ひまわりは罠に気付かない

中田カナ

ひまわりは罠に気付かない

 あ~あ、お姉様ったらまたあの方を見つめてるわ。

 そんなに気になっているならもっと近寄ればいいのに、なんであんなに離れた木の陰にいるのかしら。


 今日は年に数回開催されている社交デビュー前の貴族子女のための交流会。

 王宮の庭園を使ったガーデンパーティで、美味しそうなお菓子がたくさん並んでいる。

 甘いものに目がない私は、適度に参加者と交流しつつもお菓子全制覇を目指して動きまわっているのだが、お姉様の不審な行動に気付いてしまった。


 お姉様は侯爵令息に恋をしている。

 本人は隠しているつもりらしいけど、まわりはみんな気付いてる。

 領地が隣り合っていて、父親同士が学院時代の同級生だったこともあり、長年にわたり家同士の交流があった。

 侯爵令息は勉強が出来てとても真面目な方だと聞いている。


 妹の私が言うのもなんだけど、お姉様はお母様に似て可愛らしい顔立ちをしている。

 性格もお母様のようにおっとりしていて物静か、いつも難しそうな文学を好んで読んでいる。

 レース編みや刺繍が得意で、お菓子作りが趣味という絵に描いたようなご令嬢だ。


 一方の私はお父様に似て少しきつめの顔立ちで、よくしゃべってああ言えばこう言うタイプ。

 乗馬や剣術が好きで、よく読む本は歴史関連と戦記物。

 正反対の私達だけど、お姉様はいつでも私をかわいがってくれるし、私もお姉様が大好きだ。



「あの、ご無沙汰しております」

 プチシュークリームを口の中に放り込もうとしたところで声をかけられた。

 声がした方を見ると、そこにいたのはお姉様の想い人である侯爵令息の弟君だった。

 確か私より1歳下だから9歳のはずだけど、ずいぶんしっかりとした感じに見える。

「あら、ごきげんよう。お久しぶりですわね」

「少しお話ししたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 え~、もっとお菓子食べたいのになぁ…と思ったが、皿に食べたいものを載せて持って行けばいいのだ。

 私ってば頭いい!

「かしこまりました。その前にお菓子を持ってまいりますわね」


 食べたかったお菓子をいくつか皿に載せて、隅の方にある空いているベンチに腰掛ける。

「食べながらで失礼しますわね。それでお話とは?」

 ようやくプチシュークリームを味わう。

 さすが王宮、クリームがお上品だわぁ。

「つかぬことをお伺いいたしますが、貴女のお姉様はまだ婚約されていないと聞いておりますが、間違いないでしょうか?」

 あれま、お姉様の話なのか。


「ええ、婚約はしておりませんわ。でもひそかに想っている方はいらっしゃるようですわね」

「えっと、それはもしかして僕の兄のことでしょうか?」

 なんと、よそのおうちの方にもバレバレなのか。


「あら、お気づきでしたの?」

「はい。視線を見ていればわかります」

 どうやら弟君はなかなか鋭いようだ。


「それで貴方のお兄様もお気づきなのかしら?」

 弟君は首を横に振る。

「いいえ。兄はどうも真面目すぎて少々人の心の機微に疎いところがあるようで、全然気付いてはおりません。ですが兄は昔から貴女のお姉様のことを間違いなく意識していると思います」

 お姉様、喜べ!

 なんと脈ありみたいだよ!


「まぁ、そうですの?」

「はい。兄の視線もよく貴女のお姉様を捕らえていますし、我が家で貴女の家の話が出てくるとわずかに動揺しているようです。両親も兄が自分で気付いていない気持ちをすでに察しているようです」

 ふむふむ、そういうことに気付けるご家族なら間違いなく仲良しさんってことよね。

 いいおうちでよかったわ。


「それではあの2人は両想いってことなのかしら?」

「いえ、思いは通じ合っておりませんので、両片想いといったところでしょうか」

 弟君、ちょっとませてるのかも。


「そこでご提案なのですが、僕達で2人の恋の橋渡しをするというのはいかがでしょうか?」

 弟君が思いがけない話を出してきた。

「恋の橋渡し?」


「はい。兄の性格上、女性を誘うというのは現状困難だと思うのです。ですから僕達が遊ぶのに2人を巻き込む形で接触する時間を増やせばいいのではないか、と考えているのです」

