9-2 : 脱出
その声の聞こえたほうへ、サイハたちは砂山を回り込んだ。
誰の声なのかは、確かめるまでもない。
「――……よぉ……気分は、どうだ……チンピラぁ……」
砂山の頂上裏手、その斜面に。
サイハの拳を
「……やって、くれたなぁ、えぇ……? はぁ゛……サイハ……リゼット……お前らの、お陰で……全部、台無しだ……」
「ジェッツ……!」
「サイハ、ここは私が……事後処理も〈解体屋〉の役割の内だ」
飛び出しかけたサイハを、エーミールが制止する。その手には既に
「エー、ミール……全く……出しゃばりな、女だ……割と、根に持つ……タイプ、か……?」
きれの悪い減らず口を
「ジェッツ・ヤコブソン、その身柄を〈解体屋〉へ連行する。〈
「
苦しげに
「好きに、しろ……だが、
「…………」
銃口をピタリとジェッツに向けたまま、エーミールが慎重に砂山を登りだす。
その間も、ジェッツはゴボゴボと
ジェッツが吐血を繰り返し、
血と胃液があまりに激しく飛び散るものだから、エーミールはそれを避けるようにしながら砂山の斜面を進んでいった。
「ああ……左脚が、折れてる……左腕もだ……」
サクリサクリと、エーミールが踏み締めるたびに砂山が音を立てる。
「右の脇腹が、
ガボッ! ゴボッ!
ジェッツが吐き出した一際大量の
エーミールが思わず眉を
そしてぼんやりと薄目を開いたジェッツが、うなされるように
「……。……ああ、そう……
……………………………………カツンッ、と。
エーミールが砂の下で、何かを蹴り飛ばした。
「っ!?」
「ありがとう……そいつが、ほしかった……」
ジェッツの
「死に体、でもな……まだ、
己に
ひびが入って壊れていた
ふわりと浮かび上がり、ジェッツの手に納まった。
同時にザラッと、砂山全体が波打って。
「!! しまっ――」
エーミールが言い終わらぬうちに、大量の砂がドンッと間欠泉のごとく噴き上がった。
砂柱はジェッツを乗せて勢いよく上昇し、あっという間にジェッツの身体を露天鉱床の縁へと打ち上げる。
直後、露天鉱床が不気味に揺れ始めた。
周囲の岩盤がサラサラと砂へと変わり、最下層にいるサイハたちの元へどんどん流れ込んでくる。
まるで巨大な
「……っ……くそっ!」
ジェッツにまんまと逃亡を許してしまい、エーミールが毒突いた。
「落ち着けエーミール! 野郎をとっ捕まえるより先にだ……このままだと全員生き埋めになっちまうぞ」
周囲が一瞬で大崩落するというわけではなかったが、砂化した岩盤の流入は止まる気配がない。
「とは言っても……! どうする?! ここの運搬装置はもう使い物に――」
「あるじゃないですかー」
「手ならまだある」
さらりと、メナリィとサイハが同時に言ってのけた。当たり前のように。
エーミールとリゼットとヤーギルもそれに気づいて、そして五人が同時に声を上げた。
「「「「「――〈レスロー号〉だ!」」」」」
◆
「――よし……! 翼は折れてねぇ。無駄に頑丈に作ってたお陰だ」
「〈霊石〉は……ここは採掘場だ、いくらでもあるぞ!」
「ゲロロ……定員オーバーではありませぬか? これは……」
「詰めれば乗れますよー。前に二人、後ろに二人、ヤーギルさんは
「オイ! イイ加減下ろせよテメェ! いつまでアタシのこと担いでやがる!」
「お前もう自力で立てないだろ。何となくわかる。いいから大人しくしてろ」
「……。……ンッだよ……サイハのクセに、
露天鉱床に胴体着陸していた〈レスロー号〉を、サイハとエーミールが大急ぎで点検していた。
メナリィと
激闘の反動で動けなくなっているリゼットは、座席に押し込まれて口を
崩れゆく露天鉱床から脱出するための最低限の整備と、〈霊石〉を詰め込んで。サイハがムムムとここ一番の気合いを入れて、火種となる〈霊石〉に思念を
〈レスロー号〉が、ポッポと蒸気の脈動を始めた。
「……いけるぞ、これなら! サイハ急げ! 主翼が砂に
前席にエーミール。
後席に
離陸可能であることを計器の表示から読み取って、エーミールが機外整備を続けているサイハへ手を差し伸べた。
「さぁ! サイハ! こっちに!」
「…………」
サイハは砂に埋もれゆく地面に立ったまま、〈レスロー号〉を見上げると――
一人、首を横に振った。
「っ……何そんな所で突っ立ってるんだサイハ!? 早く!」
「……。行ってくれ。お前らだけで。エーミール、あんたなら〈
そう言いながら、サイハは〈レスロー号〉から引っ張りだしたバックパックを
取り出したのは金属グローブ〈かっ飛びナックル〉と、ワイヤーの束。
そして適当に名前をつけてしまった
「オレはこっから自力で上がって、そのままジェッツの野郎を追っかける」
サイハのその言葉を聞いて、思わずエーミールが悲壮な表情を浮かべた。
「……馬鹿っ! サイハ! そんなの〈レスロー号〉で脱出してからで十分――」
「いいや、駄目だ。一人でも乗員減らして、確実にそいつを飛ばすんだ」
「だったら! 私が残る!」
「冷静になれよ、エーミール……あんたに言わせりゃ、『これは〈解体屋〉の仕事』なんだろうがよ――」
ワイヤーを
足元にアンカーを打ち込んでワイヤーの両端をピンと張りながら、涙声になっているエーミールにサイハは言って聞かせた。
「――こっちから言わせりゃ、『オレの
「……私は……役立たずってことかい……?」
「違う。あんたでなけりゃ頼めないことだから言ってんだ。メナリィのこともリゼットのことも、〈レスロー号〉のことも……あんただから預けれるんだ。あんたがオレのことどう思ってんのかは知らないけどな……――オレはあんたのこと、心底尊敬してんだよ」
サイハがさらりと言ってのけたその言葉を聞いて、エーミールが数秒間停止する。
それから
「……ずるいよ……そんな言い方……!」
それだけ
「……。サイハ……私は、君のこと……――もういい! 帰ってから話す! 行けよ、わからず屋!」
機体が震えだしたのは、発進の合図。
エーミールは
「サイハー、〝モグラコロッケ〟、たーくさん作って待ってるからねー」
メナリィがサイハへ、おっとり手を振る。
「オラ、このバァカ、アタシ置いて
舌をベェッと出したリゼットが、中指を突き立てる。
「くははっ! いいねぇ、
ニッと笑ったサイハが〈ブーツの裏にくっつけるヤツ〉を履き、張ったワイヤーに綱渡りよろしく立つ。
そして最後に、サイハが親指を立てて、皆に背を向けて。
「――パーティーの準備して待ってろ、お前ら!!」
ドンッ!!!!
翼で風を切り、〈レスロー号〉が離陸する。
「いぃぃぃやっほぉぉぉぉぉぉぉい!!」
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