二刀流のジュンちゃん
逢巳花堂
二刀流のジュンちゃん
それは小学生の頃の話である。
家から自転車をこいで三十分ほどの所に、城址公園があった。
城跡だけあってスペースは十分に確保されており、俺と、幼馴染みのジュンちゃんは、そこでよくごっこ遊びをしていた。
内容は、当時二人がハマっていた妖怪バトル漫画にちなんで、妖怪退治物だった。
ごっこ遊びだから、色んなシチュエーションで、敵と戦っていた。万里の長城で九尾の狐と対決したこともあれば、ピラミッドでスフィンクスと謎解き勝負をしたこともあった。
俺達は、空想の世界では無敵だった。
特にジュンちゃんは、二刀流の使い手として大暴れし、たびたび俺のピンチを救ってくれた。
ジュン、なんて名前だから、女の子みたいとからかわれていたジュンちゃん。俺より一学年下だから、クラスでの様子は知らなかったけど、どうやらイジメも受けていたらしい。
だけど、俺と一緒に空想の世界で戦うジュンちゃんは、誰よりも強くて、格好良かった。
万里の長城で九尾の狐と戦った時は、あとちょっとでやられる、というところで、敵の幹部を倒したジュンちゃんが、横から飛び込んできて、俺のことを助けてくれた。その勇姿は、今でも脳裏に焼き付いている。
両手に持っている木の枝が、本当に、二振りの日本刀に見えた。
『大丈夫か? まだ戦えるよな!』
俺のほうを振り返りながらそう言って、ニカッと笑みを見せるジュンちゃんは、最高に男前だった。
中学生になってからは、ごっこ遊びをしなくなった。
代わりに、俺達はテープドラマを作り始めた。
当時はまだまだカセットテープが現役だった時代。パソコンも一般的ではなく、音声収録をするのに専用のオーディオ機器を使うような環境だった。
幸い、俺の部屋には、従兄から譲ってもらった高価な機材があり、それを使って俺達は声だけで遊ぶようになった。
やることはごっこ遊びと変わらなかった。
二人でキャラクターを設定し、大まかなシナリオを考え、あとはアドリブで声を吹き込んでいく。
その時も、ジュンちゃんのメインキャラは二刀流だった。
女性キャラは俺が何とか裏声を出して頑張った。声質が柔らかいからか、何とか聴けるレベルにはなっていたと思う。
ジュンちゃんは男性キャラしか演じなかった。なので、しょっちゅう、俺の演じる女性キャラは、ジュンちゃんのキャラに守られることとなった。
ヒロインの一人が妖怪達に襲われてあわやという時に、颯爽と登場し、救ってくれるジュンちゃんは、紛うことなきヒーローだった。
また、ジュンちゃんは色んなことに詳しかった。神話から、民間伝承から、世の中に出回っている色んな漫画やアニメの内容まで。
俺はそんなジュンちゃんのことを尊敬していた。
テープドラマの作成は、大学時代まで続いていた。
誰かに聞かせるわけでもないのに、どんどんカセットテープは積み重なっていき、ついには一週間休みなく聴いてやっと聴き終われるほどのボリュームまで膨れ上がっていった。
そんな楽しい時間も、だけど、ある日終わりを迎えた。
俺が社会人になってから三年目のことだった。
それまで頻繁にやり取りしていたメールが、ジュンちゃんのほうから送られてこなくなったのだ。突然のことだった。
確かに、俺達は疎遠になっていた。
会社に入ってあくせく働いている俺は、そんなに遊んでいる余裕はなかった。
テープドラマも、俺が社会人になってから、カセットテープ二本分くらいは作ったけれど、昔のようなペースで作る、というわけにはいかなかった。
だけど、一方的に連絡を切らなくてもいいのでは、と思っていた。
メールが来なくなってから、次の日、ジュンちゃんの家は近所にあったので、会社からの帰り道、俺はジュンちゃんを訪ねることにした。
ジュンちゃんの部屋は、一階の角部屋だ。窓をコンコンと叩けば、必ず顔を出してくれていた。なので、その時も、俺は窓をコンコンと叩いてみた。
だけど、ジュンちゃんは出てくれなかった。
