第6話 喪女と秘密
「なにこれ、信じられない! 小森さん、ほんとに私の動画見てたの? 味、全然違うんですけど!」
「えっ、えっ……」
「ほら、私の食べてみてよ、ほらっ」
りょうこさんは、強引に自分のピーマンを私の口の中に押し込む。なにこれ、美味しい。味、全然違う。そうだ、今思い出した。確か、朝、作るときに、味の素を切らしていて。入れずに作ってしまったのがいけなかったのかもしれない。
「そんなの、味変わるに決まってるじゃん」
りょうこさんはそう言って笑う。
「はい……すみません」
思わず、謝ってしまう。
「私、やっぱダメですね。せっかくりょうこさんの動画見ても、初心者過ぎて、全然生かし切れてなくて……」
なんだろう、惨め過ぎて泣けてくる。いやさすがに社会人だから、泣きはしないけど。
憧れの人が目の前にいるというのに、面と向かってダメ出しされてショックというのはあるけれど、それ以前に、自分の落ち度が根本的に許せなかった。
だけど、りょうこさんは笑う。
「いいよ、そんなの」
「えっ」
「なんなら、個人レッスンしようか? 料理」
「えっ、えっ、えっ」
ちょっと、なにを言っているのかわからない。コミュ障過ぎる私は、何を返したら良いのかもわからない。
「そ、そんな、いいんですか……?」
「もちろん、タダとは言わないよ」
「は、はあ」
私、お金とかそんなにないんだけど、大丈夫だろうか。
「お酒、おごって。あと、料理の材料費だけでいいよ、あとね……」
「は、はあ……」
何を言われるんだろう……。
「お仕事、ちゃんと教えてね?」
そんなことを言って、ウインクしてくるもんだから、悩殺されるに決まっている。
その後の午後のお仕事は、いつも以上に精が出たことは言うまでもない。
しかし、りょうこさん。いつのまにか、自然とタメ語になってるんですけど。さすが陽キャ、恐るべし。
「職場のみんなには、内緒でお願いね♪」なんて言っていたけど、私にはなぜかタメ語なあたり、明らかに怪しいと思う。大丈夫なんだろうか。
かくして、私とりょうこさんとのあいだには、秘密の関係(?)ができてしまったのだった。
*
ある土曜の午後。動画の撮影を終えたりょうこさんと、私の自宅の最寄り駅で待ち合わせた。りょうこさんが私の家で料理をしたいと言ったので、仕方なくそうすることにしたのだ。
昨日の夜は、まあ大変だった。普段はろくに掃除なんてしていない部屋をひっくり返して、どうにかクローゼットにやばい物を隠して、色々ごまかしごまかし片付けた。
待ち合わせ時間ぴったりに、長い髪にサングラスの美女が現れた。どうみてもりょうこさんだった。
「……おつかれさまです」
「おっ、小森さん、おつー」
陰キャと陽キャの邂逅なんて、多分こんなものである。テンションに天と地ほどの差があるのに加え、普段からめちゃくちゃに抜群のりょうこさんのスタイルは、私服だとさらに際だっている。
BMIさんじゅういくつの肥満体型の私などは、隣を歩いていることすら申し訳なくなってくる。
「さー。酒買って、行こ、行こ」
「はい」
なんだかよくわからないテンションだけど、あのりょうこさんに直接料理を教えてもらえるなんて、こんな機会、そうそうあるものじゃないだろう。他のファンのみんなに心の中で謝りつつも、心の中は不安と緊張との他に、ワクワクとした期待でいっぱいだった。
「小森さんて、お酒は何が好きなの?」
「えーと、私はビール派だったんですけど……最近はハイボールとか」
「へえー。……それってもしかして、私の影響?」
お酒売り場で、そんな会話をする。言いながら、りょうこさんはニヤニヤと私の耳元に顔を近づけてくる。何なの、ほんとこの人は。何なの。
「べ、べつに、そんなんじゃ、ないです。ダイエットですよ!」
「なーんだ。つまんないの」
私も、素直にならなかったのは、一体なぜなのだろう。そんなこんなで材料とお酒を買って、私たちは家に向かったのだった。
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