバー‼︎」


魔王が杖を斜めに振るうと、死を連想させる黒よりなお黒い闇の刃が勇者へと迫る。

しかし勇者はそれを悠々と聖剣で捌き、弾かれた黒刃は城の壁に食い込み辺りを破壊した。


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ────────‼︎」


隙をつき勇者は魔王へ突進。自身のもてる最大最高の力で以って魔王を両断せんと縦に一刀。


「おおぉぉぉぉぉぉぉぉ────────‼︎」


魔王は杖を両手で握り防御する──が、抵抗は虚しく、魔王は杖ごと斬られてしまった…………。





俺の名前は夏芽綾野かが りょうや。これといった特徴もなく、平凡に暮らしていた俺はある日トラックに轢かれてしまった。しかし次に目を開けた時には、なんと異世界にいた。そう、異世界転生である。勇者として召喚された俺は、王直々に魔王討伐を命じられ、与えられた勇者の力を発揮して魔王を倒した。パレードやらパーティやらを終えた俺は今、王女様とのティータイムである。


「このお茶、美味しいな」


「お口に合ったようで良かったです。私も大好きなんです、このお茶」


勇者は空を見上げた。元の世界と変わらない綺麗な青。異世界は最高だ。何者からも縛られない。自由を手に入れたのだ。





一方、時を同じくして、魔王城にて咽び泣く少女とそれを慰める母親らしき女性の姿があった。

勇者が最愛の人を殺した。

彼女は会ったこともない仇を睨んだ。果てしない憎しみをその目に宿して──。

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神は勇者に味方する 茶黒  @kuisa_913

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