第2話 不完全燃焼

私は無線で助けを呼ぶ。同じ部隊の2人が駆けつけてくれるそうだ。

B18分隊の拠点はここからそう遠くない。到着までは遅くてもあと30分程度だろう。


私が初めに宙に浮いたとき、ゲイドが空を飛ぶ能力を所有していたならその隙に攻撃していただろう。つまりゲイドは地上を主軸とした戦闘スタイルなのだ。


その点、私や、特にアルクは空を飛ぶことができる。私は直上に浮かぶだけだがアルクは自由飛行だ。


できればこの場はアルクに任せてしまいたいが、いつ来るかわからない。


ゲイドはこちらに背を向けている。不意打ちをするなら今だ。


動くなら今しか――

茂みの中で剣を構えたその時だった。


「そんな腕で戦うつもりですか?ずいぶんダイレクトに打撃をくらったようですね」

「ア、アルク……!!お前いつの間に……」

「大丈夫、ここは僕に任せて」


そこに現れたのはすぐ近くの樹の上から翼を生やし降りてくるアルクだった。


彼の能力は先ほど言った通り自由飛行だが、ここまで到着が早いほど高速な移動が可能だったとは思えなかった。


そんなことを考える間に、アルクはすでに戦闘態勢に入っている。


「これ以上、セレーナさんに痛い思いはさせませんよ」

「あの女はそれなりのやり手のようだが、小僧。お前は強いのか?」


「うん。強いよ。セレーナさんには負けるけどね」


アルクは翼をはばたかせゲイドの射程圏外へ逃げる。これこそが彼の得意な戦闘スタイルだ。

相手の手出しできない場所から一方的にダメージを与える。


「どう?こっち来れないでしょ」


「ふっどうかな。あまり大人をなめないほうがいい」


そういってゲイドは足に光を集める。パワーをためている証拠だ。


ここまでの予想はできていなかった。ついさっきは腕だけに力を溜めていた。まさか他の部位にまで移動させられるとは……。


ゲイドは地面を踏み鳴らし、土煙を上げながらアルクと同じ高度まで跳ね上がる。

そしてアルクに驚かせる間も与えず、蒼く光る掌底の鉄槌を叩き込む。


アルクは吹き飛ばされ、ゲイドは地上に降りそれを追う。


その先は私には見えなかった。あの調子ではアルクはやられたかもしれないが、今の私が助けに行っても犠牲が増えるだけだ。

あの男は強い。


ローンが到着すれば私かアルク、どちらか一人は助かるかもしれない。

だが、ローンの能力には博打的な一面がある。

もしかしたらゲイドを倒すことができるかもしれないし、彼女のせいで部隊の全滅も考えられる。


どうしたってローンに任せきりでは私の顔が立たない。痛みも引いてきた、今のうちに捕らわれたままの少女の開放に向かおう。


生い茂る草をかき分け、開けた野原に出る。

つい、木に括りつけられた少女と目が合い何となく気まずくなってしまう。


「さぁ、もう怖くない。一緒に逃げよう」


少女は怯えてきっているようだ。顔には乾いた涙の跡が残り、全身を震わせている。

私は彼女を縛っている分厚い紐を予備の短剣で切り、逃げるよう促す。


「あっ……だ、だめです……」

「……?どうした、ここは危険だ。君の家に帰ろう」


「――この娘の言うとおり。一歩でも動きゃ、殺すよ」


背後を取られた……!!だが声はゲイドとは違う高い声、それにこの気配……ゲイドと同等か、それ以上の実力。


「何者だッ――」


私は振り向きざまに剣を抜く。ここまでの近距離で背後を取られ、前には少女がいて距離を取ることもできない。


こうなったらダメージは覚悟で無理にでも斬りかかるしかないだろう。


「あーあ。動いちゃった」

「――ッッ!!」




「――。――ナ!セレーナ!!大丈夫?あんなところで眠っちゃってどうしたの?」


なんだ?何が起こったのかわからない。私は謎の男に出会って……。

それから何があった?何も思い出せない。


どうやら今、私はローンの腕に抱かれて拠点に向かっている最中のようだ。あれからどのくらいの時間が流れたのだろう。


「失敗した、すまない。思ったより強いやつがいた。お前はどうして?」


「あなたからの救援要請があって、あの森に入ったわ。そしたら敵は誰もいない、もぬけの殻。いたのは気絶したあなただけよ」


ということは……最後に出会ったあの男に気絶させられたか。

それにローンの言った通りなら少女も連れていかれた。


しかしまだ謎は残っている。


「ローン、ところでアルクは?」

「え、アルク君ならいなかったわよ。あの子、私より先にあの森に入っていたの?」


まさか、あいつ完全にやられたのか。


私のゲイドに関する情報の伝達が不完全だった。あの時、アルクにもっと詳しく話していれば彼は助かったかもしれない。


「セレーナその顔、アルク君やられちゃったんだね。しょうがないよ。セレーナがやられてるんだもん。また助けに行けばいいよ」

「……顔に出ていたのか。アルクとは言え、あくまで仲間だからな。戦力が減るのは耐え難い」

「素直じゃないな。セレーナは」


それから少しして、私たちは拠点についた。


拠点とはいえ、立派な建物などはない。

ただのあばら家を人が住める程度に改修した粗末なものだ。


「今帰った。任務は完全に失敗。アルクも行方不明だ。申し訳ない」

入り口のドアを開けながら、拠点で私たちの帰りを待つアシィタに惨敗の報告をする。

いまだにこのドアのきしむ音になれることができない。


アシィタは戦闘はしないが、この拠点に住み込み任務などの紹介をしてくれる。私がゲイドとの戦いで苦戦を強いられたときに無線で救援を求めた相手も彼女だ。


「……そうですか。気に病む必要はありません。セレーナさんを倒すほどの強い敵がいるなんて、本部からの連絡にはありませんでした。後ほど確認してみますね」

「あぁ、すまないな。頼む」


家の奥から出てきたアシィタは負けて帰ってきた私たちを見て顔が悲しげに曇っている。


「今日はもう遅いですし、明日の朝アルク君の探索に出かけるのはどうですか?」

「乗った」

「あぁ、そうしよう」


どうやら知らないうちに外は真っ暗闇に飲まれていたようだ。

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