第四章 建国の女王
双子の立証
翌日の午前、宿舎の居間を覗いた者は奇妙な光景に絶句しただろう。
長髪の少女は軍服に似た黒の上下を身にまとい、対して髪が肩口で切り揃えられている女性は、身体の膨らみを丁寧になぞる黒いワンピースを着ていた。
服と髪の長さだけが異なる、同じ顔の二人が、そこにいた。
テーブル越しに二人と向かい合って座るシーレは、獲物を見つけたような悪い顔である。
「はい、右手は上げて」二人は同じ角度で右手をあげる。
「次は、首を右に傾けて見ましょう」二人は三十五度、傾げる。
「じゃあ、笑いましょう」にかっ、と開く。
「……なんなのこれ? どう見ても双子よ————凄い! 楽しい!」
ユウはシーレのいたずらじみた確認作業に苦笑いを浮かべた。
ルティアは頬を膨らましながら、シーレへの反撃の機会をうかがっているようだ。
「そりゃそうよ……似てるでしょう……」
昨晩、突如として現れ、リーシュと名乗った女性は馴れ馴れしい口調で答える。それはルティアとの明確な違いだが嫌味には聞こえない。ユウはむしろ懐かしい声音だと感じていた。
「ルティアの一五? 一六代だっけ、ま、いいわ、私はそのぐらい前のお婆ちゃんよ」
幻夜市は亡くなった家族の魂が戻る祭りだとユウは聞いていたが、身体を伴うとは聞いていない。だが彼女の顔は至って真面目で、むしろ硬めの表情だった。
「はいっ? そんな訳はありません!」
ルティアはリーシュの斜め上の発言を否定し、顔を左右にブンブンと振った。
「あ……伝え方が悪いわね。ごめんよぉ!」
冷静な表情に似合わず、性格は明るく軽快そうだ。
「思考補助型超高性能AIを搭載した義体【
リーシュは目を瞑って困った顔を作る。しばらくすると何か思いついたのか、比率の調和が取れている笑顔で人差し指を立てた。
「これだ! 私がなんと……例の童話に登場する【人に似た生き物】よ。そして保存されていたモアレアルの心を、作られた人体に入れて、はい、新作の私!」
これで、どうです? と言いたげな表情で、リーシュは両手を広げた。
「説明が、雑だな………」
ユウは少し悪ふざけを気味に、ルティアをじっと見つめた。シーレも軽く頷く。
「いやいや、おかしいでしょう! わたしを見ないでください。向こうです!」
ルティアは頬を赤らめながら異議を唱え、隣の瓜二つを指し示した。
「いずれにしても、あなたは、モアレアルなんですよね」
ユウはルティアの抗議を綺麗に流し、リーシュに話を戻した。前方から不穏の空気がユウに迫るが、成功した悪ふざけにしてやったりな心境だった。
「そう。私の肉体は既に滅んでいるの。でも千年前の技術は人の心を複写し、黒結晶化キューブに保存することに成功した。そしてこの義体。手足などの義肢、組織生体、人工臓器が機械と結びついて『人』の形を作ることにも成功した……私は初代女王モアレアル・アルカーディナルよ。今はリーシュと名乗っている」
「そうか、リーシュ。信じるよ。な、ルティア……」
ユウは、今度は間違えずに本人をしっかりと見すえた。
「え、はい……」
「リーシュの話は正直、理解しにくいんだけど、実際にここにいる訳だし、【制配】が作られた時代の技術なら、今はありえないことだって、可能だったんじゃないかな。それにさ、遠い先祖に会えるのって、そんなに悪くないと思うよ……」
ユウは素直な感想をルティアに伝えた。
リーシュは横を向き、時空を超えて二つの深赤の双眸は視線を交える。
「それは……そうですね……」
ルティアは少し遠慮がちにリーシュを見ていたが、やがてその目元の緊張は溶けていった。リーシュは嬉しそうに口を大きく開き、両手を広げてルティアの頭を抱き寄せた。
「そうよ! 我が孫よ! もっと喜べ————」
「……でさ、リーシュは、なぜここに?」
ユウはもっともな質問にリーシュは「予定されていた訳ではないの。簡単に言うとね、カスミに起こされたの……」
