動乱の兆し

 グレーガル・サクヤマは、駐屯地の司令官、いわば指揮系統の頂点であるが、今日はそれを超える人物からの詰問のため、身を固くするのも、いたしかたないだろう。

「いったいどうなっているんだ、昨晩の襲撃事件は! ここは異国か。なぜダストリアが街の中で自由に動けるのだ。国境の警備はどうなっている!」

 ケレングは唾を飛ばしながらサクヤマに詰め寄った。とんかちのような拳が垂直に振り下ろされ、会議用のテーブルが悲鳴をあげた。

 この辺りの部族の長でもあるサクヤマは、かつては優雅な二刀流鎌形刀剣の使い手として軍で名を馳せていたが、前線を退いた今は大層に恰幅が良く、優雅さは忘却の彼方であった。

「まあまあ、そう言うな。ケレング。国境とは言え防壁がある訳ではない。もちろん主要道路を含め隣国との経路には必ず検問所を設置している。だがここは自由交易都市。剣とて正規の手続きをすれば自由に売れるし所有もできる————」

「————そんな事は分かっている!」

 再び振り下ろされた鉄拳に、テーブルの四脚はさらなる呻き声を上げた。

「あれだけの敵兵がなぜ易々と侵入できるのかと聞いているのだ。深紫色の軍服はダストリアの遊撃小隊ザンダート。ボリアトと呼ばれた男も双剣使いで有名だ。なぜ検問所は気が付かない!」

「そうは言っても……」

 汗が染み出す額を拭きながら、サクヤマは言い訳を考えているようであった。

「昨晩の襲撃と期を同じくして起こった駐屯地破壊工作から想定すると、小隊規模の二、三十人は侵入していると見ていいだろう。どうだ、エルシス」

「はい、団長。その規模かと。ルティア様の強奪を目的とした作戦です。場所を特定して襲撃してきたことからも、軍から情報が漏れていると思われます」

「いやいや、まてまて、ケレング。いくらなんでも軍からの情報漏洩を疑うのはいささか度を超えているぞ。証拠でもあるのか」

 サクヤマは汗をテーブルに飛ばして詰め寄った。

「今はないが、誰が考えても答えは同じだ」

 サクヤマは目を浅く閉じ、口を尖らせて深呼吸をした。

「幸いにも被害者の少女は一命を取り留めておるし、一週間もすれば問題なく退院できると聞いている。それで良かったと思うべきではないか。警備は厳しくする」

「……まあ、いい。破壊工作で我々の馬車も損傷を受けている。そちらの修理と同型の馬車をもう一台用意してもらいたい」

「あの馬車は特注の高級品だぞ……それを————」

「————用意だ」

 げんなりと萎れた表情のサクヤマの視点は定まらず、口は固く沈黙した。

 司令官室の扉が突然開き、男が入ってきた。

 髪の毛を丁寧に分けた容姿はどうやら秘書官のようだ。

「サクヤマ司令官。そろそろ市長との面談に出向く時間かと……」

「おお……そうだった。ケレング。すまないが後は私の部下と調整してくれ。どう使ってくれても構わない」

 サクヤマは重たい身体を持ち上げて、意気揚々と扉の向こうに小走りに消えていった。


「忙しくすることを間違えていませんか、あの方……」

 行儀悪く深々と椅子に座り、両手を頭の後ろで組んでいるジュリスディスは、言葉を吐き捨てた。もちろん軍人から逸脱したその態度は、サクヤマが部屋を出たあとのことで、ケレングもとやかく言うつもりはないようだ。

「全くだ。昔は活力がある男だったが……時間が経てば変化するものだ……」

 ケレングの嘆きが虚しく四人だけの部屋に響いた。

「彼はここの軍すら完全に掌握しきれていないでしょう。申し上げた通りですが、駐屯地内部ポリアトに協力者がいると思われます。そうでなければルティア様が外出する情報など把握できません」

 ケレングは気が抜けたように肩を落とした。

「エルシス、今後、我々の動向はここの軍にも伝えないように。ケイ。一緒に行動しようと思っていたが、偵察としてウィムフレアに先行し、状況の把握を頼む。ただし頼れる軍の部隊はハリグレクの指揮系統に限定する。残念だがあとは全て信用出来ない。敵だと思え」

「はい。分かりました。直ぐに荷物を整え、出立いたします」

「ケイ。気をつけてね……今は非常に不安定。あらゆる可能性を考えて」

「ああ、分かった。姉さん……」

 ジュリスディスは椅子の前足を浮かし、後足の二本は倍の加重で軋む音を鳴らす。

「ちょっと……ジュリスディス。椅子が壊れるわよ」

 エルシスの一言にジュリスディスは立ち上がって「団長……それより、ユウは何者ですか。傭兵経験があると聞いていますが昨晩の戦い方、ちょっと異常ですよ。私でも一対一なら……勝てないかと……」

ケレングは愛弟子の背中を軽く叩いた。

「大丈夫だ。お前はまだまだ強くなれる。技術なら俺に並んでいるよ……」

「……はい」

「彼は大きな戦力だ。彼とシーレがいなかったら、軍人として認めたくはないがルティア様は奪われていた。我々には運がまだある。最後まで……突き進むのみだ」

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