正当な意思の継承者
「モノリス。そろそろ《ヘーヴァンリへ》と【ヴァリ】について説明を。どう繋がるんだ?」
ユウの言葉に、塞ぎ込んでいたルティアはかろうじて反応し、顔を上げた。
「少し時間を飛ばして、アルティスティア建国後からお話します。教訓の書として作られた【落ちる星の物語】はアルカーディナル家とスリーク一族が所有し、この場所と技術に関わる情報は、限られた人間を除き、史実から消されました。モアレアルとイユキがこの世を去ったあと、二人の子供がアルティスティア二代目の女王として国を継承し、その後も歴代の女王たちは国を発展させていきました。ところが……二〇〇年が過ぎた頃、より自由な意思と権利を求める人々がダストリアを建国し、彼らの中に強い欲望が芽生え始めました。凄惨な過去を忘れ、再びより多く、より豊かに。その変化に恐怖を感じた当時のアルティスティア女王とスリーク一族は、【制配】を通して私にある指示を出しました。これが嘘の始まりでした」
モノリスはどこかためらうような雰囲気を醸し出したが、ユウは、続けてくれ、と結論を急がせた。
「当時、スリード大陸の北側を中心に奇妙な病気が発生していました。アルカーディナル家が極秘に調査した結果、それは改ざんされたDNAを持つ子孫だけに、一定の割合で起こる突然死であることがわかりました。過去の悲劇は、別の形で続いていたのです……ダストリアによって封印された技術が解かれることを恐れたアルカーディナル家とスリーク一族は、この病気を好機と捉え、利用しました。『北の大陸ドリスタから流れてくる毒風【ヴァリ】がスリード大陸に侵入すると、吸い込んだ人は突然に死ぬ。だが常に吹く南風【ヘーヴァンリエ】によってほとんどは防がれている』という嘘を仕掛けたのです。そしてこの大陸で最も信仰を集めるモノリス神の信託と偽ってフォグリオンを禁忌の山脈とし、毒風という恐怖を巧みに増幅させて、ドリスタへの人の上陸を防いだのです」
「……そんなことが可能なのか……どうやって」
嘘は確かに広がり易い。
だが国という単位でそれを意図的にやる方法などユウは思いつかない。
「それを……私が可能にしました。この施設にも保存されていますが、モアレアルと同型の義体を、一般の国民として大陸中に解き放ちました。その数は二〇〇体に及びます。彼らに出した指示は、各階層の有力な地位にまで上り詰め、発言力がある人物として認められることです。人は発言した人物を信じていれば、真偽を問わずその内容を事実と認める、を利用したのです。義体たちに嘘を吹聴させ、それは次第に事実として人々の間に染み渡っていきました。現在も義体たちはスリード大陸で、この捏造が事実であり続けるための活動をしています」
「なぜそのことを、アルカーディナル家とスリーク一族は継承していないんだ」
「人は忘れてしまうのです。嘘が広まり定着した時に、彼らは安堵してしまったのでしょう、記録を残していないのです。口伝として伝えられていましたが偶然に、あるいは意図的に内容が変化し、最後にはアルカーディナル家とスリーク一族の中でさえ、嘘は事実として定着してしまいました。その裏に潜む真実は、失われたのです……」
言いにくいのか、モノリスは少しの間沈黙し、再び無機質な声でささやいた。
「恒久に思える日常の前提に変化が起こると、人はどうしても原因を求めてしまいます。過去の歴史を知り、ここに技術が封印されていることを知る人々の思考は【落ちる星の物語】の解釈を間違えてしまいました。過去の技術によって《作られし山脈》フォグリオンが、常に吹く不可思議な南風【ヘーヴァンリエ】を作り出している。だとしたら、南風を元に戻すこともできるはず、と誤った推論をしてしまったのです……様々な状況の偶然の重なりが飛躍した答えを導き、幻の光を与えてしまった……」
ルティアは、弱々しく口を開いた。
「それでは……南風【ヘーヴァンリエ】が弱まったのは……」
「それは偶然に起こっている自然現象です。自然は人間の想像を超えた存在。誰も制御などできません。この施設の建造前から高い山脈の勾配を駆け降りる南風は存在していました。常に吹く風とて起こり得るのです。人の想像など、小さな範囲の理解でしかありません」
「そうですか……わたし、勘違いしちゃいました……」
ユウは初めて見る絶望の薄笑いに心が痛む。おそらくルティアは、旅がなければシーレや兵士たちが死ぬことは無かったと感じている。
ユウの中にも釈然としない気持ちが、確かにくすぶっている。だが自身の命を賭けてここまで辿り着いたルティアに、誰が責を問えるだろうか。
ユウは膝を付いてしゃがんだ。しっかりと自身の意思を伝えるために。
「ルティア。この結果はさ、誰の責任でもないよ。少なくても僕は、ルティアの責任を今もこれからも感じることはない。血を継ぐ僕たちが、知ったこの真実を全て受け止めて、それでも前に進もう。そして何としても生きて、生き繋いでいくんだ。宿命ではなく、自らの明確な意思として」
それがユウの結論だった。その言葉は母から託された責務への答えでもある。
ユウの見つめるルティアの瞳は細かく揺れ動いていた。
「ルティア。もう一つお伝えすることあります。アニアース城はなぜあの丘の上に建てられているか、知っていますか」
モノリスは意外な質問をルティアに投げかけた。
「それは、どのような意味でしょうか……」
「ルティア。私はあの場所に建てるしかなかったの。モノリス、説明を。あなたの思考にアクセスして事態を把握した」
リーシュは強張った顔つきで言葉を吐き捨てた。
「分かりました。最後の戦いが終わりサカタを脱出した時、モアレアルは【空飛ぶ船】で多くの人々を救出します。しかし戦いで大きな損害を受けていた【空飛ぶ船】は、この場所まで辿り着くことができずに、あの丘の上に墜落してしまいました。内部に残された技術と兵器を封じるために、モアレアルは墜落した【空飛ぶ船】の上にアニアース城を建てたのです。やがて城を中心に街は繁栄し、首都アルティスティアとなりました。そしてここからがルティア、あなたにとって最も重要なことです。ダストリアはそう遠くなく、首都アルティスティアに侵攻すると予想されます」
ルティアは目を見張った。ケレングは、その言葉にすかさず反応する。
「キタザワの反乱により軍の指揮系統は混乱している。侵攻するならまさに今だ。そうだな? モノリス」
「はい。スリード大陸中の義体たちと私は、常に情報の交換をしています。彼らの狙いはエスタブリッシュ女王の命を奪い、アルティスティアの主権を奪うことです。そして……アニーアス城が陥落すると、地下に隠された技術と兵器が発見されるのは時間の問題です……現在、アルティスティアの東の国境沿いに、ダストリア軍の各師団が集結しつつあります。キタザワたちも合流するようです」
「今の軍には、組織的な戦いは難しいだろう。軍人の心を繋ぐ新しい何かが必要だ」
ケレングは固く両拳を握りしめ、押し黙ってしまった。
ようやく目を覚ましたようにルティアは立ち上がった。
「アルティスティアに戻りましょう、ユウ。これ以上この場で塞ぎ込むわけにはいきません。本当に……本当に悔やむことばかりです。取り返しのつかないことも招いてしまいました。それは謝っても決して許されないこと。それでも……それでもわたしは全てを背負い、全力をもって国を守り前に進みます。そして初代女王の……」
ルティアはリーシュを見つめて「その思いはわたしが継承します」
泣き終えて腫れたままリーシュの目元に、今度は綺麗な涙が浮かんだ。
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