四 本物の魔剣士



「人間を……材料に?」


 気味の悪い話に顔をしかめると、ユーンは愉悦さえ感じるような笑顔を浮かべて、リードの脇に置いてある聖剣をじっと見つめた。


「そう、昔はよくあったことさ。剣に封じ込めるっていうのかな、そういう術があるんだよ。今は禁術だけれどね。炎の術師を使えば炎の魔剣に、氷の術師を使えば氷の魔剣になる。魔力の少ないへぼ術師でも、現代魔剣なんて目じゃない相当な品質のものになったらしい。だから優秀な術師をっていうよりは、落ちこぼれを処分する手段みたいに使われてたって文献もある。面白いよねえ!」

「いや……それで、お前はこのシルレインがその、人間を封じ込めた魔剣だと思うのか? なぜ?」

「お、ちょっとは話を聞く姿勢になってきたね。いい傾向だ。知性っていうのは頭が柔軟じゃないと健全に育たないからね」

「お前ほど不健全な人間を俺は他に見たことがないがな……」


 思わず本音がこぼれたが、ユーンは気を悪くする様子もなく「はは、そうかい?」といい加減に聞き流した。


「聖剣っていうものの存在を僕は認めていないからさ……というか神自体信じてないから、『それこそが神の力によるものだ』とかそういうツッコミはひとまず無しだよ? ……本物の魔剣っていうのはね、特徴があるんだ。『魔力のない人間にも使える』っていう」

「魔力のない、人間にも」


 思わず真顔になって自分の手のひらを見つめると、ユーンは「やっぱり君、魔力持ってないだろう。『力』の気配がしないもの」と言った。


「ああ。魔力は持ってない」

「例えば僕の魔剣『裂空レナダル』は、僕が十四年かけて魔石に注ぎ込んだ魔力を使って、剣身の内部に緻密な魔術回路を刻んだものだ。魔力っていうのは回路が緻密なほど力を高めるから、つまりこの剣は人間離れした強さの魔術師の腕みたいになってるってわけ。そうだな……僕の腕の回路密度がおおよそ王都のお嬢さんの買い物籠の網目くらいだとしたら、この魔剣は最高級の絹くらい」

「魔術師の……腕?」

「そう。だから現代魔剣は魔力を流し込んで使う。術を使う時の形に編み上げられた回路に魔力を充填すると、魔術が発現する。レナダルなら切り裂きの術だし、王都の剣士には炎や氷が人気だ――でも、本物の魔剣は違う。剣自体が魔力を持つんだよ、生き物みたいにね」


 ちょっと貸して、と言ってユーンが手を差し出す。少し迷ったが、シルレインを手渡した。彼は丁寧な手つきで聖剣を鞘から抜くと、同じように抜き身にした黒い魔剣の隣に並べた。


「ほら、違いがわかるかい? レナダルと違って、君のシルレインからは気配を感じるだろう? これこそが、魔力なしの君でもこの剣を扱える理由だよ」

「気配……」

「こうするとわかりやすいかな……おっと!」


 ユーンがレナダルに手を触れて、おそらく魔力を流したのだろう。生きものめいたあたたかい気配がぼんやりと黒剣に宿り、次の瞬間、隣の聖剣がふわりと青く輝いて、魔剣士は驚いて手を引っ込めた。


「なんだい、これ?」

「シルレインは敵の力を絡め取って己の力に変える、と言われている。お前の魔力に反応したんだろう」

「へえ、それは面白いな……! そうか、どうりで補給される魔力が一切ないにしては剣の力が強いなと思ってたんだ。なるほど、確かに相手の力を相殺するには理想的かもしれない。え、どういう回路を組んだんだろう……シルレイン、シルレイン、聞いたことのない名前だな……」


 それからユーンはすっかり聖剣の観察に夢中になってしまったので、この話はここで終わりかと思われた。リードもそのつもりで杯に残った酒を再び飲み始めたが、しばらくしてふと思い出したように、ユーンは顔を上げて言った。


