終章 -世界の果てまで-
9-1 : ドライブ×ドライバ
砂へと
太陽は依然、第二の月の陰に完全に隠れており、周囲は暗闇に
砂と。
岩と。
闇だけの世界。
まるで死の世界である。
「――…………ごほっ、ごほっ! はぁ……っ!」
風も
ふらりと立ち上がったのは――――
「……。……君は……すごいな、本当に……」
ジェッツの銃撃に倒れながらも、エーミールは血を流してはおらず。
「根拠も、確証も、何もなかったろうに……勢いだけでなし遂げてしまうなんて」
ロングコートの左胸に
「……ゲコゲコ……いやはや、全く……左様でございますれば」
コートから
ヤーギルが吸盤のついた指先で自分の額をさする。
シルクハットの下に、プクリとたんこぶができていた。
「ゲロォン、あ
言いながら、ヤーギルが小さな手を勝ち誇るように振り上げて、ペッ! と何かを地面に
それは一発の鉛玉だった。
それはまさに先刻、ジェッツがエーミールに撃ち放った凶弾。
エーミールが銃撃を受けた、あの瞬間。ちょうど左胸の内ポケットに納まっていた
「小生が
「いいや、サイハは知らなかったはずだよ。でも……サイハはただ、信じたんだ。〝絶対に大丈夫だ〟って……たったそれだけのことを」
エーミールが、ちらと顔を横に向け。
「そういうことだろう? メナリィ」
「はい、もちろんですっ」
にっこりと糸目で
「だって、私が一番信じてましたからっ。サイハとリゼットさんなら、絶対届くってっ」
胸の前で両手を握り、メナリィがフンスと興奮した鼻息を漏らした。
「……ルグントは、
エーミールが驚嘆するような、あるいは
それは〈
ジェッツに一度は敗れたサイハだからこそ、導き出せた仮説。
果たしてサイハと、ヒト型状態のリゼットならば、ルグントの影を突破できるのか……実証するには実戦しかない、大きな大きな賭けだった。
そしてその賭けに、サイハとリゼットは見事打ち勝ったということ。
〝エーミールは絶対に大丈夫だ〟という何の根拠もない確信と、身体に傷ごと刻み込んだ仮説――そのたった二つきりを腹に据えて、あの二人は捕まれば終わりの影の中へ飛び込んだのだ。
何という無謀。
何という命知らず。
……何という、〝引き〟の強さ。
「ここまで偶然が重なると……〈霊石〉には私たちのまだ知らない、もっと大きな力があるんじゃないかなんて、そんなふうに思えてくるよ……。技術遺物、〈
エーミールは、〝運命〟なんてものが存在するとは思っていない。
技術屋の端くれとして、科学的でないものは認めたくなかったし、自分の意志で決められない人生なんてつまらないと思う。
運命とはとどのつまり、〝流れ〟なのだ。
人の意志が束なった、大きな波のようなもの。
例えば〝欲望〟だとか〝恨み〟だとか、そういう言葉で呼び表される人間の激情が、この世界に波紋のように
その〝流れ〟が今回は、ジェッツの
周囲数百キロに渡って荒野だけが広がる陸の孤島、〈鉱脈都市レスロー〉。
世界のほんの片隅で人知れず噴き出した危機は、一組のチンピラ男と暴力女の活躍で収束を迎えたのだ。
そんな二人の姿は、どこにもなかった。
が――
エーミールもヤーギルもメナリィも。
〈ぽかぽかオケラ亭〉で待っているヨシューも。
〈汽笛台〉を吹き鳴らす
誰も心配なんてしていない。
なぜならば――
「――私たちだって……
ヤーギルに足元を支えられながら、エーミールが歩きだす。
「サイハー。リゼットさーん。帰ろー?」
見上げるほどに積み上がった砂山に向け、メナリィが呼びかけた。
……………………………………………………………………………………ズボッ。
砂山の頂上に、焦げ茶色のジャケットを羽織った右腕が突き出た。
続いてその真隣から、ショートブーツとホットパンツを
「む……むぐっ……!」
「アバッ……!」
男の腕と女の脚がジタバタ暴れだす。どうやら砂に埋もれて息ができないようだった。
「…………ぶはっ! はぁー……っ! はぁー……っ!! し、死ぬとこだった……っ!」
砂を巻き上げ、必死の形相のサイハが現れる。
空気を求めて開いた口から舌を垂らし、肩で息をしながら
「ダハァー……ッ! ゼハァー……ッ! ……ウォイ! 下ろッせよテメェ! ンだこの扱い!?」
息も絶え絶えになっているリゼットがそれでも騒いでいるのは、彼女がサイハの肩に担がれているからである。
「あ……
「ア゛ァ!? だァれが重いッてェ?! 上等だこのヤロー、ケンカなら買ッて――ワブッ!」
リゼットを担いだままサイハが砂山を滑りだしたものだから、リゼットは舌を
「サイハ! ……。…………」
威勢良く彼の名を呼んだエーミールだったが、それから戸惑うように口を押さえて。
「…………困ったな……何て言えばいいんだろう……いろいろなことがありすぎて、その……」
二日前の決裂以来、冷静に向かい合うのはこれが初めてのエーミールとサイハだった。
戦闘中は感情任せの短い言葉を交わしていた分、改めて
生真面目なエーミールが、わけもわからず涙ぐむ段になって、サイハが
「エーミール……ほんっと、
潰れた〈ハミングドール〉とコートの銃痕を交互に見ながら、サイハが顔を
「……。……それ、誰に言ってるつもりだい……? 君……」
何だよそれ……言葉に迷ってた私が馬鹿みたいじゃないかと。鏡でも持ってきてやろうかと。
そんなことを言いたげに、エーミールはふっと破顔した。
サイハとエーミールが、どちらからと言わず伸ばした拳を小突き合う。
一つ一つ言葉にする必要なんてない。
それだけで、もう十分だった。
その様子を隣で静かに見つめていたメナリィへ、サイハが向き直る。
「……メナリィ……ええと……」
今度は、言葉に迷っているのはサイハのほうで。
「? なーに? サイハ」
ふわりと、メナリィが小首を
「その……〈
そこまで言って、どうにも耐えきれなくなった様子で、サイハはプイと横を向き。
「……誕生日、オメデトー」
「…………」
最初の数秒、メナリィはきょとんとしていた。
が、「
それから、不器用な彼にも伝わるようにと、言葉を選んで。
「――
「お、おぅ……喜んでもらえればいいんだ、うん……」
メナリィに揺すられながら
ぶっきらぼうなその表情は、心の底から努力が報われたと、穏やかな色をしていた。
「……リゼット氏? このお二人、兄妹だったのですぞ??」
「フンッ……知ラネ」
ヤーギルが目をぱちくりとさせながらひそひそと耳打ちすると、サイハに担がれたままのリゼットが肩を
その後ろではエーミールが、「あ……そうかそういえば、そういうことになるのか……」と、同じく目を丸くしていた。
◆
……ザラリ、と。
砂山の崩れる音がしたのは、ちょうどそのとき。
ゴホッ、ガボッ……と、苦しげな
それを耳にした瞬間、一同は一斉に息を
「……は……ははっ……」
ゼェゼェと濁った呼吸に混ざって、乾いた笑い声。
「…………は、ははは……仲良し、ごっこの……最中、悪いがね……勝手に、俺を……殺すんじゃあ、ない……」
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