7.あたしのくまさん

ウォーレンのラボラトリーを出て家に戻ったピギー。


時刻は19時少し前だった。


アナ、もう帰ってっかな。


ピギーはアナに電話した。


10コール鳴ってもアナが応答する気配は無い。


まだ帰ってねえのかな?


ピギーが電話を切ろうとした。


「もしもし、ピギー」


いつもの明るいアナの声が受話口から聞こえた。


「アナ、今度の日曜空いてる?」


「うん、大丈夫よ。どうかしたの?」


「いいや、別に。11時にブルックリンブリッジパークで会わない?ピクニックでもどーかなーって思ってさ」


「そうね、外も少しずつ暖かくなってきたしピクニックもいいわよね。あたし、サンドイッチ作って行くね」


「マジで、アナ。俺、すっげー楽しみにしてる。じゃ、日曜に」


「うん、じゃーね、ピギー」


ピギーは身体が戻った事は伝えなかった。


アナをびっくりさせようと想って。


日曜。


動物達も冬の眠りから目を覚まそうと寝床でもぞもぞしている。


春の草花も所々ちらほらと芽生えて人々が活力に漲る兆しを感じさせる穏やかな日だった。


ブルックリンブリッジパークの入り口の所でアナを待っているピギー。


100mほど先にバスケットを抱えたアナが歩いて来ているのが目に入った。


そわそわしながらアナが近寄ってくるのを待つ。


後10数歩という所までアナが来た。


「やあ、アナ。今日は天気が良くて良かったな」


ピギーが手を上げてアナに話し掛ける。


ピギーの方を見向きもせずに素知らぬふりで公園の中に入って行こうとするアナ。


ピギーが言う。


「おい、アナってば」


公園に入って10mくらいしてアナが振り向く。


「あら、いたの。いつものピギーじゃなかったからあたし気付かなかったわ」


「おい、冗談だろ。俺の図体こんなにでかいのにー」


「ウフフ、冗談よ。いつもあなたにからかわれてばかりだからたまにはあたしもやり返さなくっちゃね」


「おい、冗談きついぜー。俺、嫌われちまったのかと思ったぜ」


ピギーの腕にアナが腕を絡ませて1時間くらい公園を散策した。


メリーゴーランドに乗った。


バスケットボールやローラースケートに楽し気に興じている人々を見て回った。


燦燦と降り注ぐ陽光が二人を温かく包み込む。


噴水が見えるベンチに腰掛けてランチにする二人。


アナがウエットティッシュを出してピギーに手渡す。


「あんがと、アナ」


卵とハムのサンドイッチ、ツナサンド、ベーコンエッグサンドイッチ。


アナが腕によりを掛けたサンドイッチがバスケットの中に所狭しと並んでいる。


「どうぞ、ピギー、召し上がれ」


公園の砂場でままごとをしている少年と少女のようなピギーとアナ。


ピギーが卵とハムのサンドイッチを摘んで一口で口に放り込む。


「すっげー美味え」


顔が自然と綻ぶピギー。


「沢山作ってきたから一杯食べてね。食べ残したら死刑よ」


魔法瓶からコーヒーを注いでピギーに渡しながら悪戯っぽく言うアナ。


「それって厳し過ぎじゃねえの。せめて禁固刑じゃ駄目?」


「駄目、絶対死刑。それも火炙りで」


「その刑の執行パターンだったら俺、豚の丸焼きになっちまうじゃねえかよー。解ったよ。食えばいいんでしょーが。死ぬ気で食います」


「うん、それで宜しい」


笑い合うピギーとアナ。


お腹が一杯になったピギー。


「美味しかったよ、アナ、あんがと」


アナが微笑みながらピギーの嬉しそうな顔を見ている。


「どう致しまして」


バスケットを片して二人でコーヒーを飲みながら春の陽気に身を委ねる。


ピギーの腕に頭を凭れるアナ。


ゆったりと時が流れる。


永遠にこの時を共有したいと願うピギー。


このまま時が止まってくれたらな。


ピギーが徐に口を開いた。


「すっげーいい天気だなー」


「うん、そうだね。ピギーとピクニック行くの初めてだから、あたし早起きして張り切っちゃったよ。お腹も一杯になったしこの陽気であたしちょっと眠くなっちゃった」


眠た気に目を擦るアナ。


「そう言えば、俺が元に戻ったの何も聞いてこないけど…」


「えー、だってあなたはあなたじゃない。見た目が変わっただけよ。冬眠してたくまさんが眠りから目が覚めたって感じよ。お帰り、あたしのくまさん」


「こんな俺でも好きでいてくれるの?」


「ええ、もちろんよ」


ピギーはアナのブルーの瞳の奥をじっと覗き込んで言った。


「俺と結婚してくれるかい、アナ」


「うーん、どーしよっかなー。あなたと結婚したら食費も大変そうだしー」


悪戯っぽく焦らすアナ。


「イエスって言ってくれよ。言ってくれなかったら俺エッフェル塔から紐無しバンジーしちまうぜ」


「うふ、ちょっと焦らしただけよ、ピギー。もちろんイエスよ。あたしを幸せにしてください」


アナの目から一筋の伝う雫。


「泣くなよ、アナ」


ピギーがアナの頬に両手を這わせ親指で涙を拭ってあげる。


「ちょっと目を瞑ってて」


アナが言われた通りに目を瞑る。


ピギーがジャケットのポケットからティファニーのハートのモチーフの指輪を取り出してアナの左手薬指に嵌めてあげた。


そして、アナの手の甲に手を添えてピギーが畏まって言う。


「馬鹿な俺だけどこれからもよろしくお願いします」


「こちらこそ、至らないあたしだけどよろしくお願いします」


5月。


ブルックリンの伝統と格式を重んじた中にもモダンな造りのチャペル。


ピギーとアナの親族、友人が揃って賑やかに式が執り行われた。


純白のタキシードで身を固めて鯱張るピギー。


バイオレットのウェディングドレスで華やかに着飾ったアナ。


その中にウォーレンの姿もあった。


「やあ、ピギー、おめでとう。アナ、とても素敵だよ。実はアナに僕の親友を紹介しようと思ってね」


ウォーレンのフォードのウィンドウから顔を覗かせるアインシュタイン。


「よお、アインシュタインじゃねえか。元気にしてたか」


ピギーがアインシュタインの頭を撫でる。


「まあ、可愛いワンちゃん」


アナもアインシュタインの頭を撫でる。


舌を垂らして尻尾を振って喜ぶアインシュタイン。


「ピギー、アナ、末永くお幸せに」


その日はピギーとアナにとって皆から祝福され忘れられない5月の麗らかな午後となった。

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透ける豚-スケルトン Jack Torrance @John-D

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