無意識に体が動き、ユウは立ち上がった。椅子が綺麗に倒れて床とぶつかり、耳障りの悪い音が響いた。
ユウはリーシュを凝視して話の続きを迫るように待った。
「私が目を覚ました時、つまり意識がこの体に入れられた時ね、最初に見たのはカスミだったわ。そして私に言ったの……『息子のユウ・スリークが一族の役目を果たすべくフォグリオン山脈に向かうから助けてほしい』って。だからここに来た」
リーシュに懇願する母の姿が克明にユウの意識に浮かび上がる。
「ただ……カスミは、正確な技術が分からないまま、私を起こしたから、記憶が虫食いの状態でこの体に入ってしまったの。修正しようとしたけどできなかった。一〇〇〇年間、誰もこの義体を管理していなかったから部分的に損傷もしていて……あなた方が必要としている情報も、大部分が失われているの……。過去のことは、断片的に覚えているだけよ」
「それで母さんは……どこへ……」
ユウはテーブルに手をついて迫り、失われた母の痕迹を求めた。
「それは教えてくれなかった。やることがあるとだけ告げて姿を消した」
「そうか……」
ユウは倒れた椅子を元に戻して座り直した。昨晩の戦いよるものだろうか、座る動作に若干のけだるさを感じる。
「だけど、どうやって母さんは、リーシュが眠っている場所を知ったんだ?」
「スリーク一族は場所を口伝していたそうよ。人格を複写して残したのは私の意思だけど、『自分たちだけでは抱えきれない事態が発生したら私を起こすように』と。きっとその口伝はあの人の遺言ね」
「リーシュは、どうしてユウがここにいると?」
シーレの問いにリーシュは特段の表情を作らず、ユウの【制配】を指し示した。
「その【制配】と私は情報を交換できるの。電波って言っても難しいか……うーむ……とりあえず、そう言う仕組みなのよ。ユウがどこにいても分かるし、それで昨日の事件に遭遇した訳です。ユウも私が近づくの、分からなかった?」
「それは、どうやって……こいつ、今は時刻しか分からないんだ……」
当惑に絡まれた声を出したユウにリーシュは「ひょっとして【制配】の使い方、伝わってなかったりして………あ……当たりか……」
「リーシュ、使い方を教えてください。わたしのお祖母様からも【制配】の力によって、【落ちる星の物語】の黒い頁に文字や情報が浮かぶと聞いています。私たちにはどうしても情報が必要なのです」
ルティアは強くリーシュに迫った。
ユウも嘆願の気持ちを視線に込めて、リーシュを見つめる。
「黒い頁については思い出せないけど……ユウ、それ貸してくれる?」
ユウは腕から【制配】を外してリーシュに手渡した。
「ここに、ボタン……っていう名称なんだけど、突起物があるでしょう」
リーシュは四角い箱の左右に二つずつ付いている突起物に指を当てた。
「それか。僕も何度か押したけど、何も変化が起こらなかったんだ」
「あ、これ……プロテクトって……鍵がかけてあるわね。これなら私でも解けるわよ」
リーシュは四つの突起物を不規則に何度も押した。箱の画面は鈍い緑色の光を放ち、しばらくすると発光はすっと消えた。
「はい、終了。結構硬い鍵ね。まあ、仕方がない気もする……【制配】の力を考えると」
「その……リーシュ、もう使えるのですか?」
ルティアはリーシュに尋ねた。
「ええ、大丈夫よ。今は準備中だからしばらく時間が必要だけど、動き出したら様々なことができるはずよ。基本は音声で【制配】のAIと会話をして、指示を出すの。AIは言うならば機械でできた頭脳。会話もできる」
意味の半分もユウは理解できないが、聞くべき問いは分かっていた。
「リーシュ、スリーク一族は【制配】の力を利用して世界を破壊してしまったと聞いている。教えて欲しい。その【制配】には、どんな力があるんだ?」
