にとうりゅうの村
半崎いお
にとうりゅうの村
やっと、見つけた。
あの、美しい2本の刃の煌めきを。
あの日から心に焼き付いて離れなかったその姿を。
わずかな手掛かりを手繰り寄せて、つむぎ合わせて、ここまできた。
彼女をもう一度見たい、その一心でここまでやってきた。
やっと見つけた彼女の姿はあの一瞬で焼きついたまんま、そのままで
あの日と同じ。
抜き身の双剣が、月明かりで煌めいて、月明かりよりも濃くて。
記憶に染み込んでいた、ずっと見ていたあの笑顔とは、全く、違って、いて。
『誰だ』
振り返らずに、少女は問うた。
吹き出す威圧感。
覚悟して、僕は名乗った。
その剣を地に寝かせ、膝を、折って。
「麓の村の衛士、サクリと申します」
震えそうになる声を、抑えその、背を、見つめて。
ほんの一瞬、というには長すぎる、間。
『何の用だ』
その声に、ほんのりとした愉悦を感じたのは気のせいだろうか。
ほんの一滴だけ、混ぜられた甘い、甘い香り。
あるのすら、定かではない、ほどに。
クラクラする。
十分だ、でも、足りない。こんなもんじゃ足りない。
求める心が、違和感への抵抗感を食い破っていく
答えなきゃ。
でも、なんの用だったんだろう。
僕は何でこんなに必死に、会いに、きたんだろう。
なんだか頭に、ふんわりと、もやが、かかったようだ。
こんなにも、長い間、歩いて、きたのに。
ゆっくりと、少女が振り向く。
長い長い黒髪が、水の中のようにたなびいている。
その、迫力。
風も、ないのに。
『もう一度、問う。なんの用だ』
ピシリ、と、頭に何か、ヒビが入ってしまったかの様な、感覚。
ああ、そうだ。何か、言わ、なければならな、い、ことが、あったんだ。
ぎろり、と睨め付けてくるその瞳に浮かぶ深い深い紫と紺。
ああ、そうだ。この色、を、僕、は知って、いる。
ああ、そうだ、きっと、これでいい。
「あなたの、おそばに。ただそれだけを思って参りました」
自分、の、声、に揺らぎ、が、混じる。
立ち登る、ソレ、の、感触。
ぶつ、切りに、ちぎれていく、思考。
くらくら、する。
『ほぅ……』
声ともため息ともつかない音を出して、ゆっくりと少女は少年に近づく。
あの、ときに見た、見た、こともない、唯一無二の、あの、夜の瞳が、嗤う。
真っ直ぐに、のばされる、その、手が僕の顎を、掴む。
『なるほど。悪くないな』
ああ、あの手が、僕に、触れて、いる。
瞬間
僕が
倒された
の、かと
思った。
のだけれど
少女の頭が、ガクン、と、勢いよく、倒れた。
真横に、バタンと、色を失って。
代わりにそこにあったのは、彼女の姿とは、似ても似つかない、
青黒く光る肌と、牙。
息を呑み、一歩下がる。
なんだこれは。
甘い、香り。
少女の顔は、打ち上げられた魚のようだ
半端に濁った、瞳。
空気を求めるかのように、パクリパクリと、開け閉めされている、
唇から漏れ出している、音。
まとわりつく、ぬるくて濃い青黒いものの息吹。
そいつは、楽しそうに、その眼を細める。
『ほう、なかなか良い胆力ではないか』
声までも低くしわがれている。
のに、地を這うよう、
にじりよる、甘い甘い、声。
『して、この圧倒的な量と、不思議な熱さよ……』
不意に、少女の首が、言葉を紡ぐ。
「サク……あぁ……」
ニタリと、笑う、青黒い、それ。
『おお、やはりそうか。面白い。』
僕の方に伸ばしたままだった手が、また、伸ばされる。
『すでに、定まっていることだ。のぅ、ヨリよ』
その手が再び、僕に触れた。
『小僧、その心を、感情を、わしに教えておくれ。熱い、生の証をな』
無機質で、冷たい、瞳が、愉し、そうに、揺れ、てい、た。
+++++++++++++++
そこから先は、夢の様だった。
ヨリが、あの子が、すぐ、近くにいた。
誰よりも、ずっと、すぐそばに。
その顔を見ることは、できないけれど。
あの瞬間のことは、思い出せない。
けれど、知っている。
あいつが何度も、何度もしつこく、しつこく、教えた、からだ。
僕は知っている。自分の肉が、骨が
僕がいない間のヨリの嘆きや慟哭、そして恥ずかしいことまでも。
僕の、心の動きが、強ければ強いほど、あいつは、喜ぶ。
『いいねえ、生きているって美しいねぇ、心が動くって気持ちがいいねえ』
などと、言いながら。
あいつは、僕の、ヨリの、中。
僕らの心が震えるたびに、繰り返される、その言葉。
『いいねえ、生きているって美しいねぇ、心が動くって、たまらないねぇ」
ジリジリつたわる、その愉悦。
ああ、夢のようだ。夢だったらいいのに。
自分のものではなくなった身体。支配された行動。求め続けた存在。
夢のようだ、夢のようだ。
++++++++++++++
異形となった僕らが向かわせられたのは、僕たちの、故郷の村、だった。
『始まりのあそこがよいだろう』と告げる、あいつの、声。
それぞれに握らされた剣の、意味する、こと。
逃げ惑う、父・母、兄弟、お隣の、みんな。
僕たちの肩
その肩の上に並ぶ二つの、顔、を見た瞬間の、その表情
その表情を貼り付けたまま、吹き出した血潮。