 弟君、頭いいなぁ。

 その提案はすごくいいかもしれない。

「なるほど。私の姉もおっとりとした性格で、積極的に男性に話しかけたりすることなど出来ない方ですから、それはとてもよい考えかもしれませんわね」

 くっつけ隊結成の瞬間だった。


 そこからは具体的な打ち合わせに入った。

 今日の交流会で私達が親しくなったということにして、互いの家を行き来する機会を増やす。

 くっつけ隊活動の第1弾は、侯爵家で名馬の仔が生まれたとのことで、私が見に行きたいと言って姉を連れ出すことに決まった。


「では、その方向でまいりましょう。ああ、そうだわ!私達が親しくなったということにするのでしたら、もっとくだけた話し方にしませんこと?」

「よろしいのですか?」

 小さく首をかしげる弟君。

「ええ、正直に言っちゃうと丁寧な話し方って疲れるのよね。じゃあ早速だけど、今日帰ったらうちの家族に話すわ。そっちはお兄様が確実にいる日時の連絡をよろしくね」

「わかりました」

 弟君がニッコリ笑った。



 数度のやりとりを経て、いよいよくっつけ隊活動第1弾の日がやってきた。

「ようこそ!伯爵家のご令嬢が2人揃っていらっしゃるなんてとても嬉しいわ!」

 侯爵夫人が満面の笑みで私達を出迎えてくれた。


 弟君情報によると、侯爵夫人は本当は女の子が欲しくてたまらなかったらしい。

 だから何かにつけて私達姉妹に贈り物をくださっている。

 逆に我が家はお父様が男の子を熱望していたそうだが、残念ながら授からなかったので私に乗馬や剣術を教えていたりする。

 私はお姉さまと違って大人しくしてるより体を動かす方が好きだし、お父様と一緒にいる時間が増えるからいいんだけどね。


 侯爵夫人も交えてお茶しながら美味しいお菓子を堪能した後、いよいよ名馬の仔を見に行くことになった。

 弟君が腕を差し出してきたので、私はそっと手を添える。

「僕が彼女をエスコートしますので、兄様は彼女のお姉様をしっかりエスコートしてくださいね」

 笑顔で告げる弟君。

 うんうん、いい仕事してますな。


 最初はとまどっていたようだけれど、無事に2人が接触することができた。

 先を歩く私達はたわいもないことを話しているけれど、後ろの2人はまだ無言だ。

 まぁ、最初だからしかたないのかな。


「かわいい!!」

 私は思わず声をあげて柵に駆け寄ってしまった。

 仔馬は運動場で母馬の後ろを追いかけて走っている。

「お姉様、仔馬を見るのは初めてですわよね?」

 お姉さまがとても自然な笑顔でうなずく。

 私は乗馬をするけれど、お姉様はやらないから馬に接する機会がほとんどない。

 でもかわいいもの好きのお姉様は、すっかり仔馬の魅力にやられてしまったらしい。


「僕達は馬術の練習場の方を見てきますので、兄様は彼女のお姉様に馬について説明してあげてくださいませんか?」

 うなずいて説明を始める。

 弟君情報によると、侯爵家の男性はもれなく馬好きで強いこだわりもあるらしい。

 私達はそっとその場を離れた。


「どうやら上手くいったみたいね」

「そうですね」

 馬術の練習場へ行ったふりをしてそっと覗く私達。

「あとは兄様が専門的なことを話しまくってドン引きされなければよいのですが」

 よくありがちだけど、お姉様が馬に関する知識が皆無であることは事前に知らせてあるから大丈夫…だと思いたい。


「ねぇ、第2弾なんだけど我が家でお茶会はどうかしら?」

 距離があるから2人には聞こえないと思うけど、なんとなく小声で話しかける。

「それ、いいですね!」

 ニッコリ笑う弟君。

「お姉様はお菓子作りが趣味だから手作りのお菓子を出せると思うの。それに刺繍やレース編みも得意だから、ぜひ作品を見てもらいたいわ」


 少し何か考えていた弟君が尋ねてくる。

「あの、その時に伯爵家の図書室も見せていただくことはできますか?」

 ピンときた私はすぐに答える。

「もちろんよ!」

 うちのお姉様も彼のお兄様も文学好きだ。

 共通の趣味は大事だよね!



