第7話 喪女と初体験

 自宅に着いて、まずは食材をテーブルの上に広げる。


「じゃ、早速作っていきましょうか」

「はい」


 今日作るのは、主にお酒に合うメニューだ。おつまみを作りながら料理の基本を教わり、最後にお酒を飲んで一緒に楽しもうと、そういうわけなのだった。

 

 正直、コミュ障の私としては、りょうこさんと二人飲みなんてできるんだろうかと、そもそもひととの二人飲み自体、初体験だから、今から恐ろしくてしかたないのだが、ここは頑張るしかない。


「とりあえず、まず、まな板が綺麗なうちに、アジのなめろうを作ろう。材料みじん切りして叩いちゃえばいいから、形とか気にしなくて良いし、そんなに難しくはないでしょ」

「は、はい!」


 手を綺麗に洗い、消毒した包丁とまな板を使って、ミョウガや大葉を切っていく。


「アジ、美味しそうね……」

「ですねぇ」

「なめろうは茄子で作って、アジのお刺身はそのまま食べましょう」

「茄子のなめろう、ですか?」

「動画見てないの? 私の作る茄子のなめろうは最高だから!」


 なぜか、作っている途中でそんなことになる。これだから、酒飲みは。


 でも、なんだか、楽しい。


 電子レンジで加熱した茄子を氷水で冷やすときに、やけどしそうになったときに、なぜか指をなめられそうになったときは、全力で拒否したり、包丁を持つ手が危ないと、後ろからホールドされてしまったときは、おっぱいが背中に当たってかえって危ないことになったりとか、色々あったけど。


 こんなふうに、誰かと休日を一緒に過ごすなんて、友達のいない私にとっては、本当に初めてのことだった。しかもそれが、憧れの人とだなんて、まるで夢の中にいるみたいだ。こんなに浮かれた気分になっていて、いいんだろうかと思う。


 茄子のなめろうが仕上がったあとは、油淋鶏や無限キュウリ、ピーマンの肉巻きにだし巻き卵、と作ったあたりで、いい加減おなかが減りすぎたので、お酒を飲みはじめることにした。


「お疲れ様! かんぱーい!」

「お疲れ様でーす!」


 とりあえずハイボールで乾杯する。すると、どうだろう。さっきまでのコミュ障っぷりは、どこへ行ったのやら。急に私のテンションまで上がってくる。


「らからねー。かれしいないれきいこーる、ねんれい、なんれすよー」

「はいはい、きいたよ! てかね、あたしもそうだから! うける! あははははっ」


 何を話したのかは正直、あまり覚えていない。いや、覚えているけれど、正直あまり思い出したくない。


「ぶっちゃけですねえええ。わたしはああ、おとこのひとよりはー、きれいなおねえさんのほうがあああ」

「まあ、そうでしょうねえ……はいはい、わかってるよ」


 そんなことを言ったかどうか、定かではない。ああもう、本当に思い出したくない。



 *



 気づけば、朝だった。


「……えっ???」


 目の前に美人のお尻があった。


「はっ?」


 ていうか、りょうこさんだった。


「すすすすすすすすみません!!! わわわわわたしとんでもないことを!!!」

「え、あー、起きたんだ。おはよう。てかごめんね、モカちゃん、酔い潰れてたから心配でさ、勝手に服借りて泊まっちゃった」

「え、ああ、すっすいませんっ。ごめいわくををっ」

「そんな他人行儀なしゃべり方しなくても……一晩飲み明かした仲じゃん?」


 一体私たちは、どうなってしまったんだろう。……ていうか今、この人、私の名前呼び捨てにしなかったか?


 顔がものすごく熱くなるのを感じた。親以外で誰かに名前を呼び捨てにされたのなんて、生まれて初めてだった。


「って、うう頭いたぁぁっっ」


 精神的衝撃で今まで気づかなかったけど、頭が割れるように痛い。思いっきり二日酔いだった。私、どれだけ酒飲んだんだ。


「大丈夫? 水飲む?」

「ありがとうございます」


 りょうこさんから水をもらって、一息ついたところで、お腹がぐうっと鳴った。


「おなかすいた」

「はははは。じゃあ、大丈夫だね。なんか、作るよ。座ってな」


 りょうこさんはそう言って、キッチンに立った。


 10分ほどで、りょうこさんはどんぶりを持って帰ってきた。ほかほかと湯気が立ち、これはなんのお出汁なんだろう?すごく良い匂いがする。


「はい、りょうこ特製『姐御の美味しいトマト雑炊』だよ」

「トマト雑炊!? てか、ネーミングそのまま!」

「文句言わない。美味しいよ? 動画には載せない、ここだけの特別な味なんだから!」

「……いただきます」


 手を合わせて、いただく。


 ふーふー。


 はふはふ。


 じゅる、じゅるっ。


 ……美味しい。


「……美味しいです」


 なんだろ。なんのうま味成分とか、そういう難しいことは私には全然わからないのだけど。トマトと卵のシンプルな味と具材が、二日酔いの身体に染み渡る。


「……そんな泣くほど? 大袈裟だなー、もう」


 りょうこさんは笑う。


「えっ、泣いてなんか……? えっ、えっ?」


 目には気づけば熱いものが。いつのまに。


 でも、泣いても仕方ないでしょ。だって、すぐそばに憧れの人がいて、こんなふうに一緒に料理してお酒飲んで仲良くなって、こんなふうに優しくしてくれて雑炊作ってくれて。泣くなって方が無理でしょ。


「こんなの、またいくらでも作ってやるからさ。また遊ぼーよ!ねっ?」


 りょうこさんは、そう言ってまた笑った。


「うん」


 私もうなずく。踏み出していけば、ちょっとずつだけど、距離感は、変わるだろうか。


 薄味に作ってくれてあったトマト雑炊は、再び追いかけてきた汁で、ほんの少し、酒飲み好みの味になった。

 

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喪女ごはん 霜月このは @konoha_nov

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