営業とシステムエンジニアの二刀流

カユウ

第1話

 都内某所にある小さいシステム会社でシステムエンジニアとして働いている僕。大学を卒業し、新卒で入ったこの会社もそろそろ5年目。中堅と言われ、新人教育やマネジメント業務も任されるようになってきた。この先のキャリアとしては、3つ選択肢が与えられている。1つ目はプレイングマネージャーとして、管理と現場を兼任する。2つ目はプロジェクトマネージャーとして、管理に専念する。そして3つ目は、プログラマーとして、現場に専念する。しかし、4つ目の選択肢ができるとは、このときの僕はかけらも思っていなかったのだ。


 ある日の午後、社長から僕宛に電話がかかってきた。社長に報告漏れがあっただろうか、と思いながら電話に出ると、社長は開口一番こう言った。


「頼む。明日の午後一のプレゼン、代わりに発表してきてほしい」


 うちは小さい会社なこともあり、営業業務は社長と田中さんの二人で行っている。人が少ないということは、同時に行ける場所は少ない。社長も田中さんも、それぞれ別の遠方にいる顧客のところに顔出しに行っている。明日のプレゼンは社長が発表する予定だったらしい。しかし、あいにくの悪天候により、乗る予定だった飛行機が欠航。もう一泊することになってしまったそうだ。田中さんに代わりに行ってもらおうとしたが、田中さんのほうも記録的な積雪で新幹線が運休。高速バスの路線もあるが、高速道路自体が閉鎖してしまっているので、東京に戻ってこられないのだとか。


「え……あ、いや、無理ですって。プレゼンしたことないんですから」


「大丈夫だ、君ならできる」


 断ろうとした僕に、社長はできると言う。話を聞くと、僕が学生時代にキャンプ場で子どもたちを相手にレクリエーションをするバイトをしていた、という話を社長は覚えていたのだ。お酒の席で話した、他の人がやったことないだろうバイトの話を覚えているとは。プレゼンに使う資料はできているので、社長の体さえ先方に行ければ万事問題ないとのこと。


「はあ、わかりました。やるだけやってみます」


 社長の熱意に押された僕はうなずくしかできなかった。電話を切ると、さっそくチャットツールでプレゼン資料と原稿が送られてきた。プレゼン資料と原稿を突き合わせてスライドを切り替えるタイミングを確認したら、練習しよう。できれば誰かに聞いてもらえるといいんだけどな。そう思って立ち上がり、たいして広くもないオフィスを見回すと、総務の佐藤さんと目が合った。


「佐藤さん。申し訳ないんですけど、少し時間もらっていいですか?社長のムチャブリで明日プレゼンすることになっちゃいまして、練習につきあってもらえたら助かります」


「明日ですか?社長も急ですね。ちょっと待ってください……はい、今からいいですよ」


「ありがとうございます!……あ、会議室空いてるみたいなので、会議室でお願いします。実際にプレゼンしてる感じで練習したいので」


 佐藤さんと連れ立って会議室に向かい、プレゼンの練習を始めた。しかし、原稿を読みつつスライドを切り替えるという操作に慣れず、しどろもどろになってしまう。佐藤さんから声を出すときに下を向くと声がこもってしまうので、なるべく相手を見たほうがよいというアドバイスをいただくも、なかなか活かせない。二、三度練習したところで定時になってしまった。僕の練習に付き合わせて佐藤さんに残業していただくわけにはいかないので、解散することにした。


 翌日、社長に教えられた場所に向かうと、テレビCMで聞き覚えのある企業だった。有名企業の人たちにプレゼンすると思うと、知らず知らずのうちに緊張してしまう。受付で会社名と取次ぎ先を伝えると、すぐに声をかけられた。初めましての僕がプレゼンに行くことを社長から聞き、待っていてくださったそうだ。


「入館証になりますので、お帰りの際は受付へご返却ください。それでは、こちらへどうぞ」


 物腰の柔らかい男性に案内された会議室で、予期せぬ出会いがあった。元カノがいたのだ。二年前の彼女の誕生日直前、他に好きな人ができたと別れを告げられた。二週間に一度はデートをしていたし、二日に一度は電話もしていた。僕としてはちゃんとやれていると思ったが、彼女はそう思っていなかったのだろう。他に好きな人ができたと言われたら、引き留めるわけにもいかない。そう思って別れを受け入れてから、今まで一度も出会ったことがなかったのに。そう、ただの一度もすれ違ったことすらなかった。それなのに、まさかお客様先で出会うとは夢にも思わなかった。それは彼女もいっしょだったのだろう。僕の顔を見た途端、ものすごくびっくりした表情をしていたのだから。


「両社そろいましたので、これからプレゼンを始めていただきます。それでは、先にいらしていたアドバンスドソリューションズさん、お願いします」


 先ほど案内してくださった物腰の柔らかい男性の司会でプレゼンが始まった。まさか競合他社のプレゼンを聞くことができるとは思っていなかったので、さらにびっくり。

 元カノが立ち上がり、壇上に立つと元カノのプレゼンが始まった。はきはきとしたよく通る彼女の声が耳に心地いい。プレゼンをする側には、声質も大事な要素のように感じる。彼女の声に聞きほれていると、いつの間にかプレゼンは終わっていた。


「アドバンスドソリューションズさん、ありがとうございました。では、続いてTEシステムさん、お願いします」


 物腰の柔らかい男性に促され、壇上に向かう。心臓がバクバクだ。返事をしたときの声が震えている。緊張しているのが自分でもよくわかる。右手と右足が同時に出てしまいながら、ようやく壇上に立つ。

 壇上に立ち、聞いてくださる方々の顔を見回した途端、バクバクだった心臓が落ち着いてきた。見覚えのある景色。そう、学生時代にバイトでレクリエーションするときに見ていた景色だ。硬くならなくていい。レクリエーションの説明をするときと同じと考えよう。相手に反応を見て、わかるように伝えていけばいい。

 覚悟を決めた僕はプレゼンを始めた。原稿にそって話をしながら、聞いてくださっている方々の様子をうかがう。難しい顔をしていたり首を傾けたり、多くの人に伝わっていなさそうなところは言い換えて補足をする。よく伝わっていそうなところはさらっと流し、プレゼン時間の調整をする。

 プレゼンの最後、体制図を表示した。その体制図には、システムエンジニアとして僕の名前が書かれている。


「営業とシステムエンジニアの二刀流で、みなさまのご要望を最大限に取り入れたシステム開発を実現させていただきます。ぜひ弊社にお任せください」

 

 プレゼンが終わり、結果は別途お伝えするということだったので、この場はこれでおしまい。会社ごとに別々に退出していく。一人で来た僕は一番身軽なので最後にしてもらった。

 有名企業のビルを出たところで、元カノに声をかけれた。


「あなた、あんな風にもしゃべれたのね。ぜんぜん知らなかったわ」


「こう見えて子どもたちに人気だったんだ」


 そう言い残して、僕は自社へと帰る。このプレゼンの準備に手が取られて、一日分の遅れが発生してしまっているのだ。早くこの遅れを取り戻しておきたい。


 耳障りのいいことを言おうと口から出まかせだった二刀流の話が社長の耳に入り、営業とシステムエンジニアの二刀流が選択肢になってしまいました。みなさんも口から出まかせを言うときには、現実になってもいいことだけにすることをオススメします。

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