8-9 : 〝届け!〟
「はは、はハ……はハははハハはっッ!!」
ジェッツの見守る先で、太陽が欠けてゆく。
荒野の果てに夜の
「……俺の孤独が、だ。サイハぁ……届いたぞ」
心が崩れる寸前だったジェッツの顔に、グワと修羅の相が戻る。
「俺の孤独な
影を生み出すのは光。
光の源であるは太陽。
ならば太陽そのものが影を落とす皆既日食とは――
それすなわち、その闇すべてが、〈
ジェッツに力が流れ込む。
それはどんな
ぐっと拳を握った。
レスローに先んじて闇に
解き放たれた〈
街一つ地の底へ沈めるなど、造作もない力。
「はハははハは! 潰してやる! 闇が来た瞬間に! 全部バラバラにしてやる! ハはははハハはははハっッ!!」
ジェッツの
「――諦めるなぁーっ!!」
ふと、過剰分泌された脳内麻薬で
立っていることもやっとのエーミールが、露天鉱床最下層から空を見上げて叫んでいた。
「君なら! 届く! どこまでだって! 君と! リゼットなら! だから! 信じろ! 信じ続けろ! サイハぁーっ!」
援護射撃もまともにできない身体にあって、エーミールはそれでも声援を送り続ける。
〈霊石〉
それがジェッツの目には、
「……うるさいだんよ、お前……」
そしてニヤと、ジェッツの悪意に塗れた思考に、〈霊石〉のオーラが醜く揺れた。
地平線から日食の闇が津波のごとく押し寄せてくるなか、サイハは修羅の
「っ!? やめろぉぉっ! てんめぇぇぇぇええっ!!」
……………………………………………………………………………………パァンッ。
……唐突に、眼下に乾いた音が響いた。
まるで
「…………ぁ……」
言葉に詰まったエーミールが、口を半開きにしてパクパクとする。
「お前は黙ってるほうがいい女だと……そう言ったよなぁ? ミス・エーミール……」
ジェッツが地表へ取り落としていた拳銃――
それが〈
「馬鹿に塗る薬はないというが、実はある。とびっきりのやつがな…………
「………………」
……左胸。
心臓の位置。
ロングコートに、小さな丸い穴が
「……。…………。………………サイ、ハ……」
自身の身に、何が起きたか……
それを理解したエーミールが、
「…………ごめん……………………ごめん、サイハ……」
「エーミール……! おい、
「サイハ…………駄目だ、見失っちゃ………………私は、いい、から……」
エーミールがガクリと膝を突いたのを見届けて、ジェッツがサイハを向き直る。
「そしてこいつは、見てのとおりの劇薬。頭を真っ白にしてくれる」
同意を求めるように、両手を広げて。
「なぁ? そうだよなぁ? サイハ?」
「…………ジェッツぅぅぅうううーっっっ!!!!!」
サイハの目に、二日前と同じ、怒りで我を忘れた色が見えた。
バゴンッ!
「はハは! くれてやるよ、そんなもの! ――今の俺には、もっと大きな力があるッ!!」
日食の闇が露天鉱床の縁に届いたのを感じ取り、ジェッツは
完全に俺のペースだと。
眼前には、
それもまた、二日前に見たのと同じ光景。
激情で何も考えられなくなった男の顔。
――堪えるだろう? 目の前で、大切な人を失うというのは。
見つめ返すジェッツの瞳は、あまりに冷静。あまりに冷酷。
思考を奪い、感情を
そして日食の闇が、ジェッツを取り込んだ。
そこへ一拍遅れて、サイハが飛び込む。
サイハがジェッツの絶対支配の闇と重なるまで、残り十メートル。
――ああ、それがお前の限界だ、サイハ。
残り、八メートル。
――夢なんて、
六メートル。
――お前のその絶望は、昔俺が立った場所。今のお前は、あのときの俺、そっくりだ。
四メートル。
――だから俺は、ここで
あと、二メートル。
――過去の俺ごと、潰れて消えろ。てめぇの〈
そして………………
サイハの影が、日食の闇に
ニィィッと、ジェッツが暗い笑みを浮かべた。
「……勝ったぞ、サイ――」
それと全く、同時に。
「――リゼットぉぉおっ!!」
サイハが、
そしてジェッツは、その修羅の目で目撃した。
サイハの、赤土色の瞳。
その奥に、〝怒り〟に
どこまでも透明な、青白い〈霊石〉の
「ッシャア! アタシ様のお呼びダァ!」
それは、この局面に至って――
――――………………………………………………ハ?