 そしてくっつけ隊活動の第2弾は計画通り我が家でお茶会。

 私も今回初めてお姉様のお菓子作りを手伝ったんだけど、分量をきっちり量ったり生地をしばらく寝かせたりと、手間と時間がかかって結構大変なものだと知った。

 いい勉強になったけど、私は試食係でいいかな。


 お茶会は和やかに始まり、お姉様が少し甘さ控えめで作ったお菓子は男性陣に大好評だった。

 私はもう少し甘くてもよかったかなって思うけどね。

 弟君の手助けもあって話題を上手く本に持っていくことができたので、

「お姉様、彼のお兄様は大の読書好きなんですって。私では難しい本はわからないから案内してあげてくださるかしら?」

 笑顔で同意してもらい、2人はサロンを出て行った。


 しばらく時間を置いてから、私達はこそっと外へ回って窓から図書室をのぞき込む。

「なんだか盛り上がってるみたいね」

 会話ははっきり聞き取れないけれど、どうやら同じ本を読んだことがあって、その感想を語り合っているようだ。


「次はうちの図書室にしましょうか。父が奮発して買った文学全集がつい先日届いたので」

 弟君が提案する。

「いいわね!それでいきましょう」

 くっつけ隊の活動、なかなか順調に進んでる感じよね。


「あの、貴女はどんな本がお好きですか?」

 弟君が尋ねてきた。

「読むなら歴史とか戦記物かな。ハラハラドキドキするようなのがいいのよね。あとは絵がきれいな本も好き」

「そういえば母が外国から取り寄せた絵本も届いたんですが、とてもきれいな花の絵がたくさん載っていましたよ」

「あ、それ見てみたいかも」

 きれいな絵は大好きだ。

「じゃあ母に頼んで用意しておきますね」

 弟君はニッコリ笑っていた。



 くっつけ隊活動の第3弾は、侯爵家のテラスでお茶とお菓子と堪能してから早々に文学組は図書室へ、絵本組はサロンへ移動した。

 もう図書室を覗きには行かない。

 いつのまにかお姉様達は手紙のやりとりをするようになっていて、今日も最初から親しげな雰囲気をかもし出していたからだ。


「この絵本、本当に素敵ね。まるで本物の花のようだわ」

 外国の絵本だから文字は読めなかったけど、絵だけでも十分に価値があるように思えた。

「母はこんな感じの本が好きで、他にもたくさん持っているんですよ」

 うわぁ、どれも見てみたい!



