1-3 : モグラとヘビ
◆
サイハとヨシューが〈霊石〉の採掘も忘れて、わいわいと弁当の中身を取り合っているときだった。
「――で? 進捗はどこまでいってる?」
〈
(「わひゃっ!? サ、サイハさん! 誰か来ちゃいましたよ!」)
(「やっべ……! 見つかったら出禁喰らっちまう! ヨシュー、こっち来い、こっち!!」)
幸いにも扉の死角にいたサイハとヨシューは、
聞こえてくるのは男性の声。それも二名分。
先ほど進捗
それに続いて、
「は。全体の八割まで掘り出したと報告を受けております、社長」
その会話の内容から、サイハはどす声のほうが〈PDマテリアル〉の社長、鋭い声のほうがその秘書か何かだろうと当たりをつける。
「〝社長〟じゃあない。俺のことは〝
聞くだけで秘書を
「ご無礼を。以後気をつけます、CEO」
まるで研ぎ上がったナイフを首元に突きつけられるような緊張に
「んん。まそんなこたぁどうでもいいんだ……報告の続きを聞かせろ」
ガシュッとガスライターの音がして、CEOが葉巻を
何度か
「申し上げましたとおり、全容はほぼ地中から露出しています。ただ、
「聞いていないぞ、まさかあんなデカブツだとは」
「同感です」
「同意ではなく提案がほしいわけだが? 掘削機を何台潰しても構わん、三日以内に作業を完了させろ」
「それでは、増員をかけますか。その分、〈霊石〉の月産計画を見直さねばならなくなりますが」
「構わんと言った。現場の稼働率を落としてでもやれ、最優先だ。手段は任すが、〝アレ〟を刺激させるなよ」
「心得ております、
パッ、パッ……フゥー。
紫煙を
「……あとたった二週間だ。これまで散々探し回っても出てこなかったというのに、こんな大事な時期に出土しやがって。それならいっそ永遠に地の底で眠っていればよかったものを」
サイハとヨシューの前を流れてゆく煙が、意思を持った生物のようにゆらゆら揺れる。
「俺には、力がある……誰にもこの俺の邪魔はさせん。誰にもな……」
――プァァーン!
レスローの街の方角、〈汽笛台〉が昼時の終わりを告げる。
「……さて、仕事だ仕事。〈PDマテリアル〉のトップも、ラクじゃあない」
「全くそれには同感です、CEO」
吸いかけの葉巻が放り捨てられ、〈
CEOと秘書の男が姿を消し、鉱床に立っているのは再びサイハとヨシューだけとなった。
「おい、なぁ……聞いてたか、ヨシュー」
ヨシューの口を手で塞いだまま、サイハが言う。
「何だ何だ? 〝アレ〟って何だよ?? いちいち気になる言い方だったなぁ……!」
「……ぷはっ! ちょ、サイハさん! もうすぐ
サイハの手から解放されて息を吸い吸い、不法侵入者たる兄貴分を見上げてヨシューは顔を青くした。
「にっひっひ……そのまさかだよぉ、ヨシューくぅん……こぉんな思わせぶりにされちゃ、
「え……別にいいじゃないですか、それならぁ……」
「いいやよかぁない! オレは〝ロマン〟とつくものが何でも好きなんだ、好きで
鼻の穴を膨らませ、興奮気味にサイハは
「は、は……はぶっしゃおらぁ!」
そして
「っにしてもあの偉そうな声してた野郎……ひっでぇ臭いの葉巻吸ってやがる……」
◆
「――ところで、だ」
〈
上昇してゆく密室の中、CEOがぼそりと口を開いた。
「……俺の
「は。どうやらそのようです」
二人居並ぶCEOと秘書の男は、互いに正面を向いたまま目も合わせず言葉を交わす。
「……〈クチナワ鉱業〉か?」
「いえ、一人は後ろ姿だけでしたが、見ない顔です。もう一人は我が社の見習い鉱夫だったかと」
「あぁそぉ」
スーツのポケットをごそごそとやり、CEOが新たな葉巻を取りだす。
慣れた手つきで冷たい色のナイフを振り、先端をカットし、ガシュ……とガスライターの火で
薄暗がりに浮かび上がったその顔は、何の感情もない無表情だった。
「ふぅー……。………………見ない顔のモグラのほう。〝アレ〟に近づくようなら潰せ。ガキのほうは……まぁ、巻き添えになるようなら
どこかふざけるような物言いで、しかしその眼光だけは冷酷に、CEOが言い捨てる。
「かしこまりました。ではそのように、速やかに手配します」
まるでゴミ処理でも請け負うように、秘書の男が
エレベーターの中で、ふぅーとヘビの形に似た紫煙が踊った。
「それにしても……やはり葉巻は、岩と砂だけの空の下で吸うに限る……」
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