★Step30 渾身の平手打ち
「待ってよ、南!」
「うるさい、早く来い」
南は足早に夏子の家を出ると、リンダには脇目も振らず駅に向かって歩き出しました。それは駅前の雑踏の中でも同じです。気まずい沈黙と共に二人は駅の改札を潜りました。環状線の駅は、夕方通勤ラッシュ前の時間帯だからか比較的、人はまばらです。その中、二人は横に並んで次の電車を待ちました。
「もう少し…言い様が有ったんじゃないの?」
リンダは上目遣いに南を見上げて腫れ物にでも触るが如くそう言いました。その様子を横目で見ながら南が口を開きます。
「ねぇよ…」
南は一言でばっさりと切り捨てます。リンダは思います。こう言う、棘の有る処が無くなれば、もう少し付き合いやすいのになと。しかし、南自身がそれに気がついて治そうとしなければ話しは先に進みません。でも、今はそれを待っている時間は有りません、リンダも必死に妥協案を模索します。
「明日、夏子が学校に来たら、もう少し、優しくしてあげて…」
リンダは夏子の事を精一杯考えていたつもりでした、しかし南は態度を変えません。これでは何時まで経っても平行線のままで、お互いが会い入れる事は有りません。困った状況に追い打ちをかけるが如く、南が夏子を、こう酷評しました。
「一人でいじけてる奴なんかに付き合い切れるか。これはあいつの問題だ」
全くとりつく島が有りません。このままでは、本当に、南と夏子は破局してしまうかも、そう考えるとリンダは心が痛みました。
「南……」
リンダは、南を見上げて、ひとことそう呟きました。流石にこれには、リンダもちょっとムッとします。夏子が引き篭もってる原因は、夏子だけに有る訳では有りません。南にも有るのです。そして、南は更に、こんな事も言いました。
「だから、めんどくせぇんだよ、人と付き合うのって」
「――めんどくさい?」
「ああ、そうさ、つまらん事で、ああだこうだ。人の都合なんてお構い無しだ。疲れるだけなんだよ人付き合いなんて…」
そう吐き捨てる様に言うとリンダを見詰めてこう言いました。
「牛と犬としか付き合って無い奴なんかに分る訳無いよな。全く、良いよな気楽で…こっちは受験だ、進学だ、家業の跡継ぎだって、散々引きずりまわされてるのによ」
リンダの手が頭で考えるより先に出てしまいました。女の子の平手打ちとは言っても、肉体労働を主とする女の子の平手です。都会育ちの軟弱な体には、結構応えます。
そして周りの視線が二人に注がれます。リンダは頬を涙が伝う感覚を感じました。こんな冷たい涙は生まれて初めてでした。しかし、都会は直ぐに二人の事を見るのを止めて、何事もなかった様に時間が過ぎて行きます。
ホームに電車が入って来ます。リンダは無言でそれに乗り込みました。南一人をホームに残して。
♪♪♪
夏子は、思い切り枕を部屋のドアに向かって投げつけます。それで気持ちが晴れる訳では有りません。逆に滅入って来ます。
「
付き合いにくい奴です。性格は曲がってるし、言葉は乱暴だし、思いやりは無いし、自分の主義主張は無く、周りに流されて自分も工程をこなしている、ただひたすらに。それが今の南です。
冷静に考えれば、こんな奴の、何処が良かったんでしょうか…夏子は本気で考え込みました。そして、本気で涙を流しました。
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