 やがてくっつけ隊の活動は両家の相互訪問時のみとなった。

 お姉様達が2人きりでお出かけすることが多くなってきたからだ。

 いつもお菓子をおみやげとして買ってきてくれるから快く見送っている。


 私は私で侯爵家にお呼ばれして侯爵夫人とお茶を楽しんだり、弟君とあれこれ話しながらチェスで対戦している。

 年下なのに私よりちょっと強いのが悔しいけれど、大人と違ってあからさまな手加減をしないのがうれしい。



 くっつけ隊活動開始から2年ほど経った頃、とうとうお姉様達の婚約話が持ち上がった。

 もうすっかり一緒にいるのが当たり前のようになってたしね。

 もともと父親同士が友人だし、領地も隣で昔から交流もあるから何の問題もない。


 ただ、我が家の子供はお姉様と私だけだから、お姉さまは家の跡継ぎのことを心配していたけれど、

「お姉様!心配はご無用ですわ。私が女伯爵となって、いっそう伯爵領を盛り立てて我が家の名をとどろかせて見せますから!」

 そう言ったら家族みんなに大笑いされた。

 我が国では女性も爵位を継げることになっていて、実際に私のお婆様は女伯爵だった。

 隠居して領地で過ごされているけれど、今でも領民から慕われている。

 だから私だって本気なんだけどなぁ。


 そんな話を弟君にしたら、彼は笑わなかった。

「貴女は女伯爵に向いていると思いますよ。明るくて前向きだし、いつでも迷わず行動力もありますから」

 そんな風に言ってもらえたことがとてもうれしかった。



 それから半年ほど経った頃、お姉様達の婚約披露パーティが侯爵家のお屋敷で開かれた。

「「乾杯!!」」

 パーティ会場の片隅で、私と弟君は果実水で祝杯を挙げた。


 2人で料理とお菓子を堪能しまくってからテラスに出る。

「くっつけ隊の活動もこれでおしまいね」

 しみじみとつぶやく。


 弟君が突然私の前にひざまずいた。

「僕が未来の女伯爵たる貴女の伴侶に立候補することをお許しいただけますか?」

「へっ?!」

 今、何て言った?


「元気で明るくて行動力があり、とても素直な貴女のことが大好きなんです。貴女が好きな剣術も馬での遠乗りも付き合いますし、領地経営だって一緒にやっていけるようにがんばって学びます。僕は貴女と並び立って生きていきたいのです」

 弟君、やっぱりませてるよなぁ。


 上目遣いでうるうるとした瞳で見つめられる。

 なぜか先代伯爵であるお婆様が飼っている小型の愛玩犬を思い出す。

「僕じゃ、お嫌ですか?」

 うなだれた尻尾までそこにあるような気がする。

「そんなことないよ!」

 年下だけど1歳差なんてたいしたことないし、弟君は一緒にいて楽しいし、私もありのままの自分でいられる。

 よし、決めた。


「うん、いいよ。これからも一緒にがんばろう。ねっ?」

「ありがとうございます!2人で幸せになりましょうね」

 見えない尻尾がぶんぶん振られている気がした。

 そして取られた手の甲にそっとキスされた。


 翌日、さっそく両家に話が通り、めでたいこと続きで双方の両親も笑顔が絶えない。

 それからしばらく交流は続き、私達の仮婚約も決まった。

 まだ若いので正式な婚約は先のことになるけど、弟君は我が伯爵家に婿として入ることが決まっている。

 お父様はまだまだ元気なので私が女伯爵になるのはずっと先の話だけど、それだけ学ぶ時間があるってことだからがんばらなくっちゃ!



 今日は我が家に弟君を招いている。

 2人でお茶を飲みながら、ふと疑問に思っていたことを聞いてみた。

「ねぇ、いまさらなんだけど、いつから私のことが好きだったの?」

「最初からですよ」

 だいぶ大人っぽくなった弟君が微笑みながら答える。


「ん?最初って?」

「僕が両家の交流会に初めて参加した時だから6歳の頃かな。貴女はひまわりみたいな人だなって思ってました」

「ひまわり?」

 思わず首をかしげる。

 誰にも言っていないけど、実は私が一番好きな花だ。


「そう。貴女はいつでも笑顔で、まわりもみんなつられて笑顔になっていて、この人と一緒にいたらきっと楽しいだろうなって思ったんです」

 知らなかった。

 そんな前から想ってくれてたのか。


「それで、どうすれば貴女に無理なく近づけるかな?とあれこれ考えて、両片想いだった兄達のくっつけ隊を始めることにしたんですが大成功でしたね」

 ニッコリ笑う弟君。


 え、ちょっと待って。

 くっつけ隊は手段で、目的は私だったってこと?

 そして私はまんまとからめとられたってことでは?


 ん~、まぁ毎日がとても楽しいからどうでもいいか。

 私が女伯爵の道を進むにあたって弟君の存在はとても心強いしね。


「さてと、美味しいお菓子も食べたことだし、これから庭に出て剣術の稽古をするからついてきて!」

「はい!」

 見えない尻尾が大きく振られた気がした。

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