第2話 僕

迷烏とは当に今の僕をよく表現している。

長らく整備されていないひび割れた国道を相棒の脳を踏みつけながら進む。

それにしても、今年の夏はやけに日没が早い。あたりは暗闇で鬱蒼としている。息が詰まる。

空を切り飛ぶゴーストカーのように、一台すらすれ違うことのない道をひたすら這いずる。

僕は愛する、いやかつて愛された女性にも捨てられ、母親にも着信拒否されている。

母親のことは、本当は思考の片隅に

すら置いておきたくはない。今の母親にとって息子である僕は、犯罪者でしかない。まだ群馬県は沼田市の実家にいるとき、免許を取った記念として中古ではあるが、白色のグロリアをプレゼントしてもらった。僕にとっては思い出深い品であり、永遠の相棒である。

大学を機に上京し、一旦は相棒と別れたが、婚約することで2人で旅をしたりするだろうと考えたらあいつが必要だ、そう思い母親に電話し取りに行くと、「あんたは私をこの虚な家に1人置いていったあげく、このグロリアまで奪うのか。恩知らず」

と、4年前の優しい母は雲隠れしたように消え失せていた。何度宥めてもヒステリックを起こし、不気味を構成構築された無慈悲な棒弱にこれ以上何を言っても無駄だと黙ってカギを奪い、耳を穴に包むように不聞の術を決め込み、運転席に乗り込み、実家を後にし、昨日までに至るのである。

結局どこにも行くことはなかったな、相棒よ。

いいな、お前は衰えずずっと塩顔なんだからよ。

僕の顔見てみなー。疲労で重信より酷い大隈だろ?

昨日は謝罪しようと思った。あんな剣幕で激を刺す彼女は初めてであった。母の生霊が操っているように見えるくらいの形相であった。謝る以外何もできない不甲斐ないエンジニアでしたからね。

どうしようと思い詰めているうちに彼女は眠りこけ始め、柿落とし公演を眠りで演じ始めた。気づけばすでに終演していた。

謝ることすらできない自分を大層責め立てた。仮想現実劇場に登壇しても奮い立つことのない弱い心、吐きそうであった。

明日の朝にしよう、そう定めたちょうどその時、数回しか鳴ったことのない固定電話が震えていた。

受話器の向こうからはしわがれたばあさんの声が劈いた。

聞けばまだ一度も会ったことのない母方のばあちゃんとその声は発する。

実母、あちらからしたら実娘から関係が悪化していることでの心配、最近彼女との仲が悪いことも知っていた。なぜ実質無身内君の東京夫婦関係まで知っているのか少々疑ったが、これも母から聞いたという。言われてみれば、母と莉子は仲が良かった。母の実家の番号を教えると、大学生のときもよく母と話していた。社会人になってからもコールフレンドとしての関係が継続していたとは少し驚きであった。

ばあちゃんの話によれば、今はかなり辛いようだし、ばあちゃんもじいちゃんに先立たれてから長年寂しいから来て話をしたいとのことであった。

正直、一会のない人は多少緊張するが、今の僕には話し相手が必要であった。会社も辞めてしまって後がない。関係も永くはないだろう。

夜のうちに久方の相棒の魂を震わせ、群馬へと走らせた。車検切れも気にせず。僕は犯罪者なのだから気にしない。物怖じしない。

僕は今どこにいるのだろう。このガタガタを走行して有に2時間は経過している。不安が目の前を襲う。

そんな極限を迎える前にスマホのナビが左の坂道を下るように指示した。村まで1km、頑張ろう。未舗装の砂利道に入る。杉林を抜けると、田畑が広がる中にポツポツ燈の灯る真子村は吐合集落が姿を現した。集落道を数分走ると、相棒のライトに照らされた見た目70後半の上品な老婆が手を振っている。


「ばあちゃん!ばあちゃん!ばあちゃん!」


児のように潰された男声で叫んだ。敷地内に相棒を入れ、ドアを開けて初対面にも関わらず気付けば大束な抱擁を習癖していた。

不煎明であった僕は熱い若かりし曰を古棚から引敬していた。

恥者化した僕を、ばあちゃんは無言でただ優しく肩を叩いていた。

気が済んで離れた僕の体はなんだか穢れが取れたように軽くなっていた。


「どうぞ、お上がりなさい」


しわがれた上品な婆が開けた縁側に腰掛け、下駄仕様の草履を脱ぎ、常夜灯がチカる仏間らしき場所を通り奥の部屋へと消えていった。その背中はどこかまだ寂しそうに見えた。

仏間を抜けリビングに入ると、黒電話の受話器をいきなり差し出され、「謝りなさい。これで終わらせなさい。そしたら団欒しましょう」

莉子に謝罪する気持ちは十分あり、ダイヤルを回すと3コールで繋がり優しいあのときの僕のまま鎮めることができた。

婆はニコリと微笑んで、また仏間を通過し縁側に2人で腰掛けしばし談笑した。

もうどうでも良かった。婆は僕をすぐに受け入れてくれた。

大人気ない僕をだよ?こんな気持ち何年振りだろうか。

目の前の相棒も眠りについた。

蛙も、民家も、婆も、僕も。

背後にはすでに布団が敷かれている。

線香も芳しく有。


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東雲 @rwafri0078

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