★Srep18 ドS彼氏の本音と建前

「だから、何回言えば分るんだよ」


南は丸めて握りしめたつ参考書でリンダの頭を無造作にぱかんと殴りつけます。


楽しい夕食の時間はあっという間に過ぎて、今は南の部屋で明日の予習の真っ最中、南からして見れば自分の関係者が落ちこぼれのレッテルを貼られるのは何としても避けなければいけません。こいつが落ちこぼれたら笑われるのは俺だと言う意識が有って指導にも熱が入ります。


勿論たとえ三か月の短気留学で有ったとしてもそんな理由は例外では有りません。どんな事でも自分の過去に汚点を残さない、それが南のスタンスでした。


「いいか良く聞けよ、歴史の暗記はリズムでやるんだ。こう、出来るだけ軽快なリズムを想像してだ……」


と、言ってから南は訳の分らない歌をうたい始めました。しかも、かなり調子っぱずれでリンダの笑いの壺に入ってしまってのたうちまわる様に笑い転げます。こっちは真剣になってるのになんでこいつはと言う思いで南はリンダの態度にちょっとムッとします。いま披露したのは南の取って置きの暗記法を出したつもりだったからです。それを爆笑されてしまっては立つ瀬が有りませんでした。


「ぎゃはははは、何、それ?」

「うるせぇ、カッコなんかどうでもいいんだよ。要は、どうやって悪実に頭の中に叩き込むか、技術論の問題だ」


南は強がっていますが正直言うと少し傷ついています。そんなに酷い歌だったのだろうかと思って……


「み、南、音楽の成績悪いでしょ」

「馬鹿野郎、音楽だって人並み以上だ、俺の成績にムラなんかねぇ」


爆笑の苦しみから絞り出す様な声で訪ねたリンダを南はちょっだけ頬を染めて見詰めます。でも、南の言うとおりで、南の成績にムラは有りません受験科目はもとより、芸術系、あるいは体育系と人並み以上にこなして見せているのは事実です。完璧な成績を求めて南は日々努力しているのです。その努力の積み重ねが結果として表れているのです。



「み、南はホントに勉強ばっかりしてるのね。でも、人生って経験が物を言う物だと思うわよ、練習で力が出せても実際に遭遇したらちゃんと出来るのかしら?」

「訓練もせずに、良い成績取れる訳無いだろうが、ほら、何時までも笑ってねぇで、とっとと座れ」


リンダの笑いはまだ治まりません。それ程南の歌が強烈だった訳ですが、南の方は早くも冷めて冷静に戻り、リンダを再び勉強机に貼り付けようとしたのですが、その時、リンダが放った質問にまたしても心がぐらりと揺れます。


「ねぇ、南は、正直な話、将来何に成りたいの?ホントにお医者さん?」

「――医者だ、そう言う事にしておけ……」


そう言って瞳を伏せて視線の位置が良く分からなくなった南の様子を、ようやく笑いがおさまって椅子に座ったリンダが見上げます。リンダはその表情ではっきりと確信しました。南は絶対に夢が有るんだと。そしてそれはとても大切な夢なのだと、更に今の状況と折り合いをつけるために酷く悩んでいると。そして、その悩みをリンダは共有できればと思いました。


南は一度窓から外の様子をちらりと見てから小さくため息をついてから、再びリンダに向き直ると冷たくこう言いました。


「今日は此処までだ。明日、ちゃんと起きろよ」


そう言って南はリンダをじぶんの部屋から追い出しました。


「え…う、ん」


背中を押されながらリンダはそう呟きましたが、それが南に聞こえたかどうかは分かりませんでした。そして勉強会はお開きになり、リンダは心にもやもやを抱えたまま自分の部屋に戻りました。そして南と同じ様に窓から外を見上げて思います。南がどうすれば自分の本当の夢を話してくれるだろうかと。彼の心が休まるのかと。

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