その日は諦めて、次の日にまた訪ねてみようと思った。
そうして一ヶ月が経ち――ほぼ毎日寄っていたにもかかわらず、ジュンちゃんは姿を見せてくれなかった。
部屋の電気はついているから、そこにいるはずなのに、まったく反応しない。
インターホンを鳴らそうかと思ったが、それは怖くて出来なかった。
拒絶されている。そう感じたからだ。
思い当たる節はあった。ジュンちゃんは大学卒業後、就職せずニートになっていた。それでもしばらくは変わらず俺と接してくれていたが、内心では、社会人として活躍している俺に対して、コンプレックスがあったのかもしれない。
そんなこと気にしないでもいいのに……と思ったが、よくジュンちゃんの家に遊びに行くと、彼の両親がチクチクと、ジュンちゃんに対して、
『ジュンもどこでもいいから就職すればいいのに』
と言っていたので、俺がいない時でも同じように文句を言われ続けていたのかもしれない。
ジュンちゃんは、それに耐えられなくなったのだろうか。
結局、その真相はわからずじまいだ。
社会人四年目になり、俺は大阪へ転勤となってしまったからだ。
とうとう一度もジュンちゃんと会うことは出来なかった。
社会人十三年目。
俺は大阪で結婚し、家も建てた。すっかりホームグラウンドは大阪になっていた。
そんなある日、母が急逝したとの連絡が入った。
葬儀のために俺は東京へと帰った。
二年前からの感染症まん延に伴い、老いた両親のことを慮って、帰省を控えていた。そのため、東京に戻るのは一年半ぶりくらいになる。
母との別れを済ませたその日、俺は久々に実家に泊まることにした。
夜十時頃、何か飲み物を買おうと思い、外へ出てしばらく歩いていると、ふと、向こう側から見覚えのある人間が近付いてくるのが見えた。
十年前と比べて、体つきはかなり大きくなっており、顔も大人びているが、間違いなくその顔は、ジュンちゃんだった。
俺は声をかけようとしたが、途中で、やめてしまった。
ジュンちゃんはひどく酔っていた。
フラフラと千鳥足で歩いており、道をジグザグに進んでくる。まともに正面も見られていない状態だ。
呆然と立ち尽くす俺の横を、酒臭い息を吐きながら、ジュンちゃんは通り過ぎていった。
「ジュンちゃ――」
やっとのことで声を絞り出し、振り返りながら呼び掛けようとしたが、言葉は途中で切れてしまった。
ジュンちゃんは、道端に落ちている木の枝を二本取り、両手に持った。
その姿は、かつて一緒にごっこ遊びをしていた時のジュンちゃんそのものだった。
二刀流のジュンちゃん。
だけど、あの時のような頼もしさは感じられなかった。まるで過去の栄光にすがりついているような、哀れな姿。
どう見ても、定職に就いているようには見えない。それに、幸せな人生を送っているようにも見えない。そう思うのは、俺の傲慢だろうか。しかし、どうしてもそう感じてしまうのだから、仕方がない。
「ジュンちゃん……」
俺はその名を呟くことしか出来なかった。
やがて、ジュンちゃんのことを見るのをやめて、俺は前へと向いた。
もう忘れよう、と思った。今のジュンちゃんは、あの頃俺が憧れていたジュンちゃんとは違う。二度と、昔のような関係に戻ることは出来ない。そう感じていた。
「でも、お前さえ良ければ、またごっこ遊びしたいな……」
その俺の言葉は、夜の闇に静かに吸い込まれていった。
楽しかった昔の思い出を胸に抱えて、俺達は別々の道を歩いていく。その二人の道が再び交わる時は、また来るのだろうか。もう一生無いのかもしれない。
俺は最後にもう一度だけ、ジュンちゃんのことを振り返った。
木の枝を両手に持った、二刀流のジュンちゃんは、フラフラとよろめきながら、どんどん遠ざかっていく。
その背に向かって、俺は小さく声をかけるのだった。
「さよなら……ジュンちゃん」
二刀流のジュンちゃん 逢巳花堂 @oumikado
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