2-5 : 〝ノーブル〟




 ◆ ◇ ◆




 開拓二十余年のレスローの街並みは、中心に居住区を置き、東西南北に開発された各採掘区が今なお荒野を切り開き続ける拡張の歴史そのものである。


 広い家と立派な店が欲しいのは皆同じであるから、居住区はそれらの乱立によって網目のように路地を広げ、枝分かれと行き止まりを繰り返す迷路と化している。



「――リゼットさぁん……まだですかぁ……?」



 そんな街の形成事情にあって、ヨシューとリゼットが立ち寄っているそこは、所謂いわゆる目抜き通り。

 露店・出店の多いレスローのなかでも、とりわけ商売の成功した者が固定店舗を建ち並べる地域だった。


〈ぽかぽかオケラ亭〉は本日定休日。

 連日のアルバイトで関係を深めた二人(リゼットがヨシューを翻弄しているだけであるが)は、只今ただいまお給金を持参してショッピングの真っ最中だった。



「ッせェなァ……かすなよガキィ。ションベンでもガマンしてンのか?」



 リゼットが不機嫌に言う。声がするだけで姿は見えない。

 ヨシューの前にあるのは試着室。


 相変わらず服装に無関心のリゼットだったが、さすがに私服がサイハのお古、油臭いつなぎだけというわけにもいかない。「それならお給金出しますからー、気分転換でもしてきてくださいなー」と、メナリィに勧められてやって来たのがこの服飾店であった。



「お、おトイレなんて我慢してませぇん! そういうことじゃないんですってばぁ……」



 女性ものの服と下着がずらりと並んでいるものだから、ヨシューはそわそわ落ち着かなかった。



「……ウッシ。カンペキだゼ!」



 何やら店員と随分長くやりとりして、あーでもないこーでもないとやっていたリゼットが、ようやく試着室を開けて姿を現した。


 白い脚を際立たせる、ピッチリとした黒革のホットパンツ。

 へそを出した綿服と、その上に羽織る丈詰めのライダージャケット。

 足回りはヒールの生えたショートブーツ。

 銀の長髪は折り重ねてめられ、その毛先が刃のように天を向く。


 ネコ科の猛獣を連想させる、それは何とも攻撃的で躍動感にあふれたで立ちだった。


 上機嫌のリゼットが店内で屈伸したり逆立ちしたり飛び跳ねたりするものだから、ヨシューはそんな年上の女の手を引き店を出る。周りからは唖然あぜんとされるか、クスクスと笑われながら。