ジェッツは、何が起きたかわからなかった。
エーミールを撃たれた怒りの
意味がわからなかった。
「――信じてぇーっ! サイハぁあーっ!」
ちらと、視界の端に。
ジェッツのその問いへの答えのように、声の限りに叫ぶ町娘の姿が見えた。
「信じて! だから! 止まらないでっ! 信じ続けて!! やっちゃえー! リゼットさぁあーんっ!!」
メナリィの声が、サイハとリゼットの肩を押す。
目一杯に。祈りの限りに。
――まさか、お前が……お前なんぞが、
――サイハだけじゃ、なかった……! エーミールですら、ない……?!
紫煙に潰れた舌にはもはやわからぬ、何でもない家庭の味が。
――俺が殺さねばならん過去が……! こんなところに、もう一つあった……!?
ひらり………………
ジェッツの胸元から、焼け焦げた一葉の写真が舞い落ちる。
そして流れ星のように――ジェッツの脳裏に、〝彼女〟の姿が過っていって。
――どうして、俺の邪魔をする…………――――――――――――マリン……!
「「――――――――――食らいやがれぇえ! ドグサレがぁぁあっ!!」」
サイハの拳と、リゼットの跳び蹴りが。
……ゴッッシャァッ!
絶対支配の影を越えて――――――――――――――――ジェッツへ、届く。
◆
「――う゛ごぉっ?!」
メシリッと聞こえたのは、
続いてズドリと腹の底に響いたのは、蹴り込まれたヒールの感触。
「まだまだぁ!」
落下の勢いを借りたサイハの左拳が、ジェッツの顔面にめり込んでゆく。
「がっ…………っばぁっ!」
歯を食い縛って耐えることができたのは一瞬だけ。
歯が何本もへし折れる音がした。下顎と上顎がずれて、ジェッツの顔面がまるで別人のように
「マダマダマダァ!!」
リゼットの足が、
「お゛っ……!……っうぶぁっ!!」
ジェッツの口から
それでも。
ジェッツはその場に踏み
超人的な意志の強さで。
停止してしまいそうなほどゆっくりと流れる時の中。
サイハとリゼットの拳と蹴りが、少しずつ……少しずつ、ジェッツの身体を浮かせてゆく。
……ペキッ。
それは、〝死んでも離さん〟と黒鉄の爪を立てた先。
技術遺物たる日時計に、細いひびが入った音だった。
『……なん、で……っ』
ジェッツの片足が、地面から離れる。
……ペキペキッ。
日時計に走ったひびが成長し、枝分かれし、全体へと広がってゆく。
『なんで……こ、んな……っ』
ジェッツの両足が宙に浮き、身体が後方へと押しやられだす。
『みんなの、声がっ!』
サイハの
『信じろってぇぇえっ!!』
意識の捉える時の流れが、元の速さへと戻ってゆく……
……そして――
「――だらぁっ!」
深く深く踏み込んで、サイハが
「――オラァッ!」
リゼットが身体を
ドゴォッ!!
二つの力が混ざり合い、ジェッツを
「「たかが小せぇ、鉛玉一発で!
……ペキャッ。
……ひびが、日時計を貫いて。
ビル巨人が、サラサラと根元から風化して………………ゆっくりと、沈み崩れていった。
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