8-8 : 意志の形
◆
「――
ガルンッ。と、火花が散って。
「ジェッツ……お前にできて、俺にできない道理はねぇ!」
振りかぶったサイハの背中で、〈粉砕公〉が
刃を持たぬ剣芯が左右へとスライドし、その内部から神秘機関が露出する。
リゼットの変容は、
サイハの全身から、青白く澄んだオーラが湧き出した。
本来、〈
それは二日前、怒り狂ったサイハの意志がリゼットを束縛した現象の再現。
が、本質は同じでも、その細部は異なっていた。
「コイツは……?!」
可視化されたサイハの意志は、彼女を縛りつけるものではなかった。
全くの逆。
むしろ、リゼット自身も今まで無自覚であった
「アタシの〝
バカリッ!
深紅の神秘機関を中心に据えて、突然、左右にスライドしていた二枚の白いフレームパーツが、九十度ずつ旋回して百八十度展開した。
これまで半分ほどが露出していた神秘機関の全容が
「ア゛ッ……ア゛ッ……!?」
「――〝剣〟じゃないんだ! ジェッツの
これまで剣の形をしていた神秘機関のシルエットが、頭でっかちに変形してゆく。
「――やらせるかよぉぉおーっ!!」
眼下に聞こえたのは、ジェッツの
それに呼応し、ビル巨人の拳が突き上げられる。
銀の帆に乗り宙を漂うばかりのサイハたちは、回避も防御も不可能の完全無防備。
「うっ……!!」
迫る岩塊の群れに、
そこへ。
「――メナリィ! 今だ! 六番
小さく聞こえたそれは、エーミールの声。
「はい……! お願い! 届いてぇーっ!!」
露天鉱床最下層。
エーミールの指示に従って、メナリィが〈ハミングドール〉の制御弁を直接手で動作させる。
もはや
カッと
それは
「なっ……!?」
ジェッツの
影が消されたことで、それを動力源としていたビル巨人の動きがピタリと止まる。
サイハの紡いで束ねた縁が、一矢、二矢と報いてみせたのだ――
負の記憶を作った〈クチナワ鉱業〉の遺構に加え、
この十年、〝
それを実現する
潰したはずの無数の芽に、一斉に足元を
ジェッツの怒りと動揺は、計り知れない次元へと達していた。
「このっッ…………クソアマどもがぁァぁあアーっッ!!」
それは小型拳銃。
パンッ!
パンッ!
乾いた音が鳴る。
が、
その上、拳銃は発砲の反動でジェッツの手からすっぽ抜けて、眼下へと落ちていった。
まるで、
「何なんだよ……何なんだよぉ! お前らはぁぁあーっ!!??」
サイハの巻き起こす渦の大きさに、ジェッツはただ、絶叫するしかなかった。
――……ガシャリッ!
エーミールとメナリィが
「……ハハッ……ヤるジャン、テメェら」
わずか数秒のなかに折り重なった奇跡に、リゼットはただ、感嘆と賞賛の声を贈る。
「いくぜ、リゼット」
ダンッと、銀の帆を蹴って。
相棒を担いだサイハが、宙へ飛び出した。
――〈
それは熱源と水源を同時に供給し、蒸気機械技術を支える鉱物〈霊石〉の、もう一つの特性から生み出されたものたち。
〝人の心に感応する〟という精神物性を
彼らの
まさに〝魔法〟、そのものであった――
「とびっきりにでかいの一発! ぶちかませぇぇえーっ!」
「オォォオッッッシャァァアアッ!!」
ボッ!
新たな〝形〟を得たリゼットが、〈霊石〉の光を燃やす。
ドンッ!
爆裂音が空気を揺らし、噴射された蒸気がサイハたちを加速させる。
同時。
「――――サァァア、イィィイ、ハァァァアアアッッッ!!」
「――――砕けろぉぉおっ! ジェェェエッーツ!!」
振り下ろされたのは――――――――――――――――巨大な、〝
ガルルンッ!
「――《
……ドォッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
〈粉砕公〉の変形した
膨大な衝突エネルギーが暴風を巻き起こし、
〈
『――くたばり損ないがぁ! あと
『道が塞がってりゃよぉ! 行き止まりならよぉ! 諦めてもやるさ! でもっ! ――』
ビシリッ……バコンッ!
ビル巨人の拳の一つに亀裂が入り、粉々に砕け散る。
意志の力で形をなすそれは、物理的には限りなく破壊不可能な存在。
それが砕けたということは、サイハの意地がジェッツのそれをわずかに上回ったという何よりの証拠だった。
『――でもなぁっ! 道は続いてたんだ! ここまで! この瞬間まで! 〝立ち止まんな〟ってよぉ! みんなに背中を押されちまったら! 進むしかないだろがっ!!』
バコンッ!
バコンッ!
更に続けざま、
『チンピラがぁ! たかが空を飛んだ程度で! この俺に届くなんぞ! 夢見てるんじゃあねぇ!』
残り五本となった
『夢を見て、何が悪いっっっ!!!!』
〈霊石〉がサイハの
グッ……グッ…………と。
小さなサイハが、ビル巨人を押し返し始める。
『
『それがどうした! 下らねぇんだよ! お前が言ってることはずっとぉぉお!!』
『うるせぇ!! もうこれは、オレだけのロマンじゃねぇって言ったろが! 支えてくれた奴らがいて! 応援してくれた奴らがいたんだよ! だったらもう! それだけで十分だっ!!』
サイハの心の叫びが放つ光を受けて、サイハの首から下がるゴーグルがキラリと光る。
〝……いいぞ、言ってやれ。この馬鹿息子〟
ただの古びたゴーグルが、けれど確かに、そう
『――たったそれだけがあれば!
バコンッ、バコンッ!
バコンバコンッッ!!
ビル巨人の拳が四つ、同時に砕ける。
残るは、たった
「うっ……!……お、れが……!」
目の前で起きていることが、ジェッツには信じられなくて。
「俺が! この俺がッ! こんな……こんな、こんな! こんな野郎にぃぃぃいいーっ!!」
〝敗北〟――その二文字がジェッツの頭を
背後にぴたりと、〝それ〟が張りついているのがわかる。
この世で最も
その猛毒の牙で、これまで数えきれない敵を屈服させてきたのだ――その
――駄目だ……駄目だ! 駄目だ駄目だ駄目だ! 振り返るな! 絶対に! 今、
粉々になりそうな
執念だった。
ここで諦めたら、俺の
「っ……っ…………ちくしょうがぁぁぁぁぁああああっ!」
ジェッツの、血も煮え
そんなときだった。
ジェッツの足元に懐中時計が転がったのは、そんな渦中にあってのことだった。
パカリ。
落下の衝撃で懐中時計の蓋が開く。
コチッ、コチッ、コチッ、コチッ……
秒針が無慈悲に時を刻む。
引き延ばされていたジェッツの意識へ。歯車の生み出す均一な時の流れが戻ってくる。
日食の開始まで――――残り、
はっと、ジェッツは天を仰いだ。
ビル巨人の拳とぶつかり合って滞空する、サイハの背中。
そのずっと後方。
天頂に座す
天を巡る二つの月――二日前の、第一の月に変わり、第二の月が太陽と重なって――
ここに、皆既日食へと至る。
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