兄妹決戦! チョコレート将棋

ひとしずくの鯨

第1話 兄妹決戦!チョコレート将棋

 天才振りを発揮する若手棋士の活躍振り。そこにはおのずと注目が集まる。そして、ふと目に入るのは、とんでもない賞金額。

 

 親ならこう言う。


「我が子もああならんかな」


「無理ね。はじめは付き合いで、あなたが誘えば指すけど、それだけ。あなたが買ってあげた詰め将棋の本なんて見向きもしない。朱理じゅりに至っては、あなたがいくら誘っても応じようとさえしないんだから」


「あいつらは食い意地だけは張っているからな。それだけのものを将棋に向けてくれたら」


「それよそれ。いいことを想い付いたわ」


  お母さんのアイデアに、お父さんも大乗り気で、久しぶりにの夫婦の共同作業でできたのが、


 ジャン! 木村家特製のチョコレート将棋であった。


 そう。チョコレートを駒にしたのであった。そして木村家のみの特別ルール。相手の駒を取ったら、食べて良いとした。


 そこで食いしんぼの兄妹。俄然、色めき立つ。行われる決戦に備え、共に父に教えを自らこいねがうこととなった。


 まさに、父さんはウハウハである。家庭内での己の地位が上がった。妻に次いで2位となるを得たのだ。


 更には、こんなこと、久しぶりのことであった。想い返せば、涙が出る。そして、ついつい遠くを見て、いつ以来だ、あの子たちが己を頼るのはと。


 そう、いつもの習慣でドベに語りかける。そう、このバカ犬だけは己を裏切らず、話を熱心に聞いてくれる。きっと、己は犬語を話せるようになったのだろう。そう信じる父さんであった。


(注:実はそんなに昔ではなかったりする。おぼろな記憶では一月ほど前に頼られた気がしないでもない。何かと感傷に浸るのが好きな父さんなのである)


 イカン。話が逸れた。いわゆる閑話旧題である。話を戻すぞ。




 その開催は週に一度に落ち着いた。


 父さんは高額賞金に目がくらみ、そんなに興味を引くなら、毎日でもと言ったが。

 

 母さん、いわく、「将棋の駒は40個もあるのよ。それだけそろえるには、お金もかかるのよ。それに毎日たくさん甘い物を食べさせるのもどうかと想うわ。あなたはもう棋士になったも同然と想ってるみたいだけど、そうならない可能性の方がずっと高いのよ」


 夢見る父さんが、ちゃっかり者の母さんにあっさり論破される。木村家のいつもの構図であった。



 土台は特製パンケーキ。最初、父さんは熱々あつあつのを持って来て、それにチョコを置いたものだから、すぐにドロドロ。


「あなた。何やってるの。チョコが台無しじゃない」


 持ち直しかけておった父さんの威厳は、一瞬にして吹き飛んだ。そして、その家庭内の地位は、再び犬のドベと最下位を争うところへと戻る。ドベというのは、父さんの願望がこってり詰まった呼び名であり、他の家族はコロと呼んでおった。




 そんな決戦が土曜か日曜の昼に行われ――このコロナの時期、休日とはいえ、親子そろって家にいることが多かったのである――それが数回目となったある日のこと。


「死なばもろとも」


 と言うなり、始は王将を口に含んだ。


「ずるい。お母さん。兄ちゃんが王を食べた」


 結局、始はその日、1時間余り、こんこんと両親に代わる代わる説教された。始は小学5年生、朱理は3年生である。




 そして次回からは、王将にはビターチョコが用いられた。


「にがーい。こんなのチョコじゃない。兄ちゃんにあげる」と勝った妹。

 

 ただ、これはまだかわいい。


「こんなのウ〇コだよ。食えたもんじゃない」


 常に一言多い兄である。全てのチョコレート作りに関わる方。ごめんなさい。父さんが代わりに謝っといたから、と想ったら。


 朱理が「違うよ。チョコだからチ〇コだよ」


 いや。そうはならんだろう。我が娘よ。ただ2人ともゲラゲラ笑いながら、ウ〇コだ、チ〇コだと言い合い、それが止まらない。すみません、と遂にお父さんは土下座した。




(注:以降の視点は兄の始です)

