5.デート
ピギーは家で一眠りしてクラブに向かった。
骸骨と化したその風貌に特注の最新ブランドを着熟した風体が相まって客の度肝を抜いたが皆がピギーの声を聞くと安心した。
「よお、ピギー、ぶったまげちまったぜ。あんた、ガリガリつーかゴツゴツになっちまったな」
「ああ、参っちまったぜ。て言ってんけどよ自分じゃねえみたいな感じがして意外と気に入ってんだけどな。今夜も楽しんでってくれよな」
持ち前のカンフーアクションと腰振りもこの見た目で更に盛り上がった。
骸骨となったピギー“ファットマン”プレスリー。
この宣伝は評判を呼びピギーの行く場所行く場所は常に人集りとなった。
「よお、P.G.俺の“ファットマン”って名なんだけどよ、いっその事“スカルボーン”にしちまった方がいいんじゃねえのか?」
「ピギー、お前解ってないな。骸骨なのに“ファットマン”っていうギャップがいいんじゃねえのかよ」
「ふーん、そんなもんなのかなー」
ピギーは首を傾げながら笑った。
そして、ミッドナイト フライデーの日がやって来た。
ピギーが皿を回しフロアは熱狂の渦。
場を盛り上げるだけ盛り上げてピギーもフロアで客と談笑した。
いつものようにアナも来ていた。
ピギーは溢れる想いを伝えるのにデートに誘うのはもう時宜にかなっているんじゃないのかと想っていた。
「やあ、アナ、元気にしてた?」
ピギーが気さくにアナに話し掛けた。
「ハーイ、ピギー、1ヶ月ぶりね。あなた、すっごい変わったわね」
「えー、そっかなー。体重は前より5ポンドは増えちまってるぜ」
惚けるピギー。
「今夜は俺オールじゃなくて2時で上がんだけど、その後君をデートに誘いたいなーって想ってんだけど。オッケーしてくれる?」
茶目っ気たっぷりにアナをデートに誘うピギー。
「えー、どうしよっかなー」
わざと焦らすアナ。
「断ったら俺エンパイア ステート ビルディングから飛び降りて死んじゃうかもね。そうなったらアナ、君は一生責め苦を負って生きていく事になるだろうね」
捨てられた子犬のような眼差しで哀願するピギー。
無論、眼球は消えていてアナには見えてないが。
「どうしよっかなー」
尚も意地悪く焦らすアナ。
「ダメー?」
デパートのおもちゃ売り場で拗ねる子供のようになるピギー。
「ええ、今日と明日は休みだからいいわよ」
にこりと笑って答えるアナ。
「マ、マジでー。終わったら迎えに行くからバーんとこで待っててくれる?」
「ええ、解ったわ」
ピギーはピョンピョンと兎のようにスキップしながらまた皿を回しに戻って行った。
2時ちょっと過ぎ。
「アナ、ゴメン、待たせたね。んじゃ、行こっか」
駐車場に向かいピギーの愛車シボレー カマロSSに乗り込む。
キーを捻りエンジンが掛かるとオーディオからスライ&ザ ファミリー ストーンの『暴動』が流れてきた。
「あたし、このアルバム大好きなの」
アナのテンションが上がる。
「そーだよな。このファンキーでゴキゲンな感じ堪んねえよな。スライはやっぱ天才だぜ」
ピギーが車をゆっくりと始動させた。
「何処に連れて行ってくれるの、ピギー?」
アナが尋ねる。
「ヒ ミ ツ」
途中24時間営業のハンバーガーショップのドライブスルーでホットコーヒーを買ってまた少し車を走らせた。
「アナ、君は何処に住んでんの?」
「ブルックリンのセントラル アベニューよ。あなたは何処に住んでるの、ピギー」
「それも、ヒ ミ ツ」
「もう、あなたったら」
海沿いの幹線道路をゆっくりとドライブする。
等間隔で立っている該当の明かりが流れ星のように後方に消えていく。
ピギーとアナは仕事の話や音楽の話で盛り上がっていた。
そうこうしてるうちにアッパー ニューヨークの港に着いた。
車から降りて二人で防波堤に行った。
打ち寄せる波がテトラポットにぶつかり波飛沫を舞上げる。
「冬の海ってのもなかなかおつなもんだろ」
「ええ、そうね、素敵だわ」
「空を見てご覧。空気が澄み切ってっから星も奇麗に見えるだろ」
「うん」
肩をすぼめて両手を組んで寒そうに凍えるアナ。
ピギーは自分の上着を脱いでアナの肩に掛けてあげた。
小柄なアナは子供が大人の服を着ているみたいで何とも可愛らしい。
「あんがと、ピギー」
アナはピギーの衣服から香るブルガリのブラックの香りを感じた。
照れるピギーは夜空を指差しながら言った。
「あれが冬のダイヤモンド。あれがおうし座のアルデバラン。ステーキにしたら美味いだろうな。あれがおおいぬ座のシリウスで、あれがこいぬ座のプロキオン。韓国では犬だって食うらしいぜ」
「ゲェー、それほんとなの?」
アナがピギーの物知りに関心したように尋ねる。
「ああ、マジだぜ。その横のあれがこぶた座。丸焼きにしたらよさそうだな。その右上を見てご覧。家畜小屋だか納屋だか貧相に見える建物みたいな星座があるだろ。あれが豚小屋座。あの星はグレイトフル デッドのロン“ピッグペン”マッカーナンが発見したらしいんだ。んでもって豚小屋(ピッグペン)座って名付けたそうなんだ。“ピッグペン”のヴォーカルとハープは最高だったぜ。早く逝っちまったのが残念だぜ」
「ピギー、あなたって物知りなのね。それにロマンティストでとってもクール」
「いやー、それほどでもねえぜ。そのずっと右を見てご覧。あの女が四つん這いになって女豹のポーズを取ってるみたいに見えるのが雌豚座。あのヒップがビッチでイカしてるだろ」
「それって、ジョークでしょ、ピギー」
「えっ、分かっちゃった」
「もう、あなたってキュートでユーモアのある人なんだから」
夜空に燦然と輝く星々が二人を照らす。
海からの朔風が二人に吹き付ける。
「戻ろっか」
ピギーがアナの手を引いて車に戻る。
車に乗り込むとアナが言った。
「あ、コンタクトがシートに落ちちゃったかも」
ピギーが車内のライトを点けて助手席に身を乗り出して探そうとする。
すると、アナがピギーの頭蓋骨の両顎に両手を這わせてキスをした。
「ピギー、今のあなたも魅力的だけど前のあなたもくまさんみたいであたしは好きよ」
ピギーは身体に電流が走ったようになり顎がガクガクと鳴った。
まるで『トムとジェリー』のトムの体に100ボルトの電流が通電して骨がレントゲン写真のように見えるように。
「俺と付き合ってくれるかい?」
アナはこくりと頷いて言った。
「うん、いいよ」
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