6.ミート&ボーン

アッパー ニューヨークの港でのデートを切っ掛けに付き合うようになったピギーとアナ。


ライヴや映画館、バーやビリヤード、ショッピングやレコード店。


二人は濃密な日々を重ねていた。


ピギーの歩く骸骨という風貌もすっかり板に付き二人が行く先々では皆が二人を温かく見守っていた。


ピギーが元に戻らなくなって3ヶ月半が経過しようとしていた。


その頃、ウォーレンはピギーの現状に重責を負っていると感じていたので、どうにかして元に戻そうと実験を重ねていた。


猿やオランウータンに適量の3倍のスカルボーンを投与しては様々な薬剤を調合して速い段階での蘇生を試みるが上手くいかない日々の連続だった。


ある日、気分転換で訪れたレコード店であるヒントを発見する。


ウォーレンはクラシックを好んで聴いていた。


クラシックの棚を散策して喫茶店でコーヒーでも飲もうと想い店を後にしようとしていた。


普段は立ち寄らないロックアルバムを陳列しているレコードの棚に視線が走った。


そこに陳列されていたレコードはジョン スペンサー ブルース エクスプロージョンの『ミート&ボーン』と言うアルバムであった。


そのアルバムを目にしたウォーレン。


肉と骨。


肉と骨。


肉と骨。


ウォーレンは頭の中で肉と骨と言うワードを連呼しながらふと想った。


人間の筋肉や皮膚、血液などは水分を除けばたンパク質や脂質、鉄分などから構成されている。


重要なのはタンパク質。


タンパク質は、アミノ酸が多数つながって構成されている高分子化合物。


これをメインに脂質と鉄分などを少し配合して筋肉増強剤、副腎皮質ホルモン、その他諸々の薬剤と調合すればスカルボーンの有効性を中和して元に戻るんじゃないのか。


ウォーレンは直ぐ様サプリメントを製造している会社に連絡してそれらの構成物質を濃縮した粉末を送ってもらった。


何を考えたのか。


サプリメントを製造している会社はその白い粉を透明な二重に重ねたビニール袋に入れて宛先をシールで貼っただけの簡易的な梱包で空輸しようとした。


ここまで露骨に白い粉を空輸するのはカルテルの新手の密輸だと航空会社職員は疑った。


その粉末は航空会社の職員にヘロインと疑われ途中2日間の足止めを喰らったがどうにかしてウォーレンのラボラトリーに届いた。


それらの粉末を試行錯誤を繰り返して微妙な匙加減で配合して精製水と攪拌させる。


それを筋肉増強剤などの薬剤と調合してスカルボーンを投与して骸骨と化した猿に投与する。


通常料を投与した猿は何も投与しなければ18時間で元に戻るのは検証済みだ。


これをスカルボーン投与後の2時間しか経過していない猿で試してみる。


1回目失敗。


2回目失敗。


3回目失敗。


筋肉増強剤、副腎皮質ホルモン、その他諸々の薬剤との割合や調合剤との割合を何度も試行錯誤しながら試していく。


実験開始から28日後の42回目の投与で到頭成功した。


スカルボーン投与から2時間経過した猿にこの薬剤を投与したら投与後1時間で元に戻ったのである。


「せ、成功だ」


ウォーレンは窶れていた。


その容姿は発狂寸前のドクそのものであった。


ピギーがクラブデの仕事を終えハードデイズでまた一杯ひっかけていた時だった。


携帯が鳴った。


「やあ、ピギー、僕だよ、ウォーレンだ」


「よお、ドク、元気にしてっか?」


「いや、そうでもないんだ。最近、寝不足でね。ところで、君の身体を元に戻せそうな薬剤がやっと出来たんだ。今度はいつが休みだい?」


「3日後だなー。俺、結構気に入ってんだけどな。今の姿が。何か踊れる骸骨みてえな」


「まあ、そう言わずに来てくれるかい。僕のラボラトリーに。君をそんな姿に長い間させてしまって僕は責任を感じてるんだよ。いいね、13時くらいに来てくれるね、ピギー?」


「オッケー、解ったよ。んじゃ、3日後にな、ドク」


ピギーは約束通りウォーレンのラボラトリーに行った。


「よお、ドク、久しぶり。暫く見ねえうちに何か大分痩せたんじゃねえのか?何か骨と皮つーか…」


「ハハハ、実はそうなんだ。よく来てくれたね。早速、このバスローブに着替えてくれないかい」


ピギーは着替えてベッドに横になった。


袖を捲り駆血帯を巻いてアルコール綿で消毒する。


血管が見えないので触感で血管を探りながら適当に刺す。


一回目でうまい事血管に刺さった。


「それじゃ薬剤を入れていくよ」


ウォーレンが注射針のピストンをゆっくりと押し込んでいく。


注射針の中の透明な薬剤がゆっくりとピギーの体内に入っていく。


今度は何も感じなかった。


眠気も襲ってこなかった。


30分くらいすると身体に変化が出て来た。


動脈や静脈などが少しずつ浮かび上がってくると眼球が形成され筋肉も隆起してくるようにモリモリと少しずつ浮かび上がってきた。


50分くらい経過すると古来インディアンが戦利品として頭皮の皮を剥いでいたような状態のようになっていった。


その一挙一動を手鏡でじっと食い入るように凝視するピギー。


「ウォー、すっげーな、ドク。皮を剥がれた人体模型みてえになっちまったぜ」


そして皮膚と毛髪がそれを覆い1時間後に元のピギーに復元された。


「俺、ちょっと興奮しちまってしょんべんちょっとちびっちまったかも」


ウォーレンが笑みを浮かべながら胸を撫で下ろす。


「元に戻っちまったぜ、ドク。こりゃノーベル賞もんだぜ!」


子どものようにはしゃぐピギー。


「いやー、一時はどうなるかと想ったよ。商品化はちょっと考えものだよ。どこか身体に異常は無いかい?」


「いや、何ともねえよ」


「よし、祝杯だ。コーヒーでも淹れよう」


ウォーレンがケトルで湯を沸かしコーヒーを淹れる。


ピギーとウォーレンはコーヒーを啜りながら談笑した。


「今、付き合っている彼女がいんだけど俺プロポーズをしよっかと想ってんだけど」


ピギーがアナの存在をウォーレンに打ち明けた。


「へえ、そんな人がいたのかい」


「そうなんだ。ドクをびっくりさせてやろうと黙ってたんだ。だけど、元に戻った俺を見てやっぱ彼女は俺の事を嫌いになっちまうんじゃねえかと不安になっちまって…幻滅するつーか何つーか…」


「ピギー、当たって砕けろだよ。自信を持って頑張って」


ウォーレンがピギーを鼓舞する。


「そうだな、ドク。当たって砕けろだな。そうじゃなくっちゃ俺じゃねえもんな」


二人は笑った。


「んじゃ、ドク、俺そろそろ行くよ」


「健闘を祈っているよ、ピギー」


ウォーレンはピギーの肩をポンと叩いて送り出した。

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