1-2 : 鉱脈都市レスロー
◆ ◇ ◆
〈鉱脈都市レスロー〉。
熱と蒸気をもたらす資源鉱石、〈霊石〉を産出する、鉱夫の街。
この街には、鉱夫たちによって組織される四つの〝組合〟が存在する。
およそ二十年前、レスローの街が
下請け専門の技術屋集団――〈クチナワ鉱業〉。
組合に属さないフリー鉱夫たちによる共同体――〈ジャコウユニオン〉。
そして十年前に起業された最も若い組合――〈PDマテリアル〉の四組織である。
カリカリ……カリカリ……。
首に下げたゴーグルを目元に当てて、望遠レンズの焦点を合わせながら、サイハがじっと前方を見ている。岩陰に身を伏せ、獲物を狙う犬のように息を殺して。
彼がやって来た場所は、〈汽笛台〉の所在する街の中心から下った、南採掘区。
赤
「はー……こりゃすげぇや。〝穴〟も〝
サイハの熱心な視線の先には、大地に
それと、その穴の底から生える、
穴のほうは、直径百メートル、深さ五十メートル超の、クレーターのごとき大空洞。階段状の層を何十と重ねて
その穴の中心、大深度地下からニョキリと天を
新進気鋭の鉱夫組合、〈PDマテリアル〉が管理下に置く露天鉱床と、その本社ビルであった。
「相変わらずド派手にやってんなぁ、
先刻プァァーンと一鳴きした、サイハの住み
現場の鉱夫たちも、警備の者たちも、そらきたと一斉に飯と
〝関係者以外立ち入り禁止〟の看板を横目に、堂々と〈PDマテリアル〉の敷地に入り込んだのは随分前のこと。
その不審な挙動の通り、サイハはどの組織にも属していない
つまるところ、今のサイハは不法侵入者。より露骨に言えばただのこそ泥野郎というわけである。
「にっひひひ……別に勝手に坑道掘って横取りしようってんじゃない。ちょーっとそのへんに転がってる〈霊石〉ちゃんを拾うだけだからセーフだ、セーフ」
そもそも
露天鉱床とはその名の通り、資源――この場合は〈霊石〉――を豊富に含んだ地層を重機で露出させた鉱床のことである。この採掘方式を〝露天掘り〟という。
これに対して、人一人が通れる程度の
採掘効率でいえば、露天掘り方式が圧勝する。が、地表を丸々
〈
露天鉱床には足場として、階段状の
より良質な〈霊石〉が〝転がっている〟露天鉱床深部へ。一路サイハはリフトに乗って下っていく。
鉱床の最下層、その一段上の層にまで下ってくると、サイハは慣れた調子でひょいとリフトから飛び降りた。
「さーて、めぼしい奴だけちゃっちゃと拾ってずらかるぜ、と」
周辺を物色しながら、サイハはゴーグルを今一度目元へ押しつけた。
跳ね上げ式になっている偏光グラスをクイッと下ろして、眼前に露出した地層をじっと観察してゆく。
それは〈霊石〉の粉末を焼結・研磨加工した特殊レンズ。光を完全に遮断するため普段使いはできないが、真っ暗闇に目が慣れてくると、やがて淡い
「にひひっ、見ぃつけたぁ」
特に大きな光点が見えた方向に視線を固定すると、サイハは偏光レンズを跳ね上げてニヤリと笑った。背負ってきたバックパックを
ほどなくしてポトリと、足元に拳大の石ころが転がる。
それは青白い結晶鉱物――〈霊石〉だった。
「……うひゃ、こりゃでけぇ! さっすが大深度地下鉱脈。段違いに純度が高いのがホイホイ出てきやがる。これだからやめらんないんだよなぁ、
鼻の穴を膨らませ、興奮したサイハが独り言つ。
拾い上げた〈霊石〉をバックパックに押し込んで、さてもう少しばかりいただいていこうかと、ペロリ。舌舐めずりをしたときだった。
「――わひゃぁぁあ!」
サイハが再び偏光グラスを下ろしたのと同時に、悲鳴が聞こえた。
それも頭上から。
「……は?」
サイハが暗闇の視界のままキョロキョロと首を振り、一拍遅れてゴーグルを外した瞬間。
サイハの顔面に、小振りな尻が勢いよくめり込んだ。
「ぎゅむっ?!」
刹那の間、顔面に何者かを騎乗させたまま、サイハがその場に踏み
が、一歩退いた先は急斜面。抵抗
「痛ったたぁ……はっ! ぼ、ぼくは一体どうなって!? な、何にも見えないですぅ!」
か細く高い声を上げて
短パンをサスペンダーで
頭に被ったハンティング帽は少年らしさを醸しているが、顔全体の造りは中性的。
あわあわ言っている少年の目元には、真っ黒な偏光グラス製の丸眼鏡。
「ま、まずは眼鏡を外せ、ヨシュー……それとどいてくれ。い、息が……!」
「はっ!」
苦しげなサイハからヨシューと呼ばれた少年が、我に返って偏光レンズ眼鏡を外し、ハンティング帽の上に掛け直す。その下からはくりくりとした目が
「あ! サイハさん! また来てたんですか!」
両手を口へやって驚くヨシュー。
「すみませんぼく、〈霊石〉探すのに夢中で、眼鏡のままうろうろしてたら足元がわかんなくて……! サイハさんがいなかったら大
「…………」
申し訳なさそうに言うヨシューに、しかしサイハは言葉を返さない。
少年の
「わ! わっ!? サ、サイハさぁん?! ご、ごめんなさぁーい!」
◆
ヨシュー・タナン。十二歳。
ある日鉱床に忍び込んでいたサイハに、今日と同じようにして助けられて以来、サイハの弟分のようになった、この街に生まれ育つ鉱夫の血を引く少年である。
「あだだ……何でお前がいんだよヨシュー、今は飯時のはずだろ?」
顔面にヒップドロップを食らい、斜面を転がり落ち、〈PDマテリアル〉の〈
ヨシューが照れ隠しするように頭へ手をやる。
「そのう、ぼくまだ見習いだから採掘作業やらせてもらえなくて、ですね。だからこうやって誰もいない
「だからって、
「む……忍び込んで好き勝手してるサイハさんには言われたくないです。ぼく、〈PDマテリアル〉の人に黙ってあげてるんですからね?」
サイハから子供扱いされ、ヨシューはぷくりと頬を膨らませ唇を
ヨシューが反論するように、肩に掛けていたポシェットから金属製の箱を取りだす。
「それに、お昼抜いたりなんてしてないです。お弁当食べながら、ですよ。たくさん食べないと大きくなれないですからねっ」
そう言ってパカリと開けられた弁当箱には、コロッケが詰め込まれていて。
「お、いいもん持ってんじゃん」
言うより先に、サイハがコロッケをひょいぱくと口に入れた。
「
「あー! サイハさんひどい! 〈ぽかぽかオケラ亭〉のコロッケ、最後の楽しみに取っといたのにー!」
好物を横取りされたヨシューの悲鳴が、誰もいない露天鉱床にキンキンと木霊した。
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