フォーマルとアクティブ

ささなき

フォーマルとアクティブ

 経理の鈴木さんは、きれいな人だ。

 アーモンド形の眼、通った鼻筋、控えめな唇の完璧な位置取り。

 毎日見ていると絶対に好きになってしまうので、鈴木さんが特に輝いている朝は、顔ではなく靴を見るようにしている。

 靴。

 その日、鈴木さんはスニーカーを履いていた。いつものローファーではなく。

 この事に気づいたのは、会社で俺だけかもしれない。意識して鈴木さんの靴を見ている人間が、他にもいるとは思えない。

 だから、

「鈴木さん」

 と声をかけてしまった。

 俺だけが気づいたかもしれないことを、鈴木さんに確認したかった。

「今日、スニーカーなんですね」

「あ、これはその……」

 鈴木さんはなぜか少しあわてて、

「二刀流なんです」

 と言った。

 二刀流?

「つまり、その……フォーマルとアクティブの二刀流と言うか……」

 語尾がどんどん小さくなるのにあわせて、鈴木さんはうつむいてしまう。

 俺も動揺していた。なにげない会話のつもりが、鈴木さんを困らせてしまったようだ。

「あの……なんか」

 すいません、と俺が謝る前に、鈴木さんは顔を上げた。

「ああ、やっぱり、まずいですよね、スニーカーで会社に来るなんて」

 へ?

「今日、朝バタバタしてて、靴、まちがえちゃって……電車の中で気づいたんですけど」

 かたちのいい眼が、まっすぐこちらを見ている。

「やっぱり変ですか? 目立ちます?」

「いや……そんなことないですよ。というか、俺も……」

 と言って、俺は片足を上げて、履いている靴を鈴木さんに見せた。

「あ、スニーカー……」

 鈴木さんは少し顔を赤くして、口に手をかざした。

 俺はそんな鈴木さんを、感動して見ていた。表情が豊かな人だな、とか、かわいいな、とか、好きになっちゃいそうだな、とか。いや、とっくに好きになっちゃっているのだが。

「田中さん、二刀流だったんですね」

「え?」

「フォーマルとアクティブの」

 そう言って、鈴木さんは笑う。

 どうかな。そうかもな。そういうことでいいかも。

 今日、俺は鈴木さんとおそろいだ。二刀流だ。フォーマルとアクティブだ。

 いい一日になりそうだ。いや、する。

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フォーマルとアクティブ ささなき @ssnk

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