4-2 : 会食




 ◆




 エーミールがベッドから立ち上がり、サイハたちに促されるまま階段を下ると、そこは人払いのされた食堂だった。



 店の名は〈ぽかぽかオケラ亭〉。

 エーミールはそうヤーギルから伝え聞く。


 鎧戸よろいどの締めきられた窓際のテーブル席には、店の関係者とおぼしき人影が腰掛けていた。


 少女店主、メナリィ・ルイニィ。

 少年ホールスタッフ、ヨシュー・タナン。


 サイハと縁深い仲であるというその二人と、エーミールは自己紹介を交わす。

 ヤーギルはといえば、エーミールが気を失っている間にその輪のなかへとっくに溶け込んでいた。


 所在なげなエーミールを、膝上に握り拳を置いて見上げるメナリィはどこか責めるような表情。

 ヨシューのほうはこの空気のなかどうすれば良いかわからず、あわわと終始うつむいている。


 当然だなと、エーミールは自嘲した。


 襲撃者にして敗北者である上、逆に命まで救われた身には弁解の余地も何もない。

 それこそ皿の一つ二つ投げられても動じまいと身構えていると、メナリィがサイハとリゼットを仰ぎ見た。



「もう、〝お話〟はいいの? 二人とも」



 主に肉体言語的な意味で、メナリィが問う。



「ああ。何つーか……くそ真面目に謝られたせいでどうでもよくなっちまったわ」



 そう言って肩をすくめるサイハを、リゼットが白い目で見て。



「ケッ、オンナのチチガン見してたヤローが何エラそーに――」



「よぉしリゼットお前ちょっと黙ってろぉ? これ以上ややこしくすんじゃねぇぞぉ?」

「ホガァ!? はにしやはる?!」



 引きった笑みを浮かべたサイハが、リゼットの両頬を思いきり引っ張り黙らせた。



「そう……けんかはおしまいって。そういうことでいいのね?」



 糸目のお陰でいつでも笑っているように見える顔を、今だけむすっと厳しくさせて。メナリィが念を押すように言った。


 そして、パンと両手を打ち。



「――それじゃ、お夕飯にしましょー」



 重い空気を吹き飛ばすように、少女店主は朗らかに宣言した。


 メナリィの、母性あふれる笑顔が浮かぶ。



美味おいしいご飯を食べるとね、みんなニコニコですよー♪」




 ◆




『――ヨシューくーん、こっちもお願いねー』



『メナリィさん、ちょ、ちょっとこれ作りすぎなんじゃ……』



『あらあらごめんなさいねー? 私、そわそわするとお料理かお裁縫してないと落ち着かないのー。お料理がダメなら、ヨシューくん、今ちょうど新しい衣装作ってるんだけど――』



『ひぇ……! じ、じゃんじゃんお料理しましょうメナリィさん! すべての煩悩をぶっつけましょう! だからぼくのこと玩具おもちゃにしないでくださぁい!』



 厨房ちゅうぼうから聞こえてくるメナリィとヨシューの騒ぎ声を横に、テーブルを挟んで二組が向かい合っている。


 サイハとリゼット。

 そしてエーミールとヤーギル。


 サイハはテーブルに顎杖ほおづえをつき、指先で自身の頬をトントンとたたいている。慣れない思考でも巡らせているのか、赤土色の瞳が時折左右に揺れた。


 リゼットのほうは、ホットパンツから伸びる白い脚をテーブルに投げ出している。両手を頭の後ろに回して「ハラ減ッたー」の一言。どうやら何も考えていないようである。


 そしてエーミールはといえば、膝をそろえてしゃきりと背筋を伸ばし、胸元にカエルヤーギルをぬいぐるみのように抱き締めて、整った小顔を真剣な表情にしていた。


 思いも寄らず会食の席にあずかることになり、当初は困惑していたエーミールだったが、今は流れに身を任せることにする。



「……『毒ヘビとすんだ喧嘩けんかは水に流せ』――この街の決まり文句だ」



 ぶっきらぼうに、サイハが切りだした。


 それは荒野をひらいた鉱夫たちの、豪快さと勇ましさと懐の深さを物語る格言。


 思わず、エーミールの口元がふっとほころぶ。



たくましいんだね。ここに住む人は、皆」



 外界と完全に切り離された環境下。限られた人口と居住空間をかし、地下から〈霊石〉を掘り返して生計を立てる。いつまでも根に持ってても損しかねぇと割りきって――


 そんな彼らの生き方に、外の世界からやってきたエーミールは「かなわないな」と素直に思った。



「――ところでだ」



 せっせと夕飯の準備を進める厨房ちゅうぼう組を横目に見ながら、サイハがずいと身を乗り出した。



「どういうことか説明してもらうぞ、エーミール。こればっかりは水に流せねぇ」



「ああ、承知しているよ。私と、何より彼女リゼットと君は関わってしまった。だからサイハ、君には知る権利がある。いや……知らなければならない義務がある、といったほうが正しいだろうね」