叫ぶ、僕たちの手に、振るった、双剣に、纏わされた、血潮。慟哭と、悲嘆。
安堵と、悔恨、そして、恐怖と、怨嗟。
『いいねえ、生きているって美しいねぇ、心が動くって、たまらないねぇ』
あいつは、極めて極めて嬉しそうに、舌なめずりまでしながら、喜んでいた。
僕らが知っていた、知っている、顔、顔、顔が、皆、
赤く滲んでポカリと口を開けたまま、倒れ伏している。
虚ろに開かれた目、そして、顔、顔、顔。
吹き抜けてゆく、風。返り血と涙と、砂埃が張り付いた、僕たちの、顔。
そして、誰もいなくなった
と、思った村の片隅から聞こえてきた、子供の泣き声。
向かわされた僕たちへ向けられた、笑顔。
「にぃに!」
そして、次の瞬間には恐怖に歪んだ、その、顔。
頭の中に、あいつの声が響いた
『なんだいこれは! とてつもなくいいじゃないか! 熱いじゃないか』
慌て、混乱する、声が響く。
その隙をついて、僕たちは、刀を捨てて子供へと駆け寄った。
抱きしめる、腕の中で、混乱する子。
湧き出る涙と共に、熱くなる、身体と、心。
『おお、熱い。いいねぇ、いいねぇ、いいじゃないか、これ。ああ、もえる様だ。気持ちがいいねぇ、美しいねぇ……あの、冷えていくのもいいけど、これ、いいねぇ』
恍惚とした声。
湧き上がる、怒りと疑問。
なにをいっているんだ、こいつは。
「ムジャ、ムジャなのね」
ヨリも泣いている。
ヨリがいなくなるちょっと前に生まれた僕の弟の名を呼んで。
「にいちゃん?」
ムジャの声が僕を呼ぶたびに、胸に広がる喜び、溢れ出る悲しみと、悔恨。
『熱い、暖かい、ああ、いい。なんだこれは。
お前たち今までこんなに良いものを隠していたのか? 発言を許す。
説うてみよ』
「なにをいっているんだお前は。
今までヨリにも僕にも苦しみばかり与えてきたではないか!」
「嬉しいのよ! こんな、こんな状況だって、嬉しいのよ!!」
僕らの声は、重なった。
爆発しそうな感情をムジャの鼓動と体温だけが引きとどめていた。
「にいちゃん? 泣いてるの? 誰とお話ししてるの?」
「ムジャ、大丈夫だよ。お前だけは、守るよ」
そう伝えている間にも、頭の中に鳴り響くあいつの歓喜の雄叫び。
『熱い!! 熱いのに冷たい! 一気に冷えてまた熱くなりおった。
なんなんだこれは』
本当になんなんだこいつは……今までの反応とまるで違うじゃないか。
そこで、ヨリが、つぶやいた。
「それは、喜びよ。愛よ。心配よ。
あんたはヒトの温かい気持ちを暖かいといっているだけだわ。
隠してなんていないわよ。
あんたが、私たちを悲しませたり、苦しめたりばかりしてただけよ」
久しぶりにきく、ヨリの声。
こんなに近くにいたのに
発言を禁じられていた僕たちは言葉を交わすこともできなかったのだ。
「ヨリ、会いたかった」
僕に言える言葉は、それだけだった。
必死に横目で見た、彼女の顔もまた、必死の横目になっていて、その瞳からは涙があふれていた。
「サク、ごめんね、ありがとう」
僕らは、今まででもそうして来たように、体の中のお互いの温もりを、成分を必死に伸ばして、全力で、抱きしめ合った。ムジャを抱きしめるための手を、必死に伸ばして、触れ合った。
++++++++++++++++++
その後、あいつはしばし、口も出さなくなり、僕たちの行動への制限もしなくなったので、僕らは村の後片付けをしたり、隠されていた子供たちを救出したり、息のあった村人たちを救出しようとして討たれそうになったりしていたのだが、ある日、やつは突然叫び始めた。
『そうか! 人間の感情は大きい小さい以外にもいろいろあるのだな!! 熱さだけではない! 色や、音や、暖かかったり冷たかったり、色々なものがあるのだな!』
彼は、知らなかったのだ。
ヒトの心の動きのことを。
ただ、強大な力を持っていた彼は
無邪気にその強さと熱に惹かれ、大きさだけを求めていたのだ。
その姿を人が見た時の、強い恐怖を受け取ったことが、忘れられずに。
《暖かさ》を好ましいものとして求めるようになったあいつは、その後どんどんと大きくなり、そして、なんだかふわふわと毛が生えたりして、子供たちからも愛される竜の姿になって僕たちの体の中から抜け落ち、その時、どういうわけか俺たちの体もまた取り戻された。
また別々の体に戻ることのできた僕たちが、その体で抱きしめ合うことができるようになったときに。僕らの子供が生まれたときに。傍のこいつは、それはそれは嬉しそうに笑ったので、あった。
その後、村は数年以上に亘り夜盗に襲われ続けた。
魔物に襲われて弱体化した村なんて確かに良い餌食だ、普通なら。
そんなときはかつての僕らの、そしてあいつの力が振るわれるようになった。
別々の体を持てるようになった僕たちだったが、竜の姿と融合して戦うこともったため、麓の村の守護神、二刀流の2頭の龍と呼ばれたのだ。
それが僕らの、あの頃の、お話。このむらが、にとうりゅうの村、と呼ばれるようになった、きっかけだった。
にとうりゅうの村 半崎いお @han3ki
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