4-3 : 技術遺物




 ◆




「――……ん?」



 エーミールとの講義めいた会話を抜けると、サイハは怪訝けげんな顔で首をかしげた。



「えー、あー……リゼットとカエルが〈蒸気妖精ノーブル〉ってやつで? 〈霊石〉を今とは違う使い方してたのが〈蒸気妖精ノーブル文明〉? それが二千年より前のことって? そういうことか?」



「その理解で正しいよ。そして〈蒸気妖精ノーブル〉を駆る者を、彼らの言葉で〝操者ドライバ〟と言う」



 エーミールが、組んだ両手の上に顎を載せてこくりとうなずいた。



「……フガッ。アン? ネムくなる話、終わッたか?」



 眠りこけていたリゼットが目を覚ます。夢のなかで一足早く食事にでもありついていたのか、口元にはだらしなくよだれが垂れていた。



「つ、つまり……」

 寝ぼけ眼のリゼットへ、サイハが震える指先を向ける。



「そう、つまり……」

 サイハの次の言葉を予期して、エーミールが相槌あいづちを打つ。


 そして。



「――つまり、リゼットこいつは二千歳超えてるクソババアってことかよ……!」



 サイハのそれを聞いたエーミールが突いていた肘をガクリと滑らせ、リゼットが「ア゛ァッ?!」と怒声を上げた。



「ケロロォン……サイハ氏は肝心なところでおバカ氏でありますれば……」



 ヤーギルが溜め息交じりに零す。リゼットに首を締め上げられて「誰がババアだ訂正しろこのヤロー!」と振り回されているサイハに、その声は届かなかったが。



「ゲホロン! 静粛に! お二方、静粛に!!」



 それを見兼ねたヤーギルが、自ら銃身フレームを中折れさせ、その反動でクルクルと跳び上がった。


 再び閃光せんこうほとばしると、紳士服をまとうカエルの姿に戻ったヤーギルが着地のポーズを決める。


 ひっかき攻撃に出ていたリゼットと、それへ必死に抵抗していたサイハが、同時にヤーギルのほうを向いた。



「ご注目なされい! 小生、正規型称を【カエル式リボルバー型蒸気妖精ノーブル〝ヤーギル〟】と申しますれば! 我こそは道具にして道具にあらず! 生物にして生物にあらず! このありようは、失われた〈霊石〉技術によってもたらされた〝物質〟と〝生物〟の中間二元存在! 人はそれを、〈蒸気妖精ノーブル〉と呼ぶのであります! ケロロンッ」



 ヤーギルのその堂々たる口上に、サイハもリゼットもしばしぽかんと口を開けていた。



「……。フ、フフン……そーだそーだ。イイぜェ、クソガエル。テメェの言うとーりだ。アタシがサイハこのバカに言いたかッたのは、つまりはそーいうことだゼ。ウンウン、スゴくわかりやすい」



 リゼットが腕組みして、わけ知り顔で重くうなずく。

 本を正せばその語彙力のなさに相互不理解の原因があったところ、なぜかリゼットはヤーギルを「褒めてつかわす」と上から目線。



「ゲロロォン……リゼット氏も、サイハ氏に劣らずポンコツであります……そんなのでよく小生らをたたきのめせたものでありますれば……」


 め息交じりに項垂うなだれるヤーギルだった。



「ははぁん、なるほどなるほど……なぁんとなくわかってきたぞ」

 その挑発につかみかかろうとするリゼットと、彼女の手をすり抜けて跳び跳ねるヤーギルを無視して、サイハがふむと顎をさする。

「技術遺物、ねぇ……お伽噺とぎばなしじゃないだって? いいやこんなヘンテコなもん、あっさり魔法ですって言われたほうがまだ納得できるね。それで? この物なのか生きもんなのかもわからん〈蒸気妖精ノーブル〉を集めて回ってんのが、お宅らってわけだ」



