第七章 真実と嘘

拒絶する禁忌の山脈

 翌日の昼前、ユウたちは馬が繋がれている村の広場に集まっていた。

 ここから先は馬車で進むことができず、馬と徒歩で向かうしか方法がないからである。

 イネスの父親によると、山脈の中に過去の遺産が存在し【制配】が扉を開く鍵になるという。

 荷物を持ち、フォグリオンを眺めているユウに、ルティアがそっと近づいた。

「ユウ。もう大丈夫そう……ね。本当に。よかった。ううっ……」

「ありがとう。看病してくれて。その、腕の傷はどう? すまない。僕のせいで」

 ルティアは何も巻かれていない左腕を見せた。僅かに線が見えるが、言われなければわからない程度だ。

「もう、大丈夫です。シーレの傷薬が、本当に……効いて……シーレ……」

「そうか。シーレも喜んでるよ」

 ルティアの瞳はついに溢れだしたが、それを隠そうともせず、ただ頷いていた。

 南風は山脈の急勾配を勢い良く駆け下りてユウにぶつかる。

 ユウは羽織の打ち合いを手で抑えながらケレングに近づいた。

「ケレングさん。あと少しですね」

「そうだな……ユウ。シーレの件は本当にすまないと思っている。ここまで危険な旅になるとは想定していなかった。もちろんどんなに詫びても許されるとは思っていない」

「人の運命は……誰にも分かりません。今は前に進みましょう。シーレの旅の目的を……僕が代わりに果たします。ここで帰ったら怒られますよ。僕」

「そうか……ああ、そうだな。ユウ、あと少しだ。よろしく頼む」

 ユウは頷き返して、ケレングは少しだけ頬を緩めた。

「エルシス。準備はあと、どのぐらいかかりそうだ?」

「はい、あと一時間ぐらいかと。私とルティア様、リーシュ様が白馬に。団長たちと他の兵士二十名は徒歩となります。地図の場所が正しければ午後三時には到着かと。ここから約三時間です」

「わかった。ジュリスディス。ヤーカトと遭遇する可能性もある。準備を念入りに頼む。また全員に十分な食事を。山道は険しいぞ」

「了解です。団長」

 

 ユウたちは南に進路を取り、フォグリオン山脈へと向かった。

 ウィムフレアの戦いと地続きのような緊張感はいまだ兵士たちを包んでいるようで、その足取りは一様に重い。イサワ村は豊かな自然に囲まれていたが、出発して一時間も経つと、高さのある樹林は姿を消して痩せ細った草木が現れ、荒れた大地が目立つようになってきた。

 道らしきものは徐々に傾斜を強め、馬たちも苦しそうに鼻息を荒くしていた。

「道というより獣道に近いですね。千年という時間が道を消してしまったのでしょうか。フォグリオンは人を拒んでいるような気がします」

 馬上からルティアがユウに話しかけてきた。

 前から押し寄せる風のせいか彼女の表情は辛そうだ。

「試されているのかもな。それでも前に進み、千年前の技術に触れる意思があるのか」

「そうですね。これも試練でしょう……」

 目を細めるルティアを、あと少しだ、とユウは励ました。短く切れがいい声で、はい、とルティアは答えた。

 風が一段と強くなり始めた。辺りには僅かな草さえも見つけられない荒涼とした山肌で、勾配はさらに強まりユウたちの足元をふらつかせた。ユウは【制配】の時刻を見てエルシスに尋ねた。

「エルシスさん、予定通りだとそろそろ目的の場所に近いはずです………あれ」

何か違和感を感じて【制配】をつぶさに見ると、時刻の下に初めてみる文字のようななにか。ユウは読める訳もなく、リーシュが乗る馬に駆け寄った。

「リーシュ。これを見てくれ。読めるか」

「ん。ええと……ユウ。ちょっと外してくれる?……」

 ユウは【制配】を外してリーシュに渡した。

「これはアラートね。なぜ急に。あ、そうか、近いから通信機能が限定的に回復したのか。ということは、もしかしたら……」

 リーシュが左右のボタンを何度か押すと時刻表示は別の画面に切り替わった。

 緑に光る点が中心に現れ、左上にも赤く光る点が見える。

 リーシュはケレングに叫んだ。

「ケレング! 全員を止めて! あ、エルシス、方位磁石と、あの本から書き写した地図を貸してくれる?」

「分かりました。全員停止だ!」

 リーシュが馬から降りると、ケレングたちが何事かと急ぎ足で近づいてきた。

リーシュは地図を開き、【制配】と方位磁石を交互に置いた。

「私たちの目的地は南だけど西にずれて進んでいる。おそらく磁力の乱れで方位磁石が正しく機能していないのよ。フォグリオンと通信を始めた【制配】が正しい場所を教えてくれているようだから、従ったほうがいいわね。いい、ケレング?」

「分かりました。ユウ。すまないが先頭で案内してくれないか」

「はい。そうします」

「使い方を教える。ユウ。記憶が……少しずつ戻ってきている」

「わたしも行きます。いいですよね。ケレング様。わたしが行かなければならないのです」

 ルティアは風で乱れる髪を右手で抑えながらケレングを見つめた。

「分かりました。ユウ。ルティア様を頼む」

 ユウは頷いた。

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