2-4 : 荒野のゲスト
◆ ◇ ◆
チーンッ。
意匠を凝らした格子扉が開かれると、眼前にまず飛び込んでくるのは巨大な
街を一望する
「レスローへようこそ、〈解体屋〉」
ここは〈PDマテリアル〉本社ビル。通称〈
エレベーターに背を向けて、デスクチェアに腰掛けた
その傍らに立つ秘書の男は、まるでオブジェのように直立不動で口を
「…………」
〈解体屋〉と呼ばれた
「……一応、今のは歓迎の言葉のつもりだったわけだが?」
一際声音を低くしたCEOの背中が
その無言が、「背を向けたままのお前のそれはただの独り言。独り言に
「……ああ、ああ。これは失礼。どんな礼儀知らずの盆暗が来やがったのかと思ったのでね……。リーダーというのは
自らの
「だけれどまぁ……そういやあんたとは初対面じゃあなかったか。ええと……何て言ったっけ? 確か
「エーミール・ワイズだ。ジェッツ・ヤコブソンCEO」
黒真珠のような光沢のある瞳。
緩くウエーブのかかった、長く鮮烈な赤毛。
ポニーテールに結った髪がロングコートの背に揺れて、インディゴブルーのジーンズ姿は
首に巻いたネックチョーカーからは鎖が一本垂れていて、その先には空
「……あぁそうそう、そうだった。エーミール女史。男装したら女にモテそうだなと、前に会ったときからそう思ってた」
そう返すジェッツの視線は、彼女の豊満な胸元に
「それはセクハラと理解しても構わないかな?」
エーミールが非難したのはジェッツの言葉か、それとも視線か。
「おいよせよ、なぁ……我が社には女性従業員も多い。CEOがコンプライアンスに唾吐きかける
おい頼むから変な
「しかしまぁ、あの馬鹿みたいにだだっ広い荒野をお一人で、
「すまないが談笑したい気分ではないね。そんな余裕もない。トレーラーを飛ばしたのに
冗談で場をなごまそうとしたジェッツを、エーミールがぴしゃりと切り捨てて。
「やはりと言うべきか、とうとうと言うべきか……この街で一番大規模に〈霊石〉を採掘しているのは
言いながら、彼女がちらとデスクの端を見る。
フォォォーン……。
蓋の開けられたままの、オルゴールに似た箱。
その中央に立てられた青白い
「〈検出器〉が反応していたのに……すぐに連絡してくれていれば、あと二日は早く来れた」
エーミールは終始真顔で
「ああ、その
対してジェッツのほうは何かにつけて
「対象の現在地に心当たりはあるかい?」
「さぁてねぇ? てんでわからないんだなこれが。ありゃうちの私有地に埋まってたんだぞ? だったらその所有権も〈PDマテリアル〉にある。心当たりなんてあればうちでとっくに回収して、今頃あんたに見せびらかしてるとこだ」
やはり言い方にいちいち引っ掛かるものがある。
「それは、対象を傷つけた場合は損害請求するという警告かい?」
パッ、パッ……フゥー。
ジェッツが紫煙を
「……逆に聞くが、〈解体屋〉ぁ……そんなことを俺に対して
「…………」
「…………」
順光に照らされるエーミール。
逆光に塗り潰れているジェッツ。
張り詰める沈黙。
「――可能な限り、善処はするよ」
冷静な声で、まずはエーミールが口を開いた。
「――検討の後、時期を見て回答しよう」
灰皿に葉巻を押しつけながら、ジェッツが続く。
両者とも、それは無回答に等しい、玉虫色の言葉を選び。
コートを翻して、そしてエーミールはそれ以上は何も言わず、エレベーターに姿を消した。
◆
「――肝の据わった女だ、全く……」
「優れた体力と集中力。見た目もモデル並み。普通に超優良人材だ。ヘッドハンティングでもかけようかな?」
「ご冗談を」
それまで微動だにせず直立していた秘書の男が、沈黙を破って鼻で笑った。
「駒が動き始めましたね。ここからは高みの見物、ですか、CEO?」
「当然そうなるわけだが? 奴らがどうして〈解体屋〉なんて呼ばれていると思う? こっちまでバラバラにされて
おー怖い怖い、とわざとらしく震えてみせてから、ジェッツが〈検出器〉と呼ばれた機械に視線を落とす。
すっ。と、その目が冷たくなり。
「いい加減ソレも目障りだ……下げろ」
「かしこまりました」
秘書の男が命じられるままに、オルゴールを持ち去ってゆく。
コトリ。
エーミールの目に触れぬようその下に伏せていた写真立てを、ジェッツが起こす。
屈託のない笑顔で写る彼の横には誰かが並んでいるようだったが、焼けて
ガシャンッ。
CEO室の片隅で、秘書の男が〈
◆
〈
蒸気仕掛けに押し上げられた扉を潜り、エーミールが独り言つ。
「――ヤーギル、聞いてたかい?」
首からぶら下げた空
『ロロロ! しかと!』
ロケットが震えると、そこから飛び跳ねるような声が返ってきた。
通信機にはとても見えない代物である。
「最低限の筋は通してきたよ。すぐに戻る。〈グラスホッパー〉に火を入れておいてくれ」
『ロロロォ! 小生めにお任せをば!』
原理不明の交信を閉じると、ロングコートの裾を
昼時を過ぎた太陽は
「さてと、それでは……〈解体屋〉の仕事を、始めるとしようか」
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