「……そうね、スリーク一族の末裔であるあなたは、知らなければならない。それは呼称の通り。技術を制御して全てを支配する。だから【制配】と名付けられた」
「そうか……」
ユウは強く両手を握りしめた。視線はリーシュから逃げ出して辺りを彷徨う。
表情が硬くなるのが自分でもわかった。
「ねえ、あの本は今、持っているの? ルティア」
リーシュの尋ねに「はい」と答えて、ルティアは【落ちる星の物語】をテーブルに置いた。リーシュは本を両手で持ち上げてじっと見つめていた。
在るべき場所への帰還とも言える再会は、リーシュの瞳を真紅の極みに誘う。
「本当に懐かしい……ちゃんと残っていたのね」
リーシュは突然に、さらりと聞いた。
「ところで……ユウは、体調は大丈夫なの? ちょっと気になって」
「いや、特に今の所は……」
戦いの最中、突然に頭痛が生じたが今は痛みもない。若干のけだるさぐらいだ。
「そう……ならいいけど」
「ま、とりあえず、私たちは、フォグリオン山脈に向かいましょう。【ヘーヴァンエ】の謎を解かないと前に進めない……」
シーレの背中を押すような口調に、ユウは顔を崩して深く頷いた。
「ところで……南風を【ヘーヴァンリエ】と名付けたのは誰? ルティア、知っている?」
「ええと……モノリス神の神託でフォグリオンが禁忌の山脈となったのが八〇〇年ぐらい前ですから、その頃でしょうか」
「だよね、私の時代に、そんな名称はなかった気がする……毒風【ヴァリ】のな名前もその頃に?」
「ええ、おそらく。ただ記録は残っていません」
「そう……毒風なんてあったのかなぁ」
「ところでリーシュ、いえモアレアル。千年が過ぎたこの時代はあなたの望んだ通りかな」
シーレは静かに問いかけた。リーシュは過去を振り返っているのか、視線を定めずに、唇だけをゆっくりと動かした。
「私ね、何かやり残したことがある訳ではないのよ。本当に悲劇的なことが無数にあって、それでも懸命にあの時代を生きて……でもね、自分が大切にしてきた気持ちを何処かに残して置きたかった。だから人格を複製したの。自分の出した明日への手紙と、いつか出会えるように。今、覚えているのはこれだけよ」
リーシュは人間らしい不規則で暖かい微笑みで「今、あなた方を見ていると私が残せた世界は……ちゃんと命を繋げているのね」と目元に透き通る涙を湛えた。
「あ、そういえば、あなた……」
リーシュはシーレの顔をじっと見つめた。
私? とばかりに自分を指し示すシーレに「あなた、ひょっとして……ディスクリーンの姓じゃない?」
「そうよ! どうしてわかるの?」
「私の時代にも同じ赤髪の女性いた。田舎の海がいいと騒いで街を飛び出したけど。その時代の赤髪も、あなたと同じように感情が顔に出易い人だったわよ」
シーレが、え〜っ、という言葉を代弁するかのように眉を顰めると、
「あはは、それそれ、その顔。懐かしい。また会えるなんて……本当に嬉しい」
テーブルに肘をついて両手で微笑みを支えるリーシュ。その声には彼方の懐旧が溶け込んでいるようだった。
「ねえ、ルティアのご先祖様って、あんな性格なの? だいぶ不思議な性格じゃない?」
ユウはリーシュに聞こえるとは思ったが、一応の小声でルティアに聞いてみた。
「え、わたしは、違いますけど、変わり者は多いかも、あ、ちょっと! その疑い深い目はなんですか。わたしは普通です」
「え、そんなつもりはないけどさ、血は引いてると思うよ。なあ、シーレ……」
返事はなくともシーレの表情は完全なる同意を示している。ルティアは憮然とした表情で唇を尖らせた。
「それにしてもユウも、本当にそっくりね」
「え、僕が? 誰に?」
「イユキよ。イユキ・スクリーク。わたしの時代のスリークよ。彼は私の恋人で……結婚相手だったのよ。ルティアがそうであるように、あなたもイユキに瓜二つよ」
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