三 聖剣と魔剣



 切っ先を足元近くに向けて構える姿はふらりと力を抜いているように見えるが、相対してみるとわかる。全く隙がない。そして彼は、喉元に真っ直ぐ向けられた聖剣をどうとも思っていない。怯まない度胸ともまた違った、気迫をゆらゆら不気味に受け流す胡乱な態度。


「やはり魔術師ではなく剣士だろう、お前」

「剣の腕も立つけれどね、本質としては魔術師さ。僕を突き動かすのはいつだって知識欲だもの」

「そうは思えない、なっ!」


 叩きつけた刃は案の定、すうっと音もなく持ち上がった黒い剣身に受け止められた。しかし流石に軽々とはいかなかったか、ぐっと押し込まれてユーンも眉を寄せる。埃まみれの髪を後ろで縛っているせいで、その顔立ちがよく見えた。へらへらして掴みどころがないわりに、なかなか鋭い目つきをしている。やはり、剣士の目だ。


「ハリボテのくせに筋力あるね、君」

「偶像に選ばれるのにも理由があるとは思わなかったか?」

「その童話の王子様みたいなきらきらしい顔だけが理由だと思っていたよ」

「顔じゃ竜は倒せねえ……だろうが!」


 突き放して切り込んだが、蛇のようにするりと手応えがない。が、想定内だ。腕力にものを言わせて強引に刃を返すと、息を呑みながら慌てて飛び退る。


「ちょっと、これじゃ魔術を試す暇ないじゃないか。本気になるなって」

「砂まみれにするなんて息巻いてたのはてめえだろうがよ、ええ?」

「ねえ、そっちの喋り方が本性なの?」


 大上段からの一撃を火花を散らしながら脇へ流し、ユーンはくるりと立ち位置を入れ替えるように足を運ぶ。一瞬顔が近づいた刹那、耳に届いた呪文を囁く声。


「――っと!」

「おおっ? 何だい今の!」


 魔力の気配に触れた聖剣がふわりと薄青く光り、魔剣から放たれた風の術を真っ二つに切り裂いた。突風がリードの両脇を吹き抜けるが、彼の金髪はそよとも揺らされない。ユーンが目を輝かせ身を乗り出した瞬間に喉を狙って突き込む。キラキラの瞳のままギリギリで弾き上げられた。くそ。


「あらゆる術を斬ると言ったろう!」

「なんだろう、盾のように両側へ流すにしても、余波すらないように見えたな。透明な壁があるみたいな……よく見えなかった、もう一度」

「何度でもやってみやがれ! 何の意味もねえがな!」

「ちょっと本性荒っぽすぎないかい、君?」


 再び突風。聖剣の加護に弾かれる魔術。今度はごうっと真っ赤な炎。これも火の粉すら届かない。


「それ、熱は感じるのかい?」

「感じない。魔力で引き起こされるあらゆる現象は、聖剣の加護によって弾かれる。これが女神の御力だ」

「素晴らしいよ……女の人かどうかはわからないけど、シルレインはさぞ強力な術師だったんだろうなあ!」

「何を言ってる?」

「ちょっと凄いの行くよ、ファゲルの炎くらいのやつ」

「ああ?」

「ク・ネラ=フラール・ファグラ!」


 突き出したユーンの手のひらから突然金色の炎が噴き出した。目の潰れるような光が二つに裂けて両側を流れ、横に跳んで逃れようとして、慌てて足を引く。足元の地面がどろりと溶岩のような液体になって煮えているのが見えた。


「お前、やりすぎだぞ!」

「うわあ、ほんとに熱も弾いてるんだね、その距離でその熱なら肌が焼け爛れてもおかしくないのに、赤くもなってないじゃないか! 面白いなあ、どのくらい魔力があればこれだけの魔剣になるんだろう。すごいなあ、確かにそれならファゲルの炎も防げるかもしれないよ、うん」

「おい、聞いているのか!」

「僕のレナダルは所詮模造だからな、やっぱり命を吹き込まれてるやつは違うよ」

「おい、戻ってこいって!」


 怒鳴りつけてもユーンは炎、風、氷とあらゆる魔術を打ち込み続けるのをやめなかったが、リードが「魔剣について教えてくれ!」と声を上げると露わになった瞳をぎらりと輝かせて顔を上げた。


