連絡
長い労働時間を終えた。
若い人はコールセンターなんて電話しない。手続きはネットで済ませるし、質問はネットで調べれば大抵答えが出てくる。自分の中でこの仕事を「テレフォン介護士」と呼んでいる。ネット社会から取り残された老人を相手に必死に説明する。同じ話を何度もループし、本題とは無関係な話を繰り返す。介護士みたいに優しく聞いてやりたいが、1時間に何本の電話を処理しろと効率ノルマも課される。ついでに別の商品も売り込めなんて目標もある。無理言うなよ。
情報漏洩のリスクがあるので、運用室にはスマホを持ち込めない。クライアント様との契約で、トイレに行ける人数は限られている。トイレ行って、走ってロッカーに行きチェックして走って帰ってくることも出来なくはないが、トイレを我慢している他人に迷惑をかけてしまう。事実上、スマホは見れないのだ。
ロッカーを開け、スマホを手に取る。通知マークが何個もついている。胸が急激に締め付けられる。なんだろう、一番嫌なヤツからの連絡はもう無いはずなのに。こんなにたくさん、嫌だな、なんだろう。まずは、通知数の少ないグループチャットから確認する。
「お疲れ様です。団体交渉の日程が調整つきました。明日10時からFQWビル5Fの会議室です。FQWミライボ人事部長岡江さん、同人事部志村さん、発注元のFQW総務部長千葉さん、他3名参加予定です」
これは良いニュースだった。FQWミライボ内で交渉しても結局、埒が明かない構造を労働組合の人に相談したら、かなり粘って交渉してくれていたみたいで、ようやくクライアント様を引きずり出してくれた。明るい兆しが見えてきた。
ちょっと気分が明るくなったので、今度は着信履歴を確認する。母親から大量の電話がかかってきていた。また、いっきに胸が締め付けられる。一体何事だ。留守電が残っている。
「そうちゃん、ママです。聞いたら折り返しください」
「そうちゃん、ママです。今、病院にいます折り返し電話ください」
「そうちゃん、ママです。パパが息を引き取りました。えっと、電話ください」
「そうちゃん、今、バァバも息を引き取りました。ぐうう」
「そうちゃあ、があああ、があああがああ」
「があああああああああああ」
「があああああ」
何個か留守電を飛ばして最後のやつを再生する。
「そうちゃん、ママです。さっきはごめんなさい。他の人から聞くと心配するだろうから、伝えておきます。ママとパパとバァバはコロナに感染していました。気を付けてたんだけど、ごめんね。言うと心配すると思うから内緒にしてました。パパもバァバも心臓の手術してて心配だったから、入院したかったんだけど、入れなくて。ばああああああ」
そうか、パパとバァバが死んじゃったか。ママも陽性か。2週間前に、俺が帰った時が原因だろう。ついに俺は、パパとバァバを殺してしまった。
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