ドライブ×ドライバ -蒸気妖精物語-
長月東葭
第一章 -荒野と鉄と歯車と-
1-1 : 蒸気の街
それは何とも――殺風景な世界だった。
焦げ茶色の大地がじりじりと焼け、
乾いた風に、ざぁっと砂が舞い上がる。
天頂で燃え上がる太陽と、その隣にはぼんやりと浮かぶ二つの月。
雨雲はおろか、筋雲一本も浮いてはいない。
無慈悲に乾いた、鮮烈な土色の大地と。
青一色に塗り潰れ、遠近感を失った空。
三百六十度、見渡す限りに――荒野。
「全く、何もない場所だよ、本当に」――そんなとりとめのない言葉を
聞こえるのは、ただ
およそそこは、人の住み着く場所ではなかった。
彼らの出会いの物語は、そんな世界の片隅から始まる――
◆
――何もない荒野のど真ん中。陸の孤島のような場所に、その街はあった。
それから、ポッポッポッと立ち上る、蒸気の白。
乾風が街並みを吹き抜けると、そこに滞留していた
聞こえてくるのは、人々の活気と機械の
プァァーン!
街の中心でけたたましい音を響かせたのは、住人たちが〈汽笛台〉と呼ぶ塔である。それは時報を
大きな
蒸気機関が隆盛を
「――よぉっし」
街並みを見下ろす、〈汽笛台〉の一室。
元は倉庫として使われていた、無駄に広いだけの空間。そこには何やら巨大な機械構造体が鎮座していて、その腹の下から、一人の男が
「ちぇ、
十代後半と見える、生気に
乱雑に切られて逆立った金髪、赤土色の瞳、頬には長くうっすらと切り傷の跡。
文句を
椅子の背もたれに掛けていた焦げ茶色のジャケットを手に取る。油に汚れたシャツの上からそれを羽織ると、やたらと数の多いポケットがジャラジャラと揺れた。
カーゴパンツについたものも数に入れれば、ポケットの総数は十を超える。まるで歩く工具箱である。
両手にそれぞれ
「えーっと、どこにやったっけか……?」
整備したての機械をしばし満足げに眺めてから、青年はポケットを
「……お! こんなとこに入れてたか」
目当ての物を探り当て、上機嫌に
それは親指ほどの大きさの、青白い結晶だった。
「にっひひー。いっちょ試運転といこうや。頼むぜ、〈霊石〉ちゃーん」
ンー、マッ!
小さな結晶に唇を押しつけて何やら願かけをすると、青年は両手に分厚い革手袋を
そっと目を閉じ、野犬のようにやさぐれていた表情がこのときだけは
――『火』だ。火をイメージしろ。
……心の中で、自分に向けてそう
閉じた
――暖炉の火とか、
眉間に
それはこの世界において、訓練さえすれば誰もが身につけることのできる技能だった。
資源をこの小さな結晶に頼っている彼らにとっては、それは例えばマッチの芯を折らずに火を
しかしいざ、その手順と方法を具体的にすべて言葉で説明できるかと問われれば、万人が万人言葉に詰まり、皆が皆「何となく」としか答えられない。そういう類のもの。
何事か念じ続ける青年の
それは目を閉じているなかにあって、はっきりと〝光〟として認識できるほどになり――。
「――
革手袋がジュッと音を立て、焦げ臭くなったところで青年ははっと目を開けた。
指先に摘まんでいた青白い結晶が、今は赤熱してにわかに湯気を上げていた。
〈霊石〉と呼ばれるその結晶は、引火性を持たないにも関わらず、人の思念に感応して発火するという性質があった。
加えて、その複雑な結晶構造は多量の水分子と結びついてもいる。
そこから得られる高温蒸気は膨大で、それ自体が超小型・大出力のボイラーとして機能する鉱物。
「熱っちち……! よっしゃいけぇ!」
青年は蒸気を噴きだす〈霊石〉を両手でお手玉させながら、機械構造体の投入口へ放り込んだ。
バタンと勢いよく耐圧容器をロックすると同時に、
〈霊石〉が、鉄の腹の中へ蒸気を満たしてゆく。
