7-7 : ハミングドール
◆ ◇ ◆
ズドン!
ズドン!
深い露天鉱床の底で、砲声が
ズシン。
ズシン。
砲声の合間に聞こえるその音は、鉄の巨体が大地を踏み締める音。
幾本もの排気管から蒸気を噴き出し、重い機体が多重奏を奏でる。
「――く、うっ……! どっちに行った、ヤーギル!」
機体足底部の
光るオタマジャクシたちのマスゲームモニターを凝視しながら、エーミールが叫んだ。
「ケロロン! 回り込まれましたぞ、七時の方向!」
モニターに映りきらない背面の状況を、自らの権能で検知した
エーミールが両手を踊らせた。
その指の動きに連動して排気音が音色を変えると、爆走中の機体が胴体部だけをぐるんと真後ろに向ける。
そのモニター越しに、敵影。
「速いっ、追いつかれる……! 十番から十二番発射管、射出!」
「了解ですぞ!」
ビシュッ、ビシュッ、ビシュッと、発射音が三つ続いた。
直後、機体の外では目も
モニター上で極小の光るオタマジャクシたちがサァっと左右に散って、敵の消失を表示した。
「……く、危なかった……!」
「エーミール殿! 前! 前!! ブレーキをば! ゲロロォ!?」
「うっ!?」
はっとして、エーミールが今度は両足でペダルを踏んだ。
エーミールが前方に向き直った先、モニターに映ったのは眼前にそそり立つ斜面だった。
「ゲッロロォン……! あ、危なかったですぞ、あと一歩で正面衝突でありますればっ」
「すまない、
止めていた息を一気に吐き出し、エーミールが肩を上下させる。
「実戦は、
そして再び音色が響き、
……蒸気駆動外骨格、〈ハミングドール〉。
その機体の
手元に三段、足元に一段。
ずらりと配置された〝鍵盤〟。
それが、この鉄巨人の制御を可能とする機構であった。
無数の鍵盤は、〈ハミングドール〉の各可動部の
〝歩行〟・〝走行〟・〝旋回〟・〝跳躍〟……機械がある特定の動作を行うとき、鍵盤を押す位置と順序には規則性が生まれる。張り巡らされた百本近くの蒸気配管はそれぞれ長さが異なるため、その排気音は押される鍵盤ごとに音色がすべて異なる。
それらが重なり、旋律となって――それはまるで、楽器の〝譜面〟だった。
要求されるのは、
〈解体屋〉開発部をして「操作性がピーキーすぎる」と言わしめた、これが
『――なんだぁ? これまた随分とぶっとんだ代物を持ち出してきたもんだなぁ、えぇ? 〈解体屋〉ぁ』
拡声器で大きくされたジェッツの声が、機体をビリビリと震わせてエーミールの耳にまで届いた。
遮光板をバクンと跳ね上げエーミールが肉眼を凝らすと、〈
『ジェッツ……! メナリィは無事だろうな!?』
エーミールのほうも、拡声器を通じて叫ぶ。
『おいおい、
『無駄口を……!』
〈ハミングドール〉の両腕が持ち上がり、腕部に装備された二門のガトリング砲がギラと黒光りした。
『ワーォ……だぁからやめてくれって、ミス・エーミール。あんたは澄ましてるほうが
『聞く耳持たん!』
ジェッツの言葉を振り払い、エーミールが引き金を引こうとした、
そのとき。
「――エーミール殿! 足元に!」
「っ!!」
瞬間、エーミールの指が引き金から鍵盤へと移った。
遮光板を閉鎖して、機体を急速後進させる。
それはまるきり独り相撲だった。
敵の姿はどこにもない。
が、エーミールは素早く指示を飛ばす。
「三番、四番発射管、
火気管制を担当するヤーギルが、エーミールの声に応じて肩部発射管から砲弾を撃ち出した。
殺傷能力を持たない強烈な
『やれやれ、
『白々しいぞ、貴様!』
エーミールは今度こそ、ガトリング砲の引き金を引いた。
ガガガガガッ!!
