出勤

 服を着替えて会社に向かう。自分でも驚く位、いつも通りの顔して生きている。いや、マスクで半分以上隠れているんだから、いつも通りの顔かどうかなんて誰も知りゃしない。

 勤務先はFQWミライボだが、建物は親会社のFQWの自社ビルだ。勤務内容はFQW商品の手続き。FQWビルでFQWの仕事をしているが、我々はFQWではなくFQWミライボの社員だ。

 気持ち悪いことにFQWミライボではFQWの事をクライアントと呼んでいる。色々な不満や理不尽を誤魔化すカラクリだ。

 緊急事態宣言下、FQWの社員は現在9割がテレワーク。いつも10分以上並んでいたエレベーターが、空いている。FQWミライボのテレワーク実施率は5%以下。しかも人事部などFQW様からの出向が勤務する部署のみだ。

 コールセンターはテレワーク可能だと思われがちだ。実際には、顧客情報漏洩のリスクを嫌がり、多くの企業がテレワークを導入していない。

 日本で初めて緊急事態宣言が発令された頃、ステイホームとやらで暇を持て余した国民たちが、これを機にプランでも変更しようとコールセンターに電話が殺到した。

 コールセンター人員を増やしまくったが捌ききれないレベルだった。座席間隔を狭めて、ギュウギュウ詰めで働かせた。その結果、クラスターを頻発させた。

 保健所の基準「①マスク無しで②15分以上③1.5m以内で会話」した人間がいないので、社内で濃厚接触はありません。社員間の感染ではありません。

 毎日、複数名の感染者が報告されたが呪文のように「問題ありません。出勤お願いします」を繰り返していた。社員の間で怒りは積もっていった。1フロアで11人同時に感染した日に、ついに皆の怒りが頂点に達した。

「テレワークを導入して欲しい、たったそれだけなんです!」

 今まで奴隷のように黙って働いていた社員に囲まれた部長は、悲しそうな表情をしていた。

「みんなの気持ちはとても良くわかる」

 共感トークだ。

「でもクライアントが情報漏洩を危惧していて。もし強気に交渉したら、クライアントから仕事が貰えなくなってしまうかもしれない」

 FQWは100%子会社のFQWミライボを干したりするのだろうか。詭弁でしかない。

 団体交渉に応じるよう通告したが、更にトラブルが続いた。会社は団体交渉を行う日程は自己都合による欠勤扱いにすると言ってきた。

 月に1回欠勤で減給、2回欠勤で大幅減給、3回欠勤で次回更新なしで退職になる。要は労働運動するヤツはクビだとのことだ。

 あまりに情けないが、背に腹は代えられないので、ストライキは日替わり当番制で行われることになった。

 狭い座席に着席する。固定席ではない、数分前まで誰かが座っていた席。

 周知事項のリストに目を通す。会社が決められた文言の中でしか話せないので周知確認は重要。

 労働運動の報道に関して。テレワークについて、お客様からお問い合わせがあった場合

「FQWはグループ全体の8割のでテレワークを実施しており、テレワーク不可能な部署を除く全部署で出社率抑制を徹底しております」

 と回答するように。

 これを書いた人間は感染リスクが無い場所で、この文面を悪気なく書いたのだろう。この肥溜めで、感染者だらけの中、上から降ってきたウンコをありがたく読み上げさせて頂くのが、コールセンターの仕事。

「お電話ありがとうございます、担当の田原です。本日はどのようなお問い合わせでしょうか?」

 喋り出しながら、勃起していた。

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