「察しがいいね。まぁ、そのとおりだよ」

 ケロケロ跳ね回る相棒を困り顔で見守りながら、エーミールが少しリラックスした様子でテーブル席に身を預ける。

「昼間のあれが、私たち〈解体屋〉のあり方さ。〈蒸気妖精ノーブル〉は世界中の大深度地下から発見される。つまり、地下を掘り進むことを生業とする〈霊石〉採掘地域から〝彼ら〟は出土しやすいんだ。その身で思い知っただろう? ヤーギルの不思議な分霊使役能力と、何よりリゼットのあの破壊力……こんな古代技術が世間に露呈して悪用されたら、世界中で大混乱が起きてしまう。だから〈解体屋われわれ〉は〈蒸気妖精ノーブル〉を日夜研究し、出現の予兆を観測次第現地へ急行。治安維持のために人知れず事態の収拾を図っている……ということさ」



「むしろあんたらの手で被害拡大させてるようにしか見えなかったけどな……」



「うっ……それは、その……言葉がないな……」



 サイハににらまれたエーミールが苦笑いを浮かべ、ポニーテールを指先に絡めていると。



「――はーい、おまちどうさまですー」



 ドンッ。

 メナリィとヨシューが、料理をてんこ盛りにした大皿をその場へ持ち込んだ。




 ◆




 サイハとリゼットが「うヒョー!」と声をそろえて料理にがっつく姿を眺めながら、エーミールが自分に手渡された取り皿に目をやっている。



「…………」



 エーミールの顔は、引きっていた。


 皿に鎮座する、大きな揚げ物。


 ずんぐりした胴体に長い鼻。

 爪の生えた大きな前足……。



「〈ぽかぽかオケラ亭〉名物、〝モグラコロッケ〟ですよー。どうぞ召し上がれー」



 身体をルンルンと左右に揺らしながら、メナリィがにこやかに手料理を勧める。



「モ、モグラ……!?」



 インパクトある見た目をした料理であったから、警戒して口に運ぶのを躊躇ためらっていたエーミールである。

 料理名を聞いた途端、彼女の額からどっと汗が噴き出した。



 ――モグラ……そ、そんなものを食べるのか、この街では……!



 エーミールが青い顔をするのを尻目に、メナリィは更にピンクの麺の入ったスープを供す。



「あと、こっちのが〝ミミズヌードル〟ですー。うちで二番人気のお料理ですよー」



「ミミジュ?!」

 エーミールが思わず舌をむ。

「ご、ごほん。な、なかなか……こ、個性的な料理を出すお店なんだね、ここは……」



「うふふー。うちは見た目に力を入れてるんですー。もちろん味にも妥協はありませんよー」



 スープに浸って絡み合うウネウネを目にして、エーミールは「ひっ」と悲鳴を漏らしてしまう。


 対するメナリィはといえば、これがサイハを傷つけた仕返しなどとは全く考えておらず、完全に善意のおもてなしで勧めてくるものだから、エーミールとしてはその好意を無下にできなかった。



「エーミールさん……? あの、顔色が悪いですけど……?」



「そ、そそそ、そんなことはないぞ?! い、いやー……お、美味おいしそうだなぁ。は、はははは……」



 エーミールがリゼットのほうをちらっと見ると、リゼットは〝ミミズヌードル〟をすすりつつ、〝モグラコロッケ〟を鷲掴わしづかみにして「ウッマ!」と叫んでいる。


 どうやら味は悪くないらしい。



「……え、ええい!」



 ままよ!