「君も興味を持ったのかい?」

「……ああ、うん」

「そうかそうか! じゃあ早速、いや、風呂が先かな。埃を落としたら朝まで語り合おうじゃないか! 食事は携帯食でいいよね、齧りながら、そうださっき酒樽を見つけたんだ、飲みながら話そうよさあ早く!」

「……お前」


 どう見ても様子のおかしい瞳孔の開いた表情を見て、やっぱりこいつは髪を伸ばしていて正解かも知れないとリードは思った。溶岩や氷の塊や沼のようなものでぐちゃぐちゃになっているところを飛び越え、奇跡的に破壊されなかった宿屋へ戻る。日が暮れかけていて中は薄暗く、ところどころにランプは残されていたが、油が切れていて使えない。探せばどこかにあるのかもしれないが、今夜一晩くらいならば暖炉の明かりでいいだろう。


 沸かした湯で埃を洗い流し、塩と豆と干し肉の簡単なスープを作って食べる。パンや果物もそうたくさんはないので、少しずつ大切に食べねばならない。


「ああ、さっき裏手でレモンの木を見たよ。秋だしかなり早摘みになるけどね。それから野生化した香草がいっぱい。探せば芋なんかもあるかもしれない」

「なるほど……六年前の保存食は流石に食えないと思っていたが、そうか、自家栽培の畑があるなら、あちこちで野菜を補給できる。助かるな」


 狼がいるなら草食動物もいろいろといるのだろう。肉は狩りで手に入れ、野菜や塩をこうして放棄された宿駅から調達してゆけば、かなり充実した旅になる。リードはそう考えて笑顔になった。なにより、屋根と風呂のある場所で定期的に眠れるというのが素晴らしい。


「喜んでるところ悪いけど、期待できるのはニバ芋と香草くらいかな。あとはみんな雑草に淘汰されてると思うよ」

「なぜ芋と香草なんだ?」

「香草なんて『たまたま香りが良くて薬効があった雑草』みたいなのがほとんどだ。ニバ芋は痩せた土でも肥料なしで簡単に育つから主食として昔から重宝されてるんだよ、そもそもがね……栄養価が高くて害虫にも強いし、まあ毒草だからあく抜きがちょっと面倒だけど、ちゃんとやれば毒の方も何かと使い勝手がいいしね」

「ふうん」


 つまらなさそうに葡萄酒の杯を傾けながら呟くユーンは、魔術を嗜むだけあって植物にはある程度詳しいらしい。「道具も材料も揃いそうだし、傷薬くらいは調合しておこうかな」などと言っている。芋毒を何に使うつもりなのかは訊かないでおいた。


「食料問題にも光明が見えたところで、そろそろ魔剣の話を始めてもいいかい?」

「……そうだったな」

「そんなに面倒くさそうな顔しないでよ。君のその聖剣が本当は魔剣だろうって、僕が思っている理由を教えるからさ……頭の固い君にもちゃんとわかるように」

「ああ、うん」


 落ち着いた話しぶりに面食らうが、そういえば食事の前まではギラギラしていた目が今はぼんやりと眠たそうしている。どうやらユーンは酒に弱いらしい。そして酔うと眠気で神経が落ち着くのか、まともな物言いをするようになるようだ。


「君はさ、魔剣って……優秀な鍛冶屋に大金を積めば作ってもらえる高価な剣だと思っているでしょう」

「違うのか?」


 リードはきょとんとして、持ち上げかけていた杯を膝の上に戻した。


 しかし実際、魔剣を手に入れようと思ったら王室御用達の鍛冶屋へ行って、例えば鞘から抜いたら炎が燃え上がる剣が欲しいとか、振ると風の刃が飛び出すものがいいとか、そういう注文をつければいい。一振りで城が建つような値段だが、逆に言えば金さえ払えば誰でも買える。リード自身は魔剣を持ったことがないものの、武器を扱う者にとってはそのくらい常識だ。


 そういうことを話すと、ユーンは垂れてきた髪を気怠そうに耳へかけなおし、銀の瞳にはっきりと嘲笑の色を宿して言った。


「それはね、現代の魔剣の話だよ。魔石と呼ばれる特殊な石に蓄積した膨大な魔力を使って作る、無血魔剣の話――古代の術師達が作ってた所謂『本物の魔剣』っていうのは、人間の魔力じゃなく、魔力の強い人間そのものを材料にするんだよ。魂ごと、全部」





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