★Step15 彼女の言い分
「こんばんは!」
夏子が友人二人を連れて、クラブに現れました。南は結局、体力が続かずホールから脱落、シートに一人だらんと座っていました。それを見つけた夏子は苦笑いを浮かべながら南に皮肉っぽく尋ねます。
「どう、南、元気に楽しんでる?」
夏子もリンダ同様、こう言う雰囲気の場所には率先して現れる事は有りません。今日、この場に出て来たのは田中の連絡でリンダの歓迎会をやっているからと言う事だからでした。夏子は南の席の隣に笑顔で座ると、ちょっと意外だなと言う表情で、南にこう尋ねました。
「南君がこんな処に顔出すなんて珍しいわね?」
南は烏龍茶を啜りながら相変わらずめんどくさそうに、こう答えました。
「ん、ああ、リンダが来たいって言うからさ…勉強ばっかりだと息が詰まるだろ。少しは息抜きさせないとな」
南の言葉に夏子の口調は更に皮肉っぽくなっていきます。
「へぇ、あたしには付き合ってくれないのにリンダさんには付き合うんだ……ふぅん…」
「莫迦(ばか)、三か月しか居ないんだから、出来るだけ色んな事を経験した方が良いだろ。帰ったら牛の世話しかする事無いんだから」
「へぇ、いつからそんなに優くなったのかね、南君……」
夏子の機嫌はどんどん悪くなっていく一方です。ドリンクバーから持ってきたオレンジジュースを一口飲んでからホールの中央のリンダに視線を移すと。そのまま黙り込んでしまいました。ホールでは夏子と一緒についてきた女子二名が楽しそうに踊っています。リンダと一緒に楽しそうに。
「ところで、リンダさんの星って、どんなところなの?」
やっと沈黙が破られて会話が始まりましたが夏子の不意打ち的な発言に南はちょっと口ごもります。
「――田舎だ」
「どんなふうに?」
「電気が通ってる事が奇跡みたいな環境だった。あと、だだっ広くて牛がやたらと多かった」
「牛?」
南を見つめる夏子の表情が急速に崩れて行きます。おそらく、その牛達に囲まれて悪戦苦闘している南の姿を想像したのでしょう。今にも吹き出して爆笑するんじゃないかいかと言う表情で、顔を紅く染めて必死でこらえています。
「ねぇ、南君のお父様は、どうしてリンダさんの星に、あなたを社会科体験学習に行かせたのかしら?」
南はちょっと考え込みましたが、夏子の顔を見ながらこう答えました。
「気分…だろ」
夏子は南の答えは間違っていると思いました。南のお父さんには、もう少し明確な意図が有ったのではと推察したからです。夏子は南の父親とも話した事が有りますが、決して気分で物事を決める人ではないと感じていたからです。南の父親は彼に医者に成って病院を継いでくれる事が望みだと語っていました。
それを実現する為には南のこの冷めきった性格を何とかしなければイケないと考えたのではないかと。おそらく人間以外の動物と触れ合う事で南の心を溶かす事が出来ればと考えたのかも知れません。
でも、あの時偶然、辺境惑星で鉢合わせした事に関しては計算外だったのではと思いました。南はとてもプライド高く他人に弱みを見せる事を極端に嫌います。最先端の知識を求める南にとって牧場での実習など泥臭すぎて全く意味が無いと考えるのは当然の事、だから、実習の事は誰にも知られたくなかったと夏子は思いました。
「私は、南君が辺境惑星の牧場で働いてみると言うのは、反対では無かったわ」
南は、ちょっと怪訝そうな表情…
「どうして」
夏子は南の方に本格的に体を向けるとちょっと思いつめた表情でこう言いました。それはとても大切な事でした。
「だって、南君……冷たいもの…」
一瞬寂しそうな表情を見せた夏子でしたが。その表情は直ぐに元の温和な表情に戻り南の手を取ると、ゆっくりと立ち上がりました。そしてとびっきりの笑顔を作って見せます。
「折角の御誘いじゃない。楽しみましょう」
夏子は南の手を取ると彼にも立ち上がる様に促してそのまま手を引いてホール中央に向かいました。同時に激しいビートの曲調が一転してメロウなバラードに変わります。それに合わせて二人は手を取り合ってゆっくりとステップを踏みます。
ホールから降りたリンダはその二人の様子を見て、幸せそうに微笑見合うその雰囲気がとても羨ましく映りました。自分には自分の事を親身に考えてくれる異性は現れるのだろうか。今は居ないけど、これから現れるのだろうか……全ては神のみぞ知ると言う処でしょうか。
夜は更けて行きます。都会の喧騒もやがて影を潜めて人々は眠りにつくでしょう。リンダは思いました。これが都会の夜の掟だと。
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