「リ、リゼットさぁん……お願いですからもちょっと大人しくしてくださいよう。ぼくまでジロジロ見られて恥ずかしいんですってばぁ……」



「ア? イイじャねェか別に。クヒヒ、そォだヨシュー、テメェここでオケラ亭の服着てみろよ。そーすりャ明日からまた客が増えるゼ!」



 悪い顔を浮かべた新生リゼットが、両手をわきわきとさせながらヨシューににじり寄る。



「わひゃっ?! そ、それだけはやぁです! 許してください今日はお休みなんですからぁ!」



 小動物のごとく暴れて抵抗するヨシューを、ホットパンツから伸びる生脚を絡みつけてリゼットが取り押さえる。

「あーれー!」と、ヨシューが悲鳴を上げたときだった。



「――だからぁ! 金返せとは言ってないだろ!? 新品と交換してくれって言ってんだよ!!」



 大きな怒声が、二人の耳に届いた。


 目抜き通り沿い、機械部品を取り扱う店で、店主と客による言い争いが起きていた。


 いわく、客のほうが「いかれてんぞこの切替弁バルブ」だの、店主のほうが「そっちが壊したんやないんかい」だの。

「いいや不良品だ」と客がけちをつければ、「証拠を見せい」と店主が言い返す。


 犬も食わない野郎二人の口喧嘩げんかである。リゼットたちもその例に漏れず、ぷいと他所を向いてそのまま歩き去ろうとしたところ――

 リゼットの目にまったのは、客の男ので立ちだった。


 焦げ茶色のジャケットとカーゴパンツ。

 ガラクタ入りのポケットをジャラジャラ鳴らして。


 リゼットの存在には全く気づかず、手にした機械部品を振り上げている金髪野郎。


 月の出る夜に白い肌のすべてを見られ、部屋を追い出され、この数日はちらとも姿を見せなかったいけ好かない男の顔を、リゼットが忘れたはずもなく。



「――サイハァ!」



 怒号一喝。ここで会ったが百年目。親の敵を見つけたかのごとく、リゼットが駆けだした。



「……げぇっ!? リゼット?! 何でお前がこんな所に!?」



「ソレはこッちのセリフだバカヤローがァ! 今日こそ逃がさネェぞ覚悟しやがれテメェ!!」



 目抜き通りを舞台に、暴力女とチンピラ男の追跡・逃走劇が突如始まる。



「な、何でお前そんなにオレにつきまとうんだよ!? メナリィんとこで世話になってんならオレなんてもうどうでもいいだろ!?」



「だァから! テメェはアタシの操者ドライバだッて何度も言わせてンじャねェぞ!! 管理者権限持ッたままほッたらかすバカがいるか、このブァーカッ!!」



 動きやすさを主眼にそろえた新衣装。リゼットはサイハの背中を追い回して全力疾走する。



「〝バカ〟しか言えないのかよお前……っ! 相変わらず何言ってんのかわからんすぎてまるでわからんっ!! せめてもうちょい語彙力鍛えてから来いっての……!」



 サイハも体力には自信がある。そっちがその気ならと、その脚力でぐんとリゼットを引き離す。



「野ッ郎……! サイハァッ!」



「オレが用があんのはお前じゃなくてジャンク屋だ! まぁ気が向いたらそのうちオケラ亭にも顔だしてやるよ! じゃなっ、くはははっ!」



「ハッ……ハッ……!」



 とうとう息の続かなくなったリゼットが、膝に手をつき立ち止まった。

 前方、勝ち誇った笑い声を残して、サイハの小憎たらしい背中が小さくなってゆく。



「ハァ、ハァッ……アァ、そーかよ……なら、アタシももう手加減してやらネェからなァ!」



 ガリッ……ボリッ、ボリッ……ゴクン。

 リゼットが鋭い歯でみ砕き、飲み下したのは――〈霊石、、だった、、、


 ギンッ。

 リゼットの射貫くような鋭い視線が、前方をにらみつける。



「管理者権限……操者ドライバ〝サイハ・スミガネ〟より、一時限定強奪」



 ルビーのような深紅の瞳。それが内から光を帯びる。

 燃えるような、神秘的な赤熱を見せて。舌で唇をなまめかしくめると、リゼットの口元から蒸気が立ち上った。



「――《コード382、『ひざまずけ』 》」



 それはまるで、呪詛じゅそのような。


 ボソボソとこぼれ落ちたその声は、サイハの耳へは届かない。

 が、音ではない、何か別の波動が、リゼットが操者ドライバと呼ぶその男を、確かに捉えた。


 同時に。突然。



「どべぶっ!?」



 つまずく物など何もない目抜き通りのど真ん中で、サイハがすっ転んだ。


 走っている最中、いきなり両の膝を折り曲げて、地面に平伏し転げ回る。

 完全に停止してからも、全身打撲でピクピクとなりながらも、土下座の姿勢のまま微動だにせず。


 そして、ゴリッ……と。

 奇行に出たサイハの頭を踏みつけたのは、リゼットのブーツであった。



「……ハハッ! どしたァ? アタシに踏まれるのがクセになッちまッたかァ? サ・イ・ハ♪」



 勝ち誇ったリゼットが、勝利の美酒に酔うように頬を紅潮させる。



「……リゼッ……トォ……!」



 サイハがギリリと、み合わせた歯の間でうめいた。


 そこへ。



「――ロロロォ! 〈検出器〉! 反応ありましたぞ!」



 これもまた、突然に。



「――〝権能〟を使ったようだね。この距離なら、見逃さないよ」



 ブォンッ!


 爆音と、疾走音と、破砕音をぶちまけて。

 サイハとリゼットの直上、家屋の屋根を伝い走ってきた大型バイクが、蒸気機関の咆哮ほうこうを上げて空中に飛び出した。


 バイクにまたがるのは、真っ赤なポニーテールを風に踊らせる女。


 ジャキリッ!


 突き出された女の右手で黒光りしたのは、一丁のリボルバー。


 それが、リゼットへと躊躇ちゅうちょなく銃口を向けて。



「――見つけたぞ、〈蒸気妖精ノーブル〉!!」

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