 意を決したエーミールが、フォークをぶっ刺し〝モグラコロッケ〟を頭からいった。

 水をそそいだグラス片手に、ぎゅっと目をつぶったままみ締める。


 サクリと衣が良い音を立て、ほろほろと崩れた中身からジュワリと肉汁がにじみ出た。



「……! うっ……」

 エーミールが、数秒間停止して――

「……美味うまい……!」



 ゲテモノを前にガチガチに緊張していたエーミールの頬が、その美味に思わずほっこりと緩んだ。



「これは……確かに美味うまい! モグラの肉がまさかこんなに美味うまかったとは……!」



 そのジューシーな味わいに、エーミールが思わず立ち上がる勢いで感嘆の声を漏らしていると。



「? モグラ肉? いえ、それ中身は普通のビーフコロッケですけどー?」



「え?」

「えー?」



 エーミールとメナリィが、互いを不思議そうな目で見つめ合った。


 その隣でヤーギルが、カエルの身体には大きすぎるスープ皿を抱えながら声を上げる。



「ケロケロ、エーミール殿! こちらも麺をピンクに染めただけのヌードルスープですぞ! あっさり塩味で美味でありますれば!」



 その様子を見て、メナリィが笑い声を上げた。



「うふふふふー。〝見た目重視〟って言ったじゃないですかー。モグラもミミズも食べるわけないですよー。エーミールさんったらおかしー」



「そ、そうか……そうだな、うむ。私がどうかしていた!」



 ほっと胸をで下ろしながら、エーミールがしきりに何度もうなずく。先ほどまで見ていた悪夢を追い払うように。



「ケケロケロ! 小生は本物のミミズでも構わなかったのでありますが」



「冗談でもしてくれ、ヤーギル……。――おや? これは……」

 ふと、揚げ物が山のようになっている一角に、エーミールの視線がくぎづけになった。

「――エビフライだ!」



 エーミールがフォークを刺して持ち上げたのは、きつね色の立派なフライ。


 エーミールの顔色がぱっと華やいだ。



「私はエビフライに目がないのだ! いただきまーす」

 バクリと頬張ほおばると、プリプリとした歯応えと甘みが口の中いっぱいに広がって。

「うーん! まさか荒野で好物にありつけるとは!」



 小顔を膨らませ舌鼓を打つエーミールの表情は、幸せそのもの。

 これにはメナリィもニッコリである。



「わー、喜んでもらえてうれしいですー。作った甲斐かいがありましたー。〝ヘビフライ〟」



「お世辞抜きで絶品だ、このエビフライは!」



「はいー。まだまだたくさんありますよー♪ 〝ヘビフライ〟」



「……ん?」

 一瞬、妙な間が空き。

「……エビフライだろう? これは」



「はい? 〝ヘビフライ〟ですね、それー」



「…………はははっ! なるほど。モグラ、ミミズと来て今度はヘビか」



「はい、ヘビですー。新鮮な」



「………………え?」

 それを聞いて、エーミールがゴクリと喉を鳴らした。

「……エビ……エビ、、で合ってますよね? 海にいる」



 なぜか敬語になる〈解体屋〉。



「? 〝エビ〟って何ですかー?? ヘビはヘビ、、ですよー。ほら、乾いた岩場の隙間にいる、細長い身体で舌をチョロチョロさせてるコですよー?」



 頬に指を当てて困り顔になっているのはメナリィのほうだった。


 無理もない。

 荒野の街たる〈鉱脈都市レスロー〉に生まれ育ち、この陸の孤島から外へ出たことのないメナリィは、海も、海に住む生き物も、一度も見たことがないのだった。



「………………」



 エーミールが、そっとフォークをテーブルに置いた。



「ン? オンナァ、ソレ食わねンならよこせ」

 硬直しているエーミールの取り皿に残った〝ヘビフライ〟を、リゼットが横取りして一口に頬張ほおばる。

「ウンマ! ヘビ、、、ウンマ!」



 ふっ……と。

 エーミールが、目を閉じて穏やかな表情を浮かべた。


 そして、すぅーっと、胸いっぱいに空気を吸い込み……


 エーミールは、黒真珠のような瞳を潤ませて、はかなげに天井を見上げた。



「――――………………いやああぁぁぁぁぁぁっ……!!」



 ヘビが大の苦手のエーミールの悲鳴が、二つの月が浮かぶ冷たい夜空に吸い込まれていった。

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