8-7 : そこに道がある限り
◆
プァァアアアーンッ!!
耳を
「ちっ……うるさいぞ、レスロー……そいつは命乞いのつもりか?」
異形と化した〈
自分が生まれ育った故郷であり、恋人を奪った忌むべき土地でもある〈鉱脈都市レスロー〉への、黒い感情を燃え上がらせる。
ドーンッッ!!
ドーンッッ!!
ドーンッッ!!
ドーンッッ!!
ビル巨人が大地を打ち
「残り、
ジェッツを駆り立てる、黒い炎。
それは燃えれば燃えるほどに、熱を失う冷たい業火。
修羅はとうに、人であることを辞めている。
なればこそ、大深度〈
その先に、たとえ――
「――その先に、たとえ何もないのだとしても! 俺は俺を止められない! サイハ! お前ならわかるよなぁ!? 俺たちみたいな男を突き動かすのは! 結局はこんな単純なこと!
左胸を
全体の骨格までを
サイハの逃げ込んだ坑道。その直上の地表は既に、地割れを生じて隆起している。
次の一撃でもって、その場は完全に崩壊するだろう。
サイハとリゼットを、何千トンもの岩の下敷きにして。
感情の爆発したジェッツの魔的な表情から、その瞬間、すっと熱が引いた。
「……。……詰みだな、サイハ……――あばよ」
ゴオォォォォオオッッッッ……………………!!!!!!!!
巨人の腕が弧を描く。
ただそれだけのことが、見る者を畏怖させる。
あまりに巨大。
あまりに強大。
あまりに、狂的。
現実感のない、白昼夢のような一瞬。
それを経て――
ドッッッッ…………………………と。
視界が揺れた。
音ではなく、衝撃が骨の芯を震わせる。
決定的な落盤が起きたという確信。
岩盤の隙間から噴き出した黒煙は、サイハたちのいた坑道が完全にひしゃげた
「サイハぁぁぁぁぁあああああーっっっ!!!!」
聞こえたのは、
ジェッツが葉巻入れを取り出した。
蓋を開ける。
残りは一本。
口に
深く息を吸い込むと、ジリジリと葉巻の先端で火の粉が踊った。
肺に満ちた紫煙が血流に乗り、中毒物質をぶちまける。身体が熱を帯び、一時の陶酔の後、意識が澄み渡るいつもの感覚を得た。
「……。…………。……………………………………ふぅーっ……………………」
〝手こずらせてくれた礼だ、手向けにでもくれてやる〟――と、顔を上げたジェッツが煙を吐き出した。
無風のなかを、紫煙が真っ
そこへ、一陣の風が吹き……。
「…………」
ジェッツはしばし、そのままの姿勢、そのままの表情で固まっていた。
「……………………」
数秒後、ジェッツは目を見開いた。
「……………………っ…………………………」
ジェッツが、
火が
◆
「――……よぉ……すげぇよな……人間のド根性ってやつは……」
天に、再び。
「ハハッ、こンなモンでもッかい飛ぼうなンて、バカだよナァ、ほンとテメェは」
チンピラ男と、暴力女の声。
亡霊のそれではなく、それは確かな肉声で。
それは天にヒラヒラと舞う、小さな影。
〈レスロー号〉よりも、ずっと小さくて頼りない。
それはダブルベッドほどの大きさに帆を広げた、
それを限界まで展開させたもの。
横坑が潰れる間際、地中へ届いたレスローの汽笛。
サイハがそれに導かれた先、〈霊石〉の光で照らした先にあったのは、地表間近まで掘り上げられた縦坑だった。
そして、サイハがその足元に見いだしたのは――大量の火薬を詰め込んだ木箱であった。
どこにも
その正体は果たして、十年前までこの一帯を所有していた鉱夫組合、〈クチナワ鉱業〉の遺構。
未使用の、
火薬の爆風と、落盤で吹き上がった気流を銀の帆に受け。
薄い岩盤をかち砕き。
〈レスロー号〉の翼さえ借りることなく、サイハとリゼットは再び空高く舞い上がったのである。
◆
「――〝死に損ない〟ってのは、お前のためにある言葉だな……」
握り潰した葉巻の火で
口調こそ穏やかだったが、その瞳にはこれまでよりも更に鋭い修羅の眼光。
「何度、俺を見下せば気がすむ、お前は……。天に一番近い所に手を伸ばすのは……あの太陽と日食をものにするのは……このジェッツだと、何度言わせれば……」
静かに握り締められる黒鉄の爪。それが肉へと食い込み、ポタリ、ポタリと血が滴る。
ビル巨人の八本腕が、威嚇する
そしてジェッツの肩からゆらゆらと立ち上る、
「お前の後ろに……一体、何人分の意志を連れていやがる……」
落ち着き払ったジェッツの声音は、その実怒りの頂点を突き抜けて感情を置き去りにしていて。
「折っても……折っても、折っても折っても折っても折っても……! また、立ち上がりくさって……!」
ルグントのリミッター解除――日食まで、残り…………
サイハはその間際まで食い下がる。
決して諦めることなく。
そこに、まだ道が続く限り。
上空、サイハが銀の
ジェッツの闘争本能が何かを予感し、ゾクリと背筋を冷たくさせる。
「……やらせるかよぉぉおーっ!! サイハぁぁぁぁああああーッッッ!!!!」
ビル巨人が、拳を天へ突き上げた。
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