★Step17 彼氏と家族の事情

「こんにちはリンダさん、良く来てくれましたね」


南のお父さん、富蔵はちょっとメタボ体形で、天然パーマの髪の毛を無理矢理七三に分けて度の強い眼鏡をかけた人の良さそうな、所謂、おじさんと言う風体の人でした。大病院の院長で南のお父さんと言うから、もう少し、癖のある、神経質そうな人をリンダは想像していましたが、その予想は見事に外れ、仲良く出来そうな人に感じられました。


リンダはちょっとたどたどしく自己紹介して、ミルおじさんが宜しく言っていた事を伝えると、とても嬉しそうに懐かしがって、今度是非、リンダの星に遊びに行きたいと本気で言ってくれました。リンダは勿論、是非一度来て欲しいお父さんに伝えます。


 ただ、リンダは思いました。南は何故このお父さんに弱いのだろうかと。こんな人の良さそうなおじさんなんだから、南の毒舌をもってすれば簡単に丸め込んでしまえそうな雰囲気なのですが、そうはいかない人なのでしょうか?実は裏側の顔が有るのでしょうか。などと考えが色々と頭を廻るのですが、今リンダが一番驚いているのは、あの南が今日は食卓についていると言う事です。そして、ゼリー飲料で無い普通の料理を食べているのです。


細菌がどうのこうの言ってた割にはやりゃ出来るんじゃないとリンダは心の中で毒づいて見ましたが、何事も無かった様な表情で黙々と食事している南を物珍しそうに見ていました。


「どうですか、地球の学校の感想は」

「あ……は、はい…」


南の食事風景が珍しくて思わず見入ってしまった処に不意打ち的に質問を貰ったのでリンダは思わずそう呟いてしまいました。でも、南のお父さんは只管優しく微笑んでいます。そこで、ちょっと気がついたのですが、このお父さんの性格を裏返しにすると南の性格になるのではないかと……それが何かの反動で南の性格になってしまったのではないかと。


「ところで南」


お父さんに声をかけられると同時に南の眉尻がぴくんと上がり、恐る々が手に取る様に分かる態度で無言のまま視線を上げます。


「リンダ君は何処か、遊びに連れて行ったのかい?」


南は暫く沈黙の後、昨日の『クラブ』での一件を話し始めました。


「ふむ、高校生が夜遅く出歩くのは、あまり好ましい事ではないが、楽しんだのなら良しとしようか。良いか南、リンダさんは私の親友から預かった大切なお譲さんだ。もし万が一の事が有ったら―――」


ここで、南の性格がねじれた原因が何となく分かりました。南のお父さんは、喋り出したら止まらない様で、その喋りは理路整然と組みたてられて一部の隙も無い完璧な物でした。おそらく子供の頃からそれを芯から刷り込まれ、理屈では絶対に敵わない事が心に刻み込まれて反論する事すら憚られる思いにさせてしまったのではないのかと。


そして、お父さんの話は右の耳から左に向け出て素通しする事が出来る様になり嵐が過ぎ去るのを待つかの如く甘んじて話を聞く。幼い子供にとっては辛い事かも知れません。でも、そうするしかなかった、そこに問題が有るのではないかと感じられました。


南の目標は理論でお父さんを丸めこむ事なのかも知れません。一生に一度で良いから、だから無理な勉強をして思考力を鍛え、知識を吸収しているのです。この親子関係は有る意味理想の親子像かも知れません。互いが互いをライバル視して、適度な距離感と緊張感を持って接すると言う関係。都会ではこれが普通なのかなぁとリンダは思いました。でも、疲れるだろうなぁと思いましたし可哀そうにも思いました。


ただ、この緊張感にリンダは耐える事が出来ません。無理矢理話題を振って見たのですが、どうやら、触れてはいけない物に触れてしまった様でした。


「南…普通のご飯も食べるんだね…初めて見た」


リンダのその言葉に再び南の眉がぴくんと動きます。


「なんだ南、お前は又、ゼリーばっかし食ってるのか?ちゃんと食事する様に言ったじゃないか。良いか、食事と言うのは、栄養の補給をする事が大切だが、それ以外に……」


お父さんは再び話し始めました、そして、リンダが唖然とするほど本当に喋り出すと止まらず、その様子を呆然と眺めているだけでした。光江は慣れた物で、年の功と言いますか、ひたすらにこやかに柳の枝の様に右へ左へ交わして行きます。この人も、ひょっとしてタダものじゃないのかも知れないと思ったその時……


きんこん…


玄関からドアベルの音が聞こえました。


「あら、きっとお奥様ですわ」


光江はそう言って食卓から立ち上がると急いで玄関に消えて行きました。そして何故か、今度はお父さんの態度が変わります。南に顔を近づけて周りを気にしながらぼそぼそとこう呟きました。


「おい、南、かあさん、今日、帰って来る予定だったのか?」


南もお父さんと顔を突き合わせながら、ひそひそと何か話をしています。


「いや、今日は帰れるかどうか分らないって言ってた。そう言う時は、普通帰って来ないんだけどな……」


男達の密談は続きます。リンダはお茶碗片手にお箸を口に持って行きながら、その様子を黙って眺めて居ました。妙にほほえましい光景です。地球の男の人もお母さんには弱いんだと思うと、なんだか親近感が益々湧いてきて、二人が愛おしくてたまらなくなりました。


「皆さん、奥様がお帰りですよ」


二人は目配せでコミュニケーションを取ります。あぁ、やっぱりそうだったかと言う落胆と安心感。そしてぱたぱたと廊下を歩く足音が近づいて来て、居間に姿を現したその女性に全員の視線が注がれます。


「ただいま、今帰ったわ。今日は大した事が無くて助かったわ。何しろリンダさんにご挨拶しなけりゃいけないものねぇ」


良く通る女性の声で何時でもハイテンションそうなその女性は、身長が175センチ位の長身で、腰まで有る長い黒髪と一見水商売勤務者と間違えられそうな派手な服を身に纏い、笑顔を満面に湛えています。そして、リンダの顔を見た瞬間、その表情を急激に緩めて、それはそれは嬉しそうな表情でリンダの顔を覗きこみます。


「まぁ~まぁまぁ、あなたがリンダさんね」


南のお母さんはテンションマックスです。黙って居れば物凄く美人で落ち着いた感じに見えるのに、喋ると物凄いハイテンション。リンダは一礼してから握手しようと右手を差し出しましたら、それを両手で握って、ぶんぶんと振り回します。


「メイさんから聞いてたわ。思った以上にキュートで可愛らしいわ」


お母さんのにこにこがパワーアップされましたがリンダは中途半端な笑顔のまま、呆然となすがままにされています。この家の男性陣二人はこの性格に圧倒されているのでしょう。そして、実質、この家族はこのお母さんの掌の上で回っているのだと感じました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る