「ああ、だからつまりさ……君が信じるかどうかは置いておいて、自分の魔力で作った剣を持っている僕よりも人ひとり犠牲にして作られた剣を持っている君の方が、よっぽど『魔剣士』の名に相応しいんじゃないかと僕は思うね。いや、勿論いい意味でさ。うん、実に羨ましいよ」


 その言葉はリードの信仰を打ち砕くものではなかったが、それでも、彼の中に深く刻まれた言葉になった。唯一のよすがである神の存在が暗雲で隠されたような心地になって、彼は胸に手を当てると心の中で女神へ祈りを捧げた。応える声はなかったが、彼にはそれしかなかったのだ。





 次の朝、塩やら芋やらを調達して宿屋を後にしたリードは、すっかり不機嫌になっていた。久しぶりの酒のせいか夜半の闇に輝く暖炉の火のせいか、昨夜はすっかり感傷的になってしまった。この胡散臭い魔剣士の言うことを間に受けて女神への信仰心を揺らがすなど、言語道断。


「俺の神を冒涜することは許さん……」

「はは、やっぱりそうなったか。絶望的に頭が固いなあ」


 しかし軽い調子で笑うこのフードの男に対する不信感は、剣を交え杯を交わしていくらかマシになっていた。おかしな奴だが、己の好奇心を満たすために動いているというのは本当のようだ。扱い方を間違えれば危険ではあるものの、本質の邪悪な人間ではないように思う。


(それに、この旅路を一人で歩まなくて良いというのは、正直……)


 有難いとか助かったとか、心の中でもそう言葉にしてしまうのは情けなく思えた。はじめから仲間として旅立ったならともかく、こんな怪しい人間に……気を許しかけているのは、やはりリードの心の弱さによるものなのだろうか。


(気を強く持たねば。もうじき溶解区域なのだから)


 馬上で静かに気合を入れ直していると、隣からフンと鼻で笑う音が聞こえた。


「確かにお前から見ると俺は頭が良くないかもしれないが、そうして人を馬鹿にする方がよほど馬鹿馬鹿しいと思うぞ」

「『馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ!』ってやつ? お子様だなあ」

「ンだとこの野郎……!」

「はは、素が出てるよ勇者様」

「……くそっ」


 宿駅や小さな休憩所で休みながら馬を進めて数日、目的の湖にはまだ遠いが、竜によって地形の変えられた区域が見えるところまで近づいてきた。遠目に見ても明らかに黒い景色にリードはたじろいだが、ユーンは反対に前髪をかき上げていつもは陰気に暗い目を輝かせ、馬の腹をトントンと叩いて先を急がせ始めた。


 足元の草地が途切れたところで一度馬を降り、ほんの数年前まで街だった場所へ歩み入る。


 ここエウェの街は、レンド国を滅ぼしたファゲルがこの国へやってくるまでに通過した場所だ。草木は跡形もなく消滅し、地面は隙間なく黒い硝子のようなもので覆われてしまっている。いや、地面だけではない。あの特徴的な起伏はおそらく建物だったものだろう。周辺の集落と同じだとすればおそらく元は灰色の石造りで、扉や屋根が色鮮やかに塗られた美しい街並みだったはずだ。


「……厚い硝子に覆われてしまって、遺体を探すことすらできなかったそうだ。今もこの漆黒の石の中に、数十の人間が眠っている」

「へえ、こうして薄く割ると結構透明度が高いねえ! 黒曜石に似ているけれど、少し屈折率が違う気がするなあ。それにほら、見てごらんよ。この建物の壁だった場所と、砂っぽい地面だった場所、どちらから採っても全く同じ混じり気のない黒色なんだ。これがどれだけおかしなことが君にわかるかなあ!」

「……感想はそれだけか、ユーン」

「え? ああ、すごく幻想的な情景だよね。僕のレナダルの色もこの黒炎石をモチーフにしててさ、こういう透き通った深い黒って美しいと思わないかい?」

「お前――」


 とても人の心があるとは思えないユーンの反応にリードがカッとなりかけた時、背後で馬達が落ち着かない声を上げるのを聞いて、二人はハッと振り返った。





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