前妻

 スッキリした。

 ズボンを上げずに、間抜けな恰好のままスマホをいじる。通知マークが出ていて、胸がキュッとなる。子供のころから電話が嫌いだった。メールに移行されて幾分、楽になった。それでも、やっぱり人からの連絡は苦手だ。

 嫌な予感があたった、嫌な人間からの連絡だった。

「そうたん、今日よるウチ来て」

 猫だか熊だか良くわからないキャラクターが頭を下げている。こいつ、自分が頭を下げることは死んでもしないのに、こんなスタンプは軽々しく使う。

「夜は打ち合わせあるんで難しいのですが、何かございましたか?」

 嘘だ、予定なんかない。会いたくない、行きたくない。

「会って話す。来てーーーー」

 行きたくない、こいつのせいで人生を浪費されるのはもう嫌だ。

「わかりました、調整してみます」

 また同じキャラクターのスタンプが送られてきた。あぁよく見たらこれは猫のキャラクターなんだな。

 こいつは最近、猫を飼い始めた。どうせ飽きて捨てるくせに。

 こいつと離婚して6年経った。当時は、本気で戻ってきて欲しかった。人生の全てだったから。その間にこいつは、色々な物を飽きて捨てていた。俺から乗り換えて再婚した男、その男と開いたカフェ、そこで客引き用に飼っていたウサギ。全部、短期間で捨てていった焼畑農業みたいな女だ。

 一番ひどいのは、子供だ。地元で作った子供を地元に置き去りにして、こいつは東京に戻ってきた。こんなヤツでも世界で一人だけの母親だってのに、飽きたら捨てる。

 行きたくねぇな。でも行かねぇと、またヒステリーを起こして、何されるか分からない。行きたくねぇ。

 こいつのせいで、仕事を何個も辞めさせられた。

「ハルが働くから、そうたんはバイトしないで」

 人に頼ることが苦手なので、言われた時、正直嬉しくなかった。バイトして生活費をまかなって、寝ないで本業をやる。それくらいの方が、気が楽だ。

「ハルが働いてるのに、ハルより高いの頼まないで」

 ふざけんなよ。別に頼んでねぇのに。仕事強引にやめさせられて、俺はコロッケ追加すら出来ねぇのかよ。

 大きくため息を吐くと、思い出した怒りが身体を包んでいた。さっき射精したばかりなのに、また固くなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る