八本一束に
鉄の雨はしかし、〈
そこに、ズォッと
そう、文字どおりの、〝影そのもの〟が動いたのだ。
その光景を見下ろして、ジェッツが鬱陶しげに首をゴキリと鳴らした。
『あーらら……まさかとは思ったが、バレてるな、こっちのタネと仕掛けが。いつ気づいた?』
『先日の衝突で、不用意に私の前で権能を使いすぎたな、ジェッツ!』
影はみるみるうちに後退し、本来の〈
それ以前の影は、太陽の位置からするとまるでおかしな方向を向いていたのだということがよくわかる。
『貴様の〈
『はぁー……嘘だろお前? 一、二回遠目にやってみせただけで、普通そこまで考察できるかぁ?』
『〈解体屋〉を見くびるな……日頃から〈
ガトリング砲がジェッツの立つバルコニーへと向き、ガガガガガッ! と連射音が
『自分で御高説を垂れたのなら、わかるだろう。ミス・エーミール……』
撃ち出された弾丸の影が、〈
そこで、ビタリ……と。
ジェッツの眼前で、弾丸が停止していた。
影が
『……無駄だ。俺への攻撃は、たとえ弾丸だろうが通らない』
その超常現象を、〈ハミングドール〉の
「――ああ……そんなこと、百も承知だよ」
〈解体屋〉は、その手応えにニヤと笑った。
ガララララ……と、両腕のガトリング砲が回転を止める。
右腕の砲は仰角を向いてジェッツを狙い……、
そして左腕の砲は、終始
「――ぐっ……!」
その声は、ジェッツの手元――日時計に変形したルグントの
『いくら強力だろうと、無敵の〈
ジャキリッ。
二門のガトリング砲が迷いなく狙いを定めたのは、バルコニーでも〈
「やっと見つけたぞ……ルグント、お前の心臓!」
ガルルルル!
ガトリング砲が獣のように
「なっ……!? や、やばい……! ルグントぉ!」
ジェッツの顔に初めて焦りが浮かんだ。
「させるかぁ!」
ビシュッ!
ビシュッ!
ビシュッ!
〈ハミングドール〉が
エーミールの足元へと迫っていた〈
無影の
その影を目がけ、弾丸の嵐が地面を削る。
ガガガガガッ!
ジェッツは
引き金を引きっぱなしのガトリング砲が、ガヂンッと撃鉄を空振らせたのはその直後だった。
「ちぃ……! こんなときに!」
転倒して動けないジェッツと、弾切れを起こしたエーミール。
バシュウッ!
ガトリング砲を
〈ハミングドール〉がパイプオルガンのように歌い、
陽光が戻り、周囲に物影が差す。
ズシン!
岩が砕け、土が吹き飛ぶ衝撃。
「――はぁっ! はぁっ!」
遮光板を跳ね上げて、エーミールが自身の目で状況を確かめた。
地面に刺さった鉄腕が、人影を
〈
バルコニーを見上げると、転げたままのジェッツが頭を抱えて震えているのが見えた。
〝終わった〟……
「……はぁ、はぁ……。……ヤーギル……聞いてるかい……?」
「ケロケロ、小生はここにおりますぞ。いつでも、
「これで、少しは……私も役に立てかな……」
「それはもう、
「世話に、なったんだ……この街の人たちには、本当に」
「楽しそうでしたぞ、この街に来てからのエーミール殿は」
「ああ、良い街だよ、とても……」
脱力するように、エーミールが目を閉じて。
「だから、メナリィをオケラ亭に帰してあげたら……そのまま、ここを出ていこう。別れが、
因縁と未練にけりをつけ……エーミールが、吹っきれた微笑を浮かべた。
………………………………………………そこに。
緊張が解けた反動で、エーミールがぐったりとしているときだった。
「――!!」
何かが聞こえる。
「――さん!!」
誰かが、誰かを呼ぶ声が。
「――ミールさん!! エーミールさぁんっ!!」
それは、よく知っている声……
……メナリィの、声――
「――っ!!」
エーミールが飛び起きる。
〈
手すりの柱にしがみついて、メナリィが声の限りに叫んでいた。
「……。…………これ、は……」
エーミールが、足元を見下ろして。
「……メナリィ…………〝これ〟は、君の――」
…………ジェッツと、メナリィ。
バルコニーには、人間が
……だから、ここには――――
――私が、攻撃したのは……メナリィ…………
震わせていた身体の下から、ジェッツの目が
怒りと歓喜の色を
グニャリ……
「――……ああ、ようやく…………捕まえたぞ、クソアマぁ……」
ルグントが、
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