 そして、回を重ね、やがて、この頃にはチョコは母の手作りとなっておった。その日。俺は妹に勝ちかけた。角と交換で飛車を得たのだった。


 大駒と言われる飛車――上下左右、何駒でも進める――と角――斜めにどこまでも進める――だが、飛車の方がずっと使いやすい。初心者なら、なおさらである。


 ただ、ここで悪魔のささやきが俺の心中に生じた。2枚あるなら、1枚くらい食べてもと。


 とはいえ、心は未だ迷いの中にあった。飛車をうまく使えば勝てる。たかが1勝、されど1勝。己はそれを捨てるのかとの。


 と同時に、この飛車、めちゃくちゃ美味しそうなんだけど。そう俺の直感が告げてくる。ならば、俺は俺自身を信じないのかとの。


「いつまでも、手許に置くな。よ。飛車を打て」と親父。


 ここで俺に一つの疑念が生じる。もしかして親父も飛車チョコ狙ってるんじゃあねえか。別に何かの根拠がある訳でもなかったが。ただ、その声はやがて次の如く変換されて、俺の心に響き渡ることになる


よ。飛車を食え』

 

 そして遂に。


「アホッ。何してんだ。お前」との親父の叱責。


(ウメェ~。なに、これ。中に何が入っているか分からないけど。舌がとろけそう)


 そしてそこでふと目に入る。朱里がニヤリとやはり悪魔が取り憑いた如くの笑みを浮かべたのが。そこでまさに以心伝心――というか、単に兄妹ゆえの似た者同士、そう、考えることはそっくり。


『兄者。それを、も一つ、食いたかろう』

 

 その眼は確かに俺にそうささやいておった。ゆえに俺もまた目力でこう返す。


『ならば、そなたの望みは何だ?』


『勝利じゃ』との答えがやはり眼にて返される。


 勝った者が1番に駒の4分の1を取れる――それが我が家のルール。

 次に母。これは作ったゆえだ。

 そして父。一応お金を稼いでいるからだ。

 最後に負けた者。お察しのとおり、歩ばかりが残される。通常なら、そんな取引には応じぬ。しかし・・・・・・である。


 あの飛車チョコ。とんでもなく、うまかったぞ。


 ふと、母の方を見る。そこにもまたニヤリとの笑顔が。その心を読む。


『私の自家製チョコにそなた、落ちたな』


 ふむ。母はOK。父は・・・・・・まあ、どうでも良いか。そして再び妹を見る。


 激しく火花が散る・・・・・・ことはなかった。


 了解した・・・・・・とばかりに、互いに無言でうなずく。


 それを見て、母は納得の顔。まことに最終的な勝利者は母上、その料理の腕に他ならぬ。


 そして親父は不審の目で我ら兄妹を見ておる。とはいえ、既に協約は相成った。


 妹はまさに飛車を差し出す如くの手を打つ。王手飛車取りがかかるところに――そこに銀を打ってくださいとばかりの。そして我の手許にはまさに銀が。


 銀を打つ。想わず力が入り、パンとばかりに盤面が鳴る・・・・・・いやパンケーキだから沈むのみ。しかし、我の耳には確かにそれが届いた。


 王は逃げるしかない。王で銀を取れば、そこにはこちらの桂馬が手ぐすね引いて待ち構えておるのである。


 ゆえに飛車は己のものに。


 ぱくり。


(ウメェ~)


「お前。二つも食うな」再び親父の叱声が。


「私の手作りのチョコが美味しすぎるのかしら?」との母上の高笑いが。


 そして勝利を確信したのか、こちらの参りましたとの声も待たずに、駒を食べ始める朱理。


 まさに木村家を騒乱が支配した。




 そうして一騒ぎの後、俺の分け前のみが残る。そう、パンケーキの上に俺の分のチョコが置かれ、再び、母が少し温めてくれる。更には父が隠し味だなどと良く分からぬことを言ってバターを上に乗せ――どう考えても定番だろうに。


 それを4等分。いや、チョコの分け前を差し出した分、俺の切り分けがかなり大きい。これを皆で食う。


 全員が満足げな顔の中、

 母上いわく「私の手作りには負けるけど、これもおいしいわね」

 親父いわく「そうだろう。そうだろう。バターがうまさの秘訣よ」

 朱理いわく「おいしい」

 俺いわく、「ウメェ~」


 そう最初の父の失敗から、我が家の定番の新メニュー『高額賞金に負けないぞ!ドロドロチョコのパンケーキのせ』ができたのであった。転んでもタダでは起きない木村家であった。



(完)

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