第5話 ユナイテッド・ディストピア

少女は話す。


「え、えぇと……今の話を聞いてわかりました。私はあなたと同じ、この世界に迷い込んだ人間の一人です」


「なるほどね。そういうことか」


疑問が延々と浮かび上がり続け混乱する私をさし置いて、男は納得の表情を浮かべている。


そのまま男は話を続ける。


「昨日さ、俺はこの女の子に導かれて欲望のままに森の中に入ったんだ。そしたら案の定、彼女はいてさ。でも手に入れてどうするかなんて何にもわからなかった。それでも欲しかった。それでさっきまで遠くに縛り付けておいたはずなんだけど……」


いまいち話が掴めない。


この少女を誘拐したのはゲイド達だったが、最終的に盗み出したのはこの男……ということか。


少女をゲイドから助け出そうとした私が邪魔だったから、気絶させた。そのすぐ後にローンが到着して、私たち結果として任務は失敗した。


「お前は突然この世界に来て混乱していたのかもしれない。それでも、ローンを殺したことに変わりはない。お前は悪だ」


「そうかい。今の俺には何にもやりたいことがない。せっかくだから、その喧嘩買ってあげるよ」


私は少女を寺院の奥へと逃がし、体を男の方へと向ける。


「今更だが、名前は……」


「セレーナ。知ってるよ、たまに人の思考や情報が読み取れるんだ。それと、俺の名前はファイ。そんな名前だった気がする――」


男の話を聞き終わる前に私は正面から斬りかかる。

やはりそこにはいない。想定内だ。


ファイは空から殴りかかってくる。即座に後方に避けるが、その時にはもう彼の姿はない。


「――ッッ!!」


気が付くと腹に蹴りをくらっている。

私がよろめく暇もなく四方八方から攻撃を浴びせられる。


ファイは瞬間移動をしては攻撃をしてを繰り返す。成す術がない。


おじいちゃんがこんな光景を見れば失望するだろう。


なんとか隙を作ろうと私は一気に光を剣に集中させる。

それでも、やはり振り上げると同時に蹴り落とされる。


そしてファイは正面から私の顔面をめがけて蹴りの姿勢を取る。

剣を地面に放り出された私には反撃する手段がない。


――――次の瞬間、顔面を蹴り上げていたのは私だった。


「ようやく……読めた……!!」


一か八か、私はファイの言葉を信じ、思考を読ませた。当てられたということは成功したと取っていいだろう。


しかし、私の蹴りを直に受けたファイは不敵な笑みを浮かべている。


「あぁ、どんどん乗り気になってきたよ。今の俺の欲望は、君との戦いだ」


ファイはよろめくどころか姿勢を正し、目を見開く。


剣までの距離は4メートルといったところだが、背中を見せればやられる。

どうするか……。


ファイはまた姿を消すが、すぐには姿を現さない。


空かと思い見上げると、そこには確かにファイの姿がある。


太陽がまぶしく見えづらいが、どうやら攻撃をする素振りがないように見える。それどころか、何の抵抗もなしに落ちてきている。


「セレーナさんごめん。遅くなっちゃった」


その時、どこからか現れたアルクが落ちていくファイを地面に叩きつけるように蹴り落とす。


「あれは……アルク!!」


寺院に続く道にファイが打ち付けられた衝撃で大きなくぼみを作られている。


やはりというべきか、そこにファイの姿は見えない。だが衝撃があったということは確実にアルクの攻撃は当たったはずだ。


「セレーナさん後ろ!」


私はアルクの声でとっさにしゃがみ込み、後ろに向かって右足を回す。


そこには蹴りを入れようと狙っていたファイが私の足に軸足をとられバランスを崩す姿があった。


「助かった」

「まだ安心するのは早いんじゃない?」


足を伸ばし、しゃがんだままの私の上をアルクが飛び越え、足元がおぼつかないファイの胸部に膝を入れる。


そのままファイは寺院の崩れかけた石壁に打ちつけられ、口の中に溜まった血を吐き捨てる。


ファイはよろよろと壁伝いに立ち上がり、血で赤く染まった口を開く。


「おいおい。2対1ってのは……ずるいんじゃねぇの?」


へらへらと笑いながら弱々しく呟く。


「最強を名乗ったのはお前だ。それなら、2人でも足りないな」


私は剣を右下に構える。この男が私たちのような光装師と同じならば、体力がなくなったり意識が回らなくなると術を使うことが難しくなるはずだ。


念のため、避けられたときのために足をいつでも動かせるよう右足を一歩下げる。


そして躊躇なくファイを斬る。


今回は感触だけではない。血を吹き出す様子を確実に見つめていた。


彼はその場に崩れ落ち、傷口からは絶え間なく血が流れ出る。もう助からないだろう。


石壁に絡まるツタが血で赤く染まっていく。


私は任務のことを忘れ、個人的な憎しみで人間を一人殺した。


その一方、何が起きたのかはよくわからないが少女は救い出した。任務は完了だ。


それにまだローンの様子を完全には確認できていない。助かるかもしれないという微かな希望を胸に、私は振り返る。



「帰ろう。アルク」

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ユナイテッド・ディストピア びぐろ勇 @biguro_U

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