五 友達
「……盗賊か」
「みたいだね」
走り出した剣士二人に気づいた男達が肩をビクッとさせ「ヤバい、急げ!」と声を上げた。枯れ木に繋いだ馬の手綱を解こうとしていた男が「切るぞ」と言ってナイフを取り出す。
「引き上げるぞ、エラ!」
「え、待てよ!」
建物から少女の声。ぞろぞろと現れる人影が七、八、九人。何か燃え残った金目のものでもないか漁っていたようだ。ファゲルのせいで故郷を失い、そうでなくとも経済の破綻で路頭に迷い、こうして盗みを働く人間はこの六年でどっと増えた。行きに立ち寄った宿駅に家財道具が未だ残されていたのは、邪竜の棲家にほど近いこの地域に踏み入る勇気のある人間がいないからだ。要するに、この盗賊達はやたら肝が据わっているらしい。
「おい、馬を返せ」
「おいおい、随分とお綺麗な顔の兄ちゃんだなァ。どこかの貴族のお坊ちゃんかい? この得物が見えてねぇようだな?」
先頭の男が腰からシャリンと曲剣を抜いた。巻き舌の多い発音といい、絵に描いたような盗賊だ。
「見えている。が、こちらにも剣がある。流血沙汰になる前に大人しく返せ」
「流血沙汰ァ? やってみろよ、やれるもんならなァ!」
こけおどしだ。もう少し強く迫れば落ちる。そう思ったリードが一歩前に出ようとした時には既に、ユーンが二歩進み出ていた。フードの陰から口元だけニヤリとさせて、「じゃあ遠慮なく」と魔剣を抜く。
「ユーン!」
「ク・レン=ナダ」
ダン! と間合いを詰めると同時に唱えられた呪文で、驚いた顔をしていた男の姿が消えた。代わりに現れた細切れの肉塊。びしゃりと血飛沫を浴びる仲間の男。怯える馬達。卒倒する盗賊が二人。
「兄貴――ッ!」
甲高い絶叫で我に帰った。短剣を抜いて飛び出してくる十二、三歳の少女。見開かれた瞳に宿る深い憎しみ。彼女に剣先を向けるユーン。
「ク・レン――」
「やめろ!!」
飛びかかって奴の手から剣を叩き落とし、飛び込んできた少女の手を捻り上げて短剣を奪う。そのまま彼女の腕を背中側に捻って地面に突き倒せば、男達がいきりたって武器を抜く。
「動くな!」
少女の目の前に聖剣を突き立てると、男達が凍りついたように動きを止める。
「お前、お前、よくも兄貴を」
「エラを離せ!」
「……やってみろって言ったのはそっちじゃないか」
赤くなった手首をさすりながらユーンが面倒そうに言った。横目で睨むと、魔剣士は「何だい君まで? 善良な野生動物はかわいそうだって言ったのは君だろう? 悪党ならいいじゃないか」と腕組みする。
「ああ、面倒だなあ……早く消えてよ。僕はこの場所の調査がしたいんだけど」
「お前には人の心がないのか!!」
怒鳴った瞬間に、押さえ込んでいた少女がぐるりと体を捻って抜け出した。驚いて駆け出してゆく背を見つめる。どうも自分で肩の関節を外したらしい。
「エラ!」
「ツド兄!」
少女が盗賊のなかでも一番背の高い男の腕に飛び込む。リーダー格らしいその男は仲間達を見回して「……ずらかるぞ」と低い声で言った。
「でも兄貴の仇を!」
「分が悪い。今は諦めろ」
「……覚えてろよ!」
盗賊達が気絶した仲間を担ぎ上げ、平原の方へ去ってゆく。ユーンが「よし、行った行った」と明るい声を上げ、リードは振り向きざまにその頬を殴りつけた。
「
「人ひとり殺めておいて、何だその態度は!」
「ええ……? 何その説教、お父さんかよ。うざいんだけど」
「馬鹿野郎!」
もう一発殴ろうとしたが、ひょいと簡単に避けられた。地面から聖剣を引き抜くと、慌てたように「ちょっとちょっと、暴れないでよ! この周り全部貴重な資料なんだからさ」と言う。
「お前は人の命を、何だと思っている……!」
「そんな見境のない狂人みたいに言わないでよ。あいつが君に刃を向けたから助けてあげたんじゃないか」
「俺を助けただと?」
「笑顔で舌なめずりしながら自分の友達を殺そうとする悪党なんて、殺しちゃっていいでしょ。君の方こそ博愛が過ぎるんだよ。守るものとそうでないものをちゃんと区別しないと、いつか全部なくすよ」
「と、友達……?」
この狂った男が自分をその枠に入れているとは微塵も思っていなかったリードは、思わず目を丸くして剣を下ろした。ユーンは「え、何その顔」と眉を寄せる。
「もしかして僕達、友達じゃなかったのかな?」
「ユーン、お前……友達っていたことあるか?」
「君以外にってこと? ないけど」
「だろうな……」
呆れてため息をつくと、黒尽くめの狂人がほんの少しだけ悲しそうに唇を結んだのが見えた。リードはそれをじっと見て……迷った末、剣を収めると少し高い位置にある肩へ乱暴に腕を乗せた。
「……俺の友なら、もう少し慈悲の心を持て。簡単に人を殺すな」
「え、何? 近いんだけど……気持ち悪いな」
「お前……」
やはりもう一発殴りたくなったが、ユーンは驚いたことに殺した男を埋めるのを手伝い、リードの捧げる祈りを不満そうな顔をしながらも胸に手を当てて大人しく聞いたので、許してやることにした。
「俺は許すが、あの盗賊達は生涯俺達を恨み続けるだろう。いつか、仇討ちに来るかもしれない」
「『俺達』じゃなくて僕一人でしょう。君は僕を止めようとしてたんだから」
「……一緒に責任を取ってやるのが友達だろうが」
「そんなものかい?」
恥ずかしいのを堪えて言ってやったのに、ユーンはピンと来ない様子で首を捻っただけだった。やはりこいつはいつかもう一発殴る、とリードは固く決意した。
調査が何だと言って街を見て回るユーンに数時間付き合って、湖を目指して街を発つ。ところどころ黒いまだらになった光景の先、地平線近くに見えているのはグィア国東端にそびえるアレニア山だ。あの山の麓の湖に、異界の邪竜ファゲルがいる。
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