圧力計の針が起き上がり、あっという間に最大値に達する。それと同時に増えすぎた圧力の逃げ道である安全弁が開き、ピィーっという笛の音とともに蒸気が噴き出る。
燃え盛る結晶は、さながら心臓。
鉄の管を流れる蒸気は熱い血潮。
けたたましい汽笛は、まるで
まさしくそれは、鉄の身体を持って生まれた獣の
そのようにして機械が
「ふふーん、ご機嫌じゃんよぉ。回路内圧力正常。お次は展開シリンダーいってみよー」
我が子同然の蒸気機関を「おーよしよし」と
……ガッ。
そのとき。
何かが
「……ん?」
ピクリ。
それまで機嫌よく上がっていた頬を
水平方向まで倒れるはずのレバーが、斜め四十五度の位置からびくともしなかった。
「ん……? ん?? んんんー???」
はてなと首を
全くもってピクリともしなかった。
「なぬ……?」
両手を添えて、両足で踏ん張って、全身をジャッキのようにしてレバーをぐいぐいと押し上げる。
しかし、一念の覚悟を固めた
バキッ。
嫌な音が聞こえたのは、そんなとき。
直後、高圧の蒸気が漏れる気配。
「うひぃ?! や、やべぇ、変なトコに圧が行っちまってる!? くっそ、閉じろ! もしくは開け! そんな中途半端な位置で引っかかるなこらぁ!!」
焦り顔を浮かべた青年は、レバーに四肢を絡ませ全身を前後に激しく揺すった。まるで汚いポールダンスである。
そんなことをしている横で、悲鳴を上げた圧力計が振りきれて。
ボンッ。
それは何とも情けない音。
ガラス窓をぶち破り、真っ白な蒸気が
「にぎゃーっ!」
倉庫に住み着く青年の悲鳴が、爆発に遅れて響き渡る。
この青年の名を、サイハ・スミガネといった。
◆
「サ、イ、ハぁぁー!!」
ドタドタと階段を踏み鳴らして倉庫に駆け込んできたのは、
時報の汽笛を鳴らし終えたばかりの、
「な、な……何やっとんだお前ぇ!? とうとうくたばったか?!」
扉を蹴破る勢いの
「痛ってて……くっそ、さっきの部品のせいだ……絶妙なタイミングでイカれやがって」
そんな
それはサイハの声で間違いなかった。脚があるから化けて出たわけではないようである。
「サイハよぉ……お前、まぁたガラクタいじりかいや」
サイハを見やりながら、
「ここを吹っ飛ばす気なんなら、今度こそ出てってもらうぞ?」
「ん……? あれ? どこいった?」
不機嫌な顔の
「お前はほんまに……タダで住まわせてやっとるっちゅうのに。そんなもん突っつき回しとる暇があったら、
「オレは汽笛屋になる気なんざねぇよ、おっちゃん。そんな毎日決まった時間に汽笛ぶん鳴らすだけの人生になんて収まりたかないね。ロマンがない」
サイハの尻が、
「……よしよし、壊れてないな」
右のレンズは二重構造。透明レンズの上に、跳ね上げ式の偏光グラスがついている。
左のレンズはまるで目玉が飛びだしたような多層構造。
目を保護するために常時装着しておくには使い勝手の悪そうなそれは、サイハが自ら改造したもの。
だるだるに緩めたヘッドバンドに頭を通して、サイハはゴーグルを首に下げる。
同じく引っぱりだしたバックパックをひょいと背負うと、サイハは説教を垂れ続けている
「うっし……行くか」
「……お前ときたらどこの組合にも入ろうともせんで、ワシはそれが心配で――どこへ行くって?」
目を
次に
「〈霊石〉きれちまったから、ちょいと拾いに行ってくる! それじゃおっちゃん、窓と扉の修理頼んだぜ! どうせ次の汽笛鳴らすまで暇だろ? そんじゃなー!」
降り立った地上から
「なっ……おい! サイハぁー! 逃げるなこらぁ!」
「さっきの汽笛、
「お前、また〈PDマテリアル〉に行く気かぁ!? やめとけぇ! 最近あそこいらにはならず者の番犬がいんだぞ! おぉい!!」
窓から身を乗りだす
街並みの
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