 自身に向けて一つうなずき、エーミールはおもむろにヤーギルの額をでた。



 ケロンッと鳴き声一つ。


 直後、青白い光が噴き出して、サイハの視界を塗り潰した。


 ……コトリ。


 そしてエーミール・ワイズは、テーブルの中心にカエルから銃へ姿を変えた存在ヤーギルを横たえた。



「私たち〈解体屋〉のこと。そして、技術遺物、、、、……〈蒸気妖精ノーブル〉について――」




 ◆




 ――〈霊石〉については……説明は不要か。私たちの生活を支える、蒸気燃料資源。〈鉱脈都市レスロー〉といえば、技術屋稼業なら一度は耳にする〈霊石〉の大産出地の一つだね。



 ――オレの育った街だ。今更言われるまでもねぇ。



 ――失礼。では、〈霊石〉の特性についても手短に。「人間の精神に感応し、高温の燃焼反応へと至り、このときの熱で内部の結晶組織と結びついていた水が水蒸気となって噴出する」……熱源と水源の極小化。お陰で大概の機械は蒸気で簡単に動かせる。知ってるかい? 〈霊石〉を一切使わずに蒸気機関を作ろうとするとね、ボイラーとウォータータンクが巨大化してしまって、とてもじゃないけど今と同等の性能と小型化なんて不可能なんだ。



 ――こちらとらこれでも機械いじりで飯食ってんだぞ? それぐらい知ってら。



 ――なるほど、既存の技術についての説明も不要か。話が早くて助かるよ……では、「〈霊石〉には、燃料資源としてではない、もう一つの側面がある」ということは?



 ――? ……磨いて首輪にするとか言いたいのかよ?



 ――ああ、いいね。それは案外、綺麗きれいで素敵かもしれない。何より安上がりだ。



 ――……そういう冗談話じゃないんだろ?



 ――当然。〈霊石〉の発生させる高熱と蒸気を利用しているのが私たちの暮らし。我々は便宜上、これらの物性に基づいた技術体系と設計思想を、〈霊石文明〉と総称している。



 ――……ふぅーん……。



 ――む……君、そんな眠たそうな顔をしないでほしいな、話の途中なんだから……。おほん、最初期の〈霊石文明〉が興ったのは、今からおよそ二千年前。



 ――ふぁーあ……で? それより昔のご先祖様は石斧ぶん回してウサギでも追っかけ回してたとか言いたいのか? あんまり興味ねぇなぁ、そういう昔話……。



 ――いいや、違う、、



 ――??



 ――〈霊石〉には三つの特性があると最初に言ったろう? 〝熱源〟と〝水源〟……そして、〝精神感応性〟という、最も奇妙な特性。



 ――……。



 ――〝熱源〟と〝水源〟の二大物性を利用しているのが〈霊石文明〉なんだ。残る〝精神感応性〟なんて、私たちにとっては、ただ〈霊石〉を燃焼させるためのトリガーでしかない。



 ――何が言いたいんだ? あんた。



 ――二千年前以前。この第三の物性を利用した、別の文明が存在していたと言ったら?



 ――は? 意味がわからん。



 ――その古代の技術体系は、どうやら〈霊石〉の〝精神感応性〟について深く理解していたらしい……私たちからしたらまるきり理解不能な、別次元の技術を持っていたんだ。



 ――何だそりゃ? 魔法使いがいたとか言いたいのか?



 ――言い得て妙だよ。その実、その通り。「理解できない技術」なんてものはね、それこそ〝魔法〟としか呼びようがない。呪文だとか不思議なつえなんてお伽噺とぎばなしじゃないさ、勿論もちろん。ただ、私たちの〈霊石文明〉とは根本から異なる技術体系と設計思想が、確かにかつて存在した。



 ――……。



 ――私たちはその未知の古代文明を……〈蒸気妖精ノーブル文明〉と。